「もう渋谷にいる必要がなくなった」スタートアップ企業が続々と渋谷のオフィスから撤退している理由
「黒字化を目指すベンチャーにとって、小さな無駄が命取りになる。当社に今のオフィスは必要ないと判断しました」
人工知能(AI)による人材マッチングサービスを手がけるベンチャー企業「LAPRAS(ラプラス)」のPR担当、伊藤哲弥さんは言う。近く、同社は東京・渋谷の現オフィスから撤退する。
主力事業は、AIによるヘッドハンティングサービス。プログラマーがインターネット上でソースコード(ソースプログラム)を共有し合う「GitHub」などのサービスやSNS(交流サイト)の公開情報などを基に、個々のエンジニアの技術力を分析し、人材を欲する企業に情報提供する。社員約30人の半数以上がITエンジニアだ。新型コロナウイルスの感染拡大に伴って働き方改革を進め、政府による「緊急事態宣言」の直前の3月末には、完全リモートワーク化を果たした。
2016年の創業時、ITベンチャーが集積する渋谷を拠点に選び、会社の成長に合わせてオフィスの規模を拡大してきた。19年から借りている現在のオフィスは124坪。区内でも特にここ数年の賃料上昇率が高い道玄坂エリアにあり、1カ月数百万円の賃料が大きな負担になっていた。一方、この4年で社内業務も営業もオンライン化が進み、オフィスを構える意味が薄れていた。
いま模索しているのは、行政や金融機関から送られてくる郵便物を受け取ったり、社員同士のコミュニケーションを図るために週1回程度集まったりするための小規模なスペースだ。「必ずしも、渋谷である必要はない」という。
事業用不動産におけるAIを用いたデータ活用を進める不動産テックベンチャー「estie(エスティー)」(平井瑛・代表取締役CEO)が東京・六本木・渋谷各駅の半径1キロメートル圏内に所在する全オフィスビルについて、コロナの感染拡大前と後の状況を調べたところ、特に渋谷駅周辺で大きな変化があった。
緊急事態宣言が発令された4月7日時点と8月17日時点の空室率は、0・86%から1・50%へと大幅に上昇。毎月1日時点の募集賃料(坪当たり月家賃)は、4月の2万8882円から、6月には2万8116円、8月には2万7993円と3%下落している。estieでは「渋谷には、リモートへの切り替えが早く、身軽に動けるベンチャー企業が集積していることから、オフィスの解約が進んでいるのだろう」と分析する。
同様にベンチャー企業が多い六本木駅周辺でも、空室率は4月7日の0・50%から8月17日には1・06%に跳ね上がった。募集賃料は4月の2万6936円から6月には2万6683円へ、0・9%下落した。
東京駅周辺では、空室率は4月7日が0・48%、8月17日が0・41%と横ばいだった。ただ、募集賃料は4月に2万9010円とピークをつけた後、徐々に下落し、8月には2万8786円と0・8%近く落ちている。
ぐるなびも4割縮小
こうした中、飲食店情報サイトのぐるなびが、千代田区を中心とする都内のオフィス5フロアのうち3フロアを12月に解約すると発表した。オフィスの面積を全体で40%削減する。コロナ禍で全社員にノート型パソコンを付与してリモートワークを進めてきたといい、これまで従業員一人一人に1席ずつ割り当てていたのを、固定の席を設けない「フリーアドレス」に変える。ワークシェアスペースなどの活用も検討する。7月末に開いた21年3月期第1四半期(4~6月)の決算説明会で、杉原章郎社長自ら説明した。
飲食店向けのサービスを手がけるぐるなびは、コロナ禍で広告収入や手数料などの売り上げが大きく落ち込んでいる。20年4~6月期の連結決算は、売上高が前年比76・4%減の17億円、営業損益は38億円の赤字(前年同期は8000万円の黒字)、最終損益は37億円の赤字(前年同期は6100万円の黒字)。オフィス縮小は、年間約4億円の固定費削減につながるという。
同社は「企業は常に、新しい環境への柔軟な対応を取っていく必要がある」と、前向きな取り組みであることを強調する。7月上旬には富士通も「通勤という概念をなくす」ことで、22年度末までにオフィスを半減させると発表して話題を呼んだ。
コロナ禍の業績悪化によるコスト削減圧力と、外出抑制に伴う働き方改革。二つの要因によって、今後更にオフィス縮小の動きが加速する可能性がある。
(市川明代・編集部)