週刊エコノミスト Online学者が斬る・視点争点

「多額の拠出金によって中国がWHOを操っている」は実は嘘だった……大国の意向を忖度するWHOにコロナ対策を任せられるのか

    Bloomberg
    Bloomberg

    機能する国際組織へ検証を

     新型コロナウイルスの感染拡大から半年以上が経過した。この間、中国湖北省の武漢から世界中に広がり、いまだに収束の兆しは見えない。世界はあと1、2年はこの感染症と向き合い続ける必要がある。我々はこの経験で、国際組織は重要であり、それを崩壊させないために何ができるのか、を考えることが迫られている。

    米中の自国中心主義

     コロナ禍は、自国中心主義が強まる中で起きた。米国では2017年にトランプ政権が発足すると、多国間協調に背を向け、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)から離脱。米中対立が激化する中、世界貿易機関(WTO)の紛争処理機関である上級委員会の委員選任も拒否して紛争調停機能を停止に陥らせた。米国が中国に対してWTOを無視した2国間協議に持ち込み、自国産業への補助金や知的財産権の保護を盛り込んだ合意に達したところで、中国から新型コロナの感染爆発が起きたのだった。トランプ大統領はその後も、新型コロナは中国が作った人工ウイルスだと非難。世界保健機関(WHO)からの離脱も宣言している。

     他方、中国は習近平政権が発足した13年以降、政策決定権を習主席に集中させる「頂層改革」を進めた。それまで分割競争させてきた国有企業の統合を推進し、18年3月の憲法改正では国家主席の任期の上限を撤廃。思想の異なる勢力は警察権力で抑圧してきた。

     こうした動きは香港にも及び、反対運動が広がった。米国からの強い制裁も加わる中、中国は業を煮やし、香港国家安全維持法を制定。47年までの「高度な自治」を認めた香港基本法の精神を事実上、反故(ほご)にし、一線を超えた。中英共同宣言を一方的に破棄したことになるからだ。英国はそれまで、米国のファーウェイ排除の動きにもくみせず独自の立場をとっていたが、ファーウェイ排除を決め、さらに犯罪人引き渡し条約の履行を停止している。

     米中とも互いのメンツをかけた意地の張り合いがエスカレートしている。米国では大統領の任期は原則的に2期8年までで、それを過ぎれば政権交代で政策転換は可能だ。そして今年11月には大統領選挙があり、まさにその選択の機会がある。他方で中国には、いまの体制を国内で調整する仕組みがない。となると、協調的な動きを求めることができるのは、米国以外の国や国際組織の動きしかない。

     感染症への対応は、一つの国で収まることがなく、多国間の協力が必要なことが今回、改めて認識された。地理的条件から言って、中国が今後も新しい感染症の発生源になる可能性は高い。そのため、今回の感染症を巡る国際協力体制で、中国に適切な対応を促して実行させられるのか、検討する必要がある。

     これまでの経過を振り返ると、中国では重症急性呼吸器症候群(SARS)の経験から、感染症に対応する体制は一定程度できていた。医療関係者の水準は高く、中国は症例やウイルスなどの医学的な情報をかなりスピーディーにWHOに報告した。状況の確認後24時間以内に通報するという国際保健規則の義務を履行した、という形を整えようとしていた。既に発達していたデジタル技術や、専制体制の執行の末端を担う「隣組」の監視も活用し、移動制限による感染抑制に成功した。一方、情報管理を行政が独占したことで、SARS後に構築した新規感染症報告システムが機能不全に陥り、不可解な情報の削除も行われた。初動が遅れ、そのつけを地方政府とWHOに押しつけた可能性がある。

     専制体制下では、強い執行能力で感染を回避させることができる一方、既存のルールを曲げてしまうという問題も起こした。この「中央集権のジレンマ」に介入するために、国外からどう働きかけることができるのだろうか。

    中国の拠出金は少ない

     WHOと中国の関係を見ると、初動の段階で問題を抱えていたことが次第に明らかになっている。WHOで緊急管理体制の責任者を務めるライアン氏は「中国を守るためにベストの選択は、WHOに独立した調査を任せ、他国に適切に通知することであるにもかかわらず、そうしなかった。アフリカではそんな経験をしたことはない」とAP通信のインタビューで答えている。また、テドロス事務局長は、「中国が協力的にデータを提供するように、強い姿勢を取ることを控えた」と発言している。また、2月16~24日に行われた中国WHO共同調査報告は、アセスメントの冒頭から「中国は、これまでの歴史にないほど、最も勇敢で、素早く対応した」という賛辞で始まっており、中国側への気遣いが見られる。

     しかし、実際のところ、初動が3週間近く遅れ、武漢で医療崩壊と死者の拡大を招いたことが、海外への感染拡大を許したところは否めない。こうした状況をはっきりさせるための、プロセスの検証は必要だろう。

     トランプ大統領は「WHOは中国寄り過ぎる」と脱退を宣言した。しかし、WHOの拠出金の構成を見ると、主な拠出国は米、英、ドイツ、日本で、ビル&メリンダ・ゲイツ財団なども名を連ねているが、中国の拠出金は非常に小さい(図)。中国はWHOを支配しているわけではなく、当事国として最大の自己主張をし、WHOがそれに譲ってしまった、というのが真実なのではないだろうか。

     実際、トランプ大統領の離脱宣言後、ドイツやフランスからの要請を受け、WHOは情報開示を進めている。WHOの最初の通報は、中国当局からではなく、ウェブの記事を確認した在中国WHO事務所からだった、と明らかにしている。WHOの大口拠出者として、日本も適切なガバナンスを担うことのできるポジションにある。

     さらに、感染症の真の予防のために、科学界は中国から東南アジアにかけて生息するコウモリに寄生するウイルスを観察し、未知のウイルスが発生する動きを早めに確認するプロジェクトをスタートさせていた。トランプ大統領が批判した武漢ウイルス研究所のコウモリ研究者もこのチームの一員である。国際的なつながりの中で動く科学を、政治が阻害してしまう悲劇も防ぐ必要もある。

     感染症と向き合ううえでは、健全なグローバリゼーションが助けになる。それを有効にする働きは何か、意識し続ける必要があるだろう。

    (渡辺真理子・学習院大学経済学部教授)

    (本誌初出 中国をただせなかったWHO=渡辺真理子 20200818)


     ■人物略歴

    わたなべ・まりこ

     1968年東京都生まれ。1991年東京大学経済学部卒業、アジア経済研究所入所。2011年、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得、東京大学博士(経済学)。13年9月より現職。専門は中国経済、応用ミクロ経済学。

    インタビュー

    週刊エコノミスト最新号のご案内

    週刊エコノミスト最新号

    12月8日号

    もうかるEV(電気自動車)、電池、モーター14 「電動化」が業績・株価を左右 「次の勝者」探しも活発化 ■神崎 修一/桑子 かつ代/斎藤 信世16 巨人の焦り トヨタから「自動車」が消える日 ■井上 久男18 自動車部品 日本電産が台風の目に ■遠藤 功治20 図解 EV用電池「国盗り物語」 ■編集 [目次を見る]

    デジタル紙面ビューアーで読む

    おすすめ情報

    最新の注目記事