経済・企業 家賃補助の闇
「もらえる条件がわからない」「実務を分かっているのか」…… 給付が始まった「家賃補助」の評判が最悪なワケ
新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言を受けて、売り上げの落ち込みにあえぐ事業者を支えるため、経済産業省は事業者向けの「家賃支援給付金」を創設した(制度の詳細はコラム参照)。8月に支給が始まったが、急ごしらえだったためか、現在、実務で起きうる事態を網羅しておらず、一部の事業者には申請のハードルが高い。本稿では、法律的観点から、代表的な問題点を具体的な想定ケースを挙げつつ、解決策の提案をしたい。
(ケース1)
事業者Aはショッピングモールのフードコートにテナントとして出店しているが、契約の名称は「出店契約」で、「出店料」を支払っている。事業者Bは「レンタルオフィス契約」という名称でレンタルオフィスに事務所を置き「利用料」を支払っている。これらの事業者は制度の対象となるか。
これらは、契約の名称が「賃貸借契約」ではないケースである。給付規定では、給付対象となる者は、国内の土地や建物に関する賃貸借契約の借り主に加えて、賃貸借契約に類似する契約などに基づき、他人の土地や建物を使用・収益できる者と定めている。
「賃貸借」でなくても
すなわち、契約の名称を問わず実質的に見て、賃貸借契約と類似する契約などであれば、基本的には給付対象となる。ケース1のような「出店契約」や「レンタルオフィス契約」という名称であっても、給付対象となり得る。
実際の不動産取引においては、契約の名称が「賃貸借契約」ではなくても、民法上の賃貸借契約に該当するものは多い。しかし、給付申請しようとする一般市民にとって、理解が浸透しているとは言いにくい。契約書の名称だけをみて、制度の適用がないと誤解し、申請を諦めてしまう例も予想される。
名称が「賃貸借契約」ではない契約のうち、一定のものについては、業界団体がガイドラインを作成していて、制度の対象となることを明らかにしている。たとえば、全国中央卸売市場協会などのガイドラインは、「市場使用料」は給付対象になりうることを記載している。しかし、業界団体によるガイドラインが作成されていない契約については、「賃貸借契約に相当する契約であることを説明する書類」を、必要に応じて提出しなければならない。法律の知識に乏しい一般市民にとっては、この書類の作成は困難だ。弁護士らに相談して作成してもらおうとしても、個別の対応では相対的に費用が高額になってしまう。
行政が以上の課題に対処するには、契約の名称が「賃貸借契約」ではなくても給付が受けられることを十分に周知し、申請書類を簡素化することが不可欠であろう。行政が一定の要件を箇条書きにしたチェック方式の申請書ひな形を提供する、あるいは、弁護士会などと連携して迅速安価な書類作成の仕組みを構築することが、膨大な申請を効率的かつ適切に事務処理するために有効だろう。ひいては申請者のメリットにもなる。
(ケース2)
賃貸物件で長く飲食店を営んでいるが、数年前に大家から建物老朽化を理由として立ち退きを求められた。立ち退きを拒んだところ、契約の更新を断られ、契約期間が過ぎてしまったまま毎月の賃料を支払って営業を続けていた。
借地借家法により、賃貸借の契約期間が満了しても賃借人が使用の継続を希望する場合には、賃貸人は「正当事由」(建物の老朽化が激しく、危険性が高い場合など)を備えない限り、契約を終了できない。これを「法定更新」という。ケース2では、法定更新によって賃貸借契約は存続していることになるから、制度の対象となる。
ところで、今回の給付金を受けるには、2020年3月1日から申請日まで契約が存続していることが原則とされており、書面によってこの期間の契約存続を証明する必要がある。では、契約存続を証明できる書類とはどのようなものであろうか。
「契約存続」証明には
まず、自動更新条項付き契約書が考えられる。不動産賃貸契約上、契約期間満了後も当事者から特段の申し出がない限り、契約が自動的に従前と同一条件で更新されるという特約(自動更新条項)を盛り込むことがある。給付に際しては、自動更新条項があればそれで足りる。
更新覚書も、契約存続を証明できるだろう。契約を更新した際に、契約期間や賃料など要点のみを更新・合意して、その他の契約は従前通りとすることを確認する書類のことだ。
しかし、いずれの書類も無いケース2のような場合には、「契約が存在することを証明する書面」の提出が求められる。しかも、この書面には賃貸人の署名押印が必要だ。しかし、ケース2では、賃借人は賃貸人と対立関係にあり、協力が得られず、申請に必要な書類をそろえられないおそれがある。このようなケースは決して珍しくはないだろう。
不正受給を防止するためには、契約書などによる契約期間の確認と、賃料の支払い履歴の両面から確認するのは有効である。しかし、ケース2のような法定更新の状態になってしまっている契約は少なくないだろう。これらの賃借人に対して申請の道を閉ざしてしまうことは、支援を必要とする者に対して酷である。特に、立ち退きを求められているようなケースでは、賃貸人に肩入れすることにもなりかねない。
筆者が給付金コールセンターに確認したところ、「賃貸人の協力が得られない場合には、管理会社や仲介業者が発行する証明書でも構わない」との回答があった。しかし、賃貸人が協力を拒んでいる場合に、管理会社や仲介業者が独自に応じてくれるとは考えにくい。
申請書類をそろえられない賃借人に対して門戸を広げるためにはどうすればよいか。ケース1と同様、弁護士などによる意見書を申請書類に添付する方法もありうる。また、賃貸借契約が存在しないのに賃料を支払うとは考えにくい。たとえば6カ月分の賃料支払い履歴提出や、写真などにより現実に建物を使用・収益していることを証明することも考えられる。これらの方策で不正受給への一定の対処をしながら、所定書類の提出がなくても申請可能とするのが、制度趣旨にかなうのではないか。(吉田修平・吉田修平法律事務所弁護士)
【制度概要】
支給対象は資本金10億円未満の企業、フリーランスを含む個人事業者で、企業だけではなく、医療法人、農業法人、非営利法人(NPO)、社会福祉法人も含む。今年5~12月の売り上げについて、1カ月で前年同月比50%以上、または連続する3カ月合計で前年同期比30%以上の減少があった場合、土地・建物の賃料などを賃借人に支払う。月額賃料の3分の2程度(月額の上限は法人100万円、個人事業者50万円)が6カ月分支給される。