コロナ禍による海外受注減、豚熱による食糧危機……改革開放、輸出主導経済の終わりを迎えた中国で提唱されている「国内大循環論」の正体
中国ではほとんどの地域で新型コロナウイルスの流行が沈静化し、経済活動の正常化が進んでいる。一方で海外ではパンデミック(世界的大流行)による世界経済の停滞に加え、ハイテク分野における米中のデカップリング(分断)や中印関係悪化など、情勢の不確実性が高まっており、中国の指導部は国内経済の自立性を重視する姿勢を強めている。
それを表しているのが「国内大循環」論だ。習近平主席が5月の全国政治協商会議の関連会合で「国内需要を満足させることが発展の出発点かつ着地点であり…国内の大循環を主体として、国内と国際の双循環を相互促進させるという新しい発展局面を形成すべし」と語ったのが初出で、その後の重要な会議で繰り返されている。
党メディアは「自給自足を指すものではない」としている。確かに、対外開放を推進し、自由貿易の擁護を訴える中国の従来の立場に変化は見られない。一方で足元の政策動向を見ると、「自給自足」的な要素を全く含まないとも言えなさそうだ。中国政府は、戦略物資の国産化を支援したり、経済の内需比率、特に個人消費のけん引力を強める政策を強化している。
法人税10年免除
今の中国にとって、国産化率の低い、最重要の戦略物資は半導体だ。2015年策定の国家発展ビジョン「中国製造2025」には、半導体の国産化率を20年に40%、25年に70%とする目標が記されているが、今なお2割弱にとどまる。米国が取り始めている対中制裁の中で、半導体の輸出規制は金融制裁と並ぶ「泣き所」であり、摩擦が激化する中で焦りを募らせている。足元では、政府系ファンドなどを通じて半導体産業向けの投融資を増やしたり、先端製造技術を持つ企業に最大で10年間の法人税免除という破格の優遇策を打ち出したりしている。
「消費の国内循環」に関連する最近の政策としては、各地の地方政府がレストランや観光などに使える電子商品券の発行を増やしているほか、6月に中央政府が「輸出向け製品の国内販売を支援することに関する実施意見」を公布。パンデミックの影響で海外からの受注が減ったメーカーを支援するもので、政府の呼びかけに応じて電子商取引(EC)各社が「輸出製品」特設コーナーを設けるといった動きが広がっている(もっとも、今のところ安価な雑貨・衣類が多く「海外で販売予定だった海外ブランド品を安く買える」と期待した消費者は肩透かしを食らった)。
「国内大循環」論では、エネルギーの輸入依存の引き下げと、自給率は高いものの自然災害などのリスクを抱える食料の安定確保も、重要なポイントとなろう。8月、習主席が唐突に「飲食の浪費は恥だ」「(浪費を防ぐ)法令を強化せよ」などと指示を出したのが話題になった。国内では水害や豚熱が流行。海外では大量発生したバッタによる農業被害の拡大のほか、米中摩擦やパンデミックで食料供給網が不安定化しており、国民の意識引き締めを図ったと見られる。「国内大循環」論について、習主席は7月末の中央政治局会議で「持久戦の角度からこれを捉えなければならない」と訴えており、同論は現在策定中の中国の次期5カ年計画(21~25年)の基本概念になる可能性がある。
(岸田英明・三井物産〈中国〉有限公司チーフアナリスト)
(本誌初出 経済の「国内大循環」論が台頭 内需押し上げ海外依存減へ=岸田英明 20200908)