資本主義は格差を拡大する悪の思想なのか 哲学者はこう考える=小川仁志
Q 資本主義は、格差社会を拡大させるだけなのでしょうか
A 逆説的ながら資本主義の加速で資本主義の矛盾を解決する
アカデミー賞の作品賞などを受賞した韓国映画「パラサイト」を見ました。格差社会がモチーフですが、結局、資本主義は格差をもたらすだけで、幸せをもたらすことはないのでしょうか。リーマン・ショックの時に、1%の金持ちと99%の貧乏人というのがアメリカでスローガンになっていたと聞きましたが、「明日は我が身」、どうすればいいでしょうか。
(高校教諭・43歳男性)
資本主義に代わるオルタナティブ(代替手段)はまだ見つかっていません。それに反対する人たちは、社会主義めいた理想を掲げていますが、それこそ理想主義だと一笑に付されるのがオチです。
そこで今、現代思想の分野で話題になっているのが、「加速主義」という思想です。ここ10年ほどの間にインターネット上で台頭してきた最新の哲学の一つだと言っていいでしょう。加速主義とはテクノロジーを使って資本主義のプロセスを加速し、問題点をあぶり出し、そこからの脱出を呼びかける立場のことを言います。
資本主義に憤りを感じている人はたくさんいるでしょうが、だからといってかつての社会主義のように、その外から解決を模索する営みは、すでに万策尽きています。そうすると残された選択は、資本主義の内部から問題を解決することしかないのです。それこそが加速主義にほかなりません。
ポスト資本主義の形
つまり、逆説的ながら資本主義を加速することによって、事態を打開しようという発想です。加速主義にもさまざまな立場がありますが、カナダ出身の思想家ニック・スルニチェクらは、2011年にアメリカで起きた「ウォール街を占拠せよ」のような、プラカードを掲げてデモをするアナログ的戦術を痛烈に批判します。
その上で、近年、台頭してきた考え、すなわち科学的法則によって資本主義や経済は発展するしかないと説く左翼的合理主義の復権を掲げ、未来を積極的に構築していくことを目指すのです。具体的には、AI(人工知能)などのテクノロジーによって労働時間を削減し、その分、人間は自由を得るというように。いわば人間と技術が共存するようなポスト資本主義を想定しているわけです。
テクノロジーによって資本主義を加速させ、その問題を克服していくという発想は、むしろビジネス的発想だと言っても過言ではないでしょう。単に資本主義に加担する自分の仕事を否定的に見るのではなく、逆にいかに世の中の役に立つかという視点で見直してみるのもいいかもしれません。
(本誌初出 資本主義は、格差社会を拡大させるだけなのでしょうか/39 20200714)
(イラスト:いご昭二)
ニック・スルニチェク(1982年~)。カナダ出身の哲学者。 アレックス・ウィリアムズと共にネット上で発表した『加速派政治宣言』で知られる。著書にアレックス・ウィリアムズと共著の『未来を発明する』(未邦訳)などがある。
【お勧めの本】
『現代思想』(2019年6月号)「特集 加速主義」(青土社)。加速主義の全体がわかる日本語で書かれた唯一の情報
読者から小川先生に質問大募集 eメール:eco-mail@mainichi.co.jp
■人物略歴
おがわ・ひとし
1970年京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部教授(公共哲学)。20代後半の4年半のひきこもり生活がきっかけで、哲学を学び克服。この体験から、「疑い、自分の頭で考える」実践的哲学を勧めている。