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「猥褻」の基準を作る男たち 「ビデ倫(ビデオ倫理協会)」の驚くべき素顔=森健(ジャーナリスト)【サンデー毎日】
薄暗い廊下のドアを開けると、六畳ほどの殺風景な空間にテレビとビデオが設置され、きわどい性描写を映している。
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ペンと用紙をもった二人の男が座り、時間と描写を書き込んでいく。
「おい、いまのところ止めて。ここちょっとキツイな」
「どこでしょう」
「アレ、まずいだろうが。何だかわからなくしてもらわないと」
「わかりました……」
作品に指摘しているのは日本ビデオ倫理協会(ビデ倫=当時。二〇〇八年に解散)の審査担当者、受けているのはアダルトビデオメーカーの受審担当者だ。
指摘は曖昧だが、メーカー側が反論することはない。
「細かく具体的にどう悪いと指摘された場合、それが〝判例〞となりかねない。だから、曖昧なままで修正を受け入れるんです」
メーカー担当者はそう語った。
一九九七年五月、猥褻の基準をめぐってAV業界の実相を取材していた。
前身も含め、一九七二年発足のビデ倫は業界で権威的な存在だった。
一九九六年の実績で五千四十二作品を審査、一枚六円の「審査済証」という認定シールを二千五百九十四万枚発行。審査料は六十分で三万六千円(十分延長で二千円が加算)。
一作品六十分の単純計算でシール代と審査料で少なくとも計約三億三千七百十五万円をメーカーから徴収していた。
だが、審査基準は曖昧だった。
「『女子高生』はだめだが、『女子校生』はよい。セーラー服も肩の線が三本線はだめだが、二本線ならよいと意味不明なものもある」
そう評論家は批判していた。
警察庁長官官房総務課に尋ねると「性器が映っていれば犯罪という単純なものではない」と答え、禁止表現は一律ではないとした。
そんな状況において、メーカーにとってビデ倫は欠かせない存在だった。
認定シールがあれば「摘発されない」という免罪符となり小売店も取引してくれる。また、それだけではない担保もあった。
複数の関係者によれば、ビデ倫内の組織、ビデオ倫理監視委員会には警察関係者が複数「天下り」していた。
年度末発行の活動報告書には「○月○日警視庁△△警察から□□店において海賊版を販売との連絡あり。捜査協力を申し出た」と連綿と発表していた。
「大手メーカーは毎年審査の先生を温泉旅行に連れていく。懇親があることで、少々の見逃しもある」
とあるメーカー幹部が言えば、別のメーカー社員も言う。
「結局ビデ倫は、対立する敵でもあると同時に擁護してくれる味方でもあるんです」
ビデ倫は業界と猥褻の審査についてどう答えるのか。
尋ねると、ビデ倫は「猥褻の基準は映倫(映画倫理機構)の基準を準用しているだけ」「報告は行政機関に提出しています」と素っ気ない答えを返すだけだった。
結局、猥褻の基準は日本によくあるインナーサークルの構図で出されていた。そう思って新作ビデオを見ると、表面に書かれた「薄消し!」という表現もどこか苦労が滲にじんでいるように見えた。
(文中、肩書等はいずれも当時)
森健(もり・けん)
ジャーナリスト。早稲田大卒。2012年、『「つなみ」の子どもたち 作文に書かれなかった物語』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。17年には『小倉昌男 祈りと経営』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞