アップル税に反旗を翻した米エピックゲームズの影に中国テンセントの野望 【オンライン独自コンテンツ】
“アップル税”をめぐるエピックゲームズとアップルの争いが注目を集めている。支配者であり、すべてのアプリ企業から30%の税金(手数料)を徴収しているアップルに対し、果敢に反抗を挑む抵抗者……エピック自らがこうした図式を描き、宣伝しているが、実はエピックの主要株主は中国の大手IT企業テンセント(騰訊)である。アップルとテンセント、この二つの帝国はニュース記事に「投げ銭」を送る機能をめぐり、激しい対立の後に和解した経緯がある。エピックとアップルの対立もその同工異曲、すなわちアイフォーン上で動作する別のOS(基本ソフト)の構築を認めるやいなやという争いにほかならない。
こうした視点でアップルとエピックの争いを見ると、単に米中対立という国家同士のぶつかり合いにとどまらず「ITの恩恵は誰が受けるべきか」という深遠な問いを投げかけているようにも見えてくる。 (オンライン限定ミニ特集:フォートナイトはITの民主化を勝ち取るか)
フォートナイト空間で映画も音楽も仕事も!
まず世界に3億5000万人のユーザーを擁する人気ゲーム「フォートナイト」を展開するエピックの野心的な試みを紹介しよう。
エピックは、フォートナイトをゲーム以外のさまざまなサービスに展開する「メタバース」という計画を推進している。聞きなれない言葉だが、メタバースとは、かいつまんでいうと仮想空間に構築された世界とその活用を意味するIT用語だ。
エピックのメタバースが最終的にどのような形で完成するかはまだ不明だが、フォートナイトでは実は音楽ライブや映画の配信といった試みがすでに行われている。仮想空間でさまざまなサービスを享受できるというとなんだか未来的だが、より現実的に解釈するとアイフォーン上で動作する別のOSが生まれるようなものなのだ。
今までは映画を見ようとすればアイフォーンのアプリで視聴する必要があったが、今後はフォートナイトのアプリの中で映画を見たり、音楽を聞いたり、あるいは仕事をしたり、ということまでできるようになるかもしれない。そうなれば、単なるゲームだったはずのフォートナイトは、アイフォーンの生態系(エコシステム)と競合する存在へと進化している。この時、焦点となるのが決済の手段だろう。仮想空間の財布にチャージするたびに30%のアップル税を支払うのはご免被るというわけだ。
iOSを上書きするテンセントの「ミニプログラム」
メタバースによるアイフォーンの上書き……というと、なんだか現実離れした話に思えるかもしれないが、実は中国ではすでに実現している話だ。
ミニプログラム。これはテンセントのメッセージアプリ「ウィーチャット」の機能で、ウィーチャット上で簡易的なプログラムを動作させられるものだ。簡易的といっても、動画配信、生放送、ゲーム、ネットショッピングなど多岐にわたり、かなりハイクオリティーな機能まで実現している。公開されているアプリの数は2019年夏の時点で230万種以上、月間アクティブユーザー(MAU)は8億人以上に達した。まるでアイフォーンの上に、ウィーチャットというもう一つのOSが上書きされたかのようだ。
ユーザーに新しいアプリをインストールさせるのはハードルが高いが、ミニプログラムはその名のとおり容量が小さく、携帯電話回線でもあっというまにダウンロードができる。しばらく使わなければ自動的にアンインストールされる仕組みで、ユーザーにとっても負担感はない。
最近では新しいアプリをインストールするのではなく、ミニプログラムで済ませるケースのほうが多いぐらいだ。ウィーチャットだけではなく、アリババグループの決済アプリ「アリペイ」やモバイル向け動画プラットフォームのTikTok(ティックトック)の運営企業バイトダンス(北京字節跳動科技)などのIT企業、さらには携帯電話メーカーも、自分たちのミニプログラムをリリースするなど活況を呈している。日本のドン・キホーテや無印良品までこのミニプログラムを活用した中国の消費者に近づこうとしている。
中国のネット上の「投げ銭」を非課税にしたアップル
アップルはこうした状況を見過ごしていたわけではない。
アップル税の支払いをめぐり、18年6月にテンセントとアップルは衝突した。具体的な事件としては「投げ銭」機能の実装という形で現れた。ウィーチャットでは気に入ったニュース記事に投げ銭を送ることができる機能が搭載されていたが、30%の手数料を支払うべきか、という形で問題化し、一時はこの機能がアイフォーンでのみ利用できない状況になった。
しかし3カ月後に、アップルとテンセントは静かに和解し、アップルの審査規約に「バーチャルギフトを贈る際、送金額の100%が受け取り手に渡る場合、手数料は取らない」との項目が加えられた。投げ銭からはテンセントもアップルもどちらも手数料を取らないという形で落着したわけだ。ただし、その他のゲーム内課金ではアンドロイド版のウィーチャットでは支払いができるが、iOSではできないというケースもある。
痛み分けという形だが、少なくともオンライン上の投げ銭についてはアップルが譲歩した形に収まった。あのアップルが、という驚きもあるが、中国市場の大きさと中国におけるテンセントの力を考えれば、理解はできる。
だとすれば、超人気ゲーム「フォートナイト」を手にしたエピックが同様に譲歩を求めて、アップルと対峙するのも当然だろうか。
アップル税の恩恵を受ける中国企業
だが、少なくとも現時点ではテンセントを含めた中国勢がアップルと対立するという動きは見られない。テンセントとアップルの対立のように中国国内においては、アップル税をめぐる争いはいずれ表面化する可能性もあるが、中国国外への進出という面で見ると、テンセントを含む中国勢は支配者アップルの恩恵を最も強く受けているグループでもあるからだ。
というのもアップルは30%の手数料を取る代わりに、不正プログラムなどがないようにチェックし、決済手段を用意し、さらにはストアの検索やランキングなどさまざまな手段でメーカーとユーザーとを結びつける機能を持っているからだ。
中国系のゲームは日本でも相当の人気を得ている。日本の中高生に大人気となった中国ゲーム「荒野行動」は巨額の制作費を投じた大作ゲームだが、制作費は低予算ながらもコアなファンをつかんでいる中国ゲームはいくつも存在する。日本語対応すら怪しいレベルなのに、日本でリリースでき、日本人ユーザーが安心してダウンロードして楽しめるのは、アップルというプラットフォームがあるがゆえだ。
つまり、アップルからすれば、そうしたサービスを提供しているのだから、“アップル税”は正当な報酬という言い分となる。しかも無料アプリの場合には“アップル税”はかからず、無料でこうしたサービスを提供することになるのだからなおさらだ。日本に進出している中国企業、とりわけ自社で配信ネットワークを築けないような弱小企業からすれば30%の手数料は妥当だろう。一方で、エピックのような大手からすると、もっと安い金額でもいい、今の構図では無料アプリに対するサービス分まで我々大手が負担していると不満を抱くのも理解できる。
落としどころはなかなか見えないが、アップルとテンセントの投げ銭をめぐる争いが、最終的に「双方手数料はとらない」という、ユーザーにとって最良の結果で終わったように、エピックとアップルの争いもまた、ユーザーの便益が高まる決着となることを期待したい。
(高口康太・ジャーナリスト)