「米中衝突コース」で外需が激減する中国 習近平国家主席がコロナ経済対策を焦るワケ
米国の対中国政策が半世紀ぶりに宥和(ゆうわ)的「関与」政策から「敵対」政策に大転換した。トランプ米大統領を内心見下していた中国指導部は混乱状態に陥った。
米国の政策転換は7月23日、ポンペオ国務長官の演説で示された。長官は1970年代に米中関係正常化に踏み切ったニクソン大統領、キッシンジャー国家安全保障問題担当大統領補佐官の「対中関与政策」を「失敗だった」と総括し、強大な全体主義国家、中国の膨張に対抗するための民主主義国の連合結成を訴えた。
演説の場所はカリフォルニア州の「ニクソン大統領図書館」。時は南シナ海における中国の権益主張を国際法違反とした2016年7月のオランダ・ハーグ仲裁裁判所の判決から4年がたったころだった。気まぐれにやった演説ではない。演説直後から、在米中国人のスパイ活動を次々に取り締まり始めた。
「5月20日」の意味
演説の基調は、トランプ政権が5月20日、公表した報告書「中国に対する米国の戦略的アプローチ」だ。この日は、毛沢東の「5月20日声明」の50周年に当たる。
毛沢東の声明は「全世界の人民よ、団結して侵略者アメリカとその全ての走狗(そうく)を打ち負かそう」と対米戦争を煽(あお)った。その50周年を選んだということは、毛沢東を信奉する習近平国家主席は米国の敵だという隠れたメッセージだ。
報告書の発表後、中国側から反応が出るまで約1カ月かかった。最初は6月18日、習主席の側近で米中貿易協議の中国側代表、劉鶴副首相だった。シンポジウムで経済運営について「経済内循環(国内経済)を主とする」と述べ、反響を呼んだ。
中国経済は、新型コロナウイルスの影響に加えて米国の中国敵視政策で外需が激減し、内需を創出するしかないという悲観的なトーンがにじんでいた。しかも、南シナ海では米中両軍が対峙(たいじ)し、緊張が日々高まっていた。
だが、6月30日、全国人民代表大会(全人代)常務委員会が米国が反対している「香港国家安全維持法」を成立させると、同日、習主席は施行令に署名、即日発効させた。党内で最高指導者の威信を維持するためだろうか、習主席は米中衝突コースに踏み出した。
対抗して米国のトランプ大統領は7月14日、香港の自治を侵害した中国高官や金融機関に制裁を課す「香港自治法」、香港経由の対米輸出の優遇を取り消す大統領令に署名、発効させ、首脳同士の関係も一気に悪化した。
習主席の動静は施行令署名後、約20日間、途絶えた。この間、北方では新型コロナの感染が断続的に発生。南方では長江流域で長雨による洪水被害が拡大していた。
21日になって習主席の映像が流れた。北京で開催された、国有企業、民間企業、外資企業の経営者との座談会だった。習主席は、コロナ禍で打撃を受けた企業の活動再開に支援を約束した。
それにしてもなぜ今、コロナ後の経済支援策の座談会を開いたのか。米中衝突を恐れた企業経営者が資本流出、企業撤退を加速させないように締め付けたのだとも言われている。米国の対中政策転換で中国経済の先行きはいよいよ不透明になった。
(金子秀敏・毎日新聞客員編集委員)
(本誌初出 「関与」から「敵対」へ 米国の対中政策転換で暗雲=金子秀敏 20200825)