経済・企業フォートナイトはITの民主化を勝ち取るか

アップルに「ITの民主化」を投げかけたエピックゲームズに米議会と司法当局はどう判断をくだすか【オンライン独自コンテンツ】

3億5000万のユーザーが武器、対戦型ゲーム「フォートナイト」(Bloomberg)
3億5000万のユーザーが武器、対戦型ゲーム「フォートナイト」(Bloomberg)

 カリフォルニア州北部地区連邦地裁は8月24日、アップルが自社アプリストアにおいて、契約違反を理由に削除した人気ゲーム「フォートナイト」の再配信を求めるエピックゲームズ(以下、エピック)側の申請を却下する一方、アップルに対してはエピックの開発者向けツール「アンリアル・エンジン」の削除を差し止める判断を下した。 (オンライン限定ミニ特集:フォートナイトはITの民主化を勝ち取るか)

「エピックはロビンフッドを装う大金持ち企業だ!」

 これを受けてアップルは8月28日、直ちにエピックのアカウントをアップストアから削除した。さらにアップルは同地裁において9月8日、エピックが独自決済機能を導入した行為を「窃盗」に当たるとし、「エピックゲームズは義賊ロビンフッドを装う数十億㌦規模の大金持ち企業だ」として、数千万㌦の損害賠償を求める反訴を提起した。

「アップルが反訴で『エピックゲームズは義賊ロビンフッドを装う大金持ち企業』と非難」のニュースを伝えるアップル情報専門サイト『プレンティ・アップル』
「アップルが反訴で『エピックゲームズは義賊ロビンフッドを装う大金持ち企業』と非難」のニュースを伝えるアップル情報専門サイト『プレンティ・アップル』

「司法の戦い」はこの先5年続く

 8月の裁判所の判断は、基本的にはアップルの勝利だ。エピックがアップルに譲歩しない限り、「フォートナイト」をアップル社製のマックブックやアイフォーンに新たにダウンロードすることができなくなるばかりか、ゲームの新シーズンもプレーすることができない。

 しかし同判決は、「アンリアル・エンジン」で動作する、エピック以外の企業が開発したゲームの利用者が引き続きダウンロードとプレーを楽しめるように命じるなど、エピック側も部分的に勝訴させる内容だ。

 一方、アップルとエピックが争う一連の裁判は、「この先5年は続く」と司法専門家たちは予想している。だが、アプリストアの30%の「税」課金に関しては、現行の独占禁止法の法解釈において、エピックに勝ち目はないとの意見が多い。

「必ずしも独禁法違反に当たらず」

 今回のエピックによるアップルとアルファベット傘下グーグルへの挑戦は、各プラットフォーム上でのサービス収入に課される30%の手数料が高すぎることへの反発だ。

 アップルが販売者の不満にもかかわらず、強気の手数料設定を行える理由は、同社が独占的にプラットフォーム上のショップを運営し、競合ショップを開店させないという、競争のない「エコシステム」に販売者を閉じ込めることができるからである。

 エピックのティム・スウィーニー最高経営責任者(CEO)は、「街の中に米小売り大手のターゲットの店しかない状況を想像してほしい。アップルがやっているのは、そのような反競争的な慣行だ」と訴える。

エピックゲームズの最高経営責任者(CEO)ティム・スウィーニー(Bloomberg)
エピックゲームズの最高経営責任者(CEO)ティム・スウィーニー(Bloomberg)

 しかし、司法による現行の法解釈は「独占」の意味を極めて狭く定義しており、互いに競合するアップルとグーグルのアプリストアは必ずしも独占禁止法違反とは見られない。

 エピックは、その制約を理解した上で、他の販売者と手を組み、世論を喚起して、新たな立法による「アプリストアの競合を増やす民主化」を目指しているように見える。

共闘を呼び掛けるエピック

 米調査企業IDCのゲーム調査部長であるルイス・ウォード氏は、「エピックゲームズは、プラットフォームとの収入分配の力関係を変えようとしている」と分析する。

 自社がゲームストアを持つエピックは、開発者からストア売り上げの12%を徴収しており、アップルの30%と比較すると、半分以下である。そのため、エピックのストアで販売を行う中小ゲーム開発企業は、同社のアップルやグーグルに対する挑戦を支持している。

 さらにエピックは、音楽ストリーミングのスポティファイやスマートスピーカー企業のソノスなどにもアップルに対する共闘を呼び掛けている。

 アップルの「アップルミュージック」(月額10㌦)と競合するスポティファイの広告抜き有料サービスは、2014年から「30%税」を料金に反映して月額14㌦を課金していた。

 これでは競争にならないため、スポティファイは「ユーザーにとり不公平」だとして、自社ウェブサイトで月額10㌦の課金を処理し、アップルのアプリストアをバイパスするようになった。

 動画ストリーミング大手のネットフリックスも同様に、自社サイトで課金処理を行っている。

 エピックの「反乱」を受け、こうした動きはさらに広がるだろう。

裁判で勝っても世論戦では敗戦濃厚のアップル

 アップルに対抗するエピックの仲間は着実に増えている。

 16年にエピックが「ウィンドウズ搭載パソコンにおけるアプリストアの独占的地位」を批判した「旧敵」マイクロソフトは、今回の裁判ではエピックゲームズ支持に回り、自社アプリの「30%税」の負担を嫌うソーシャルメディア大手のフェイスブックも、エピックに対するサポートを表明した。

 こうした状況を評して、米ITメディア「ザ・バージ」は、「エピックゲームズは、アップルに対して孤立した闘いを挑んでいるわけではない」と分析している。

「エピックゲームズがアップルに挑んだ戦いが独禁法のあり方を変える可能性」を論ずる『ザ・バージ』の記事
「エピックゲームズがアップルに挑んだ戦いが独禁法のあり方を変える可能性」を論ずる『ザ・バージ』の記事

 こうした世論の風向きの変化を感じ取ったのか、アップルは8月22日、人気ブログプラットフォームのワードプレスに30%のアプリ内課金機能を義務付ける決定を撤回している。

 加えて、欧州委員会が6月にアップルの30%税に対する調査を立ち上げており、アップルは裁判で勝利しても、IT大手による「販売者いじめ」に対して厳しさを増す世論戦では、敗色が濃くなっている。

事実、ブルームバーグは9月9日付の解説記事で、「裁判がエピックゲームズの敗訴に終わっても、アップルには独占企業のイメージが残り、好印象を与えないだろう」と予想している。

米議会はアップルに不利な法改正を行う?

 こうしたなか、独禁法の従来の解釈を維持する司法に代わり、規制当局や米議会が立法でアップルやグーグルに不利となる独禁法改正を行う可能性が取り沙汰されている。

 7月29日に米下院に証人として招致されたアップルのティム・クックCEOは、民主党のハンク・ジョンソン下院議員から、「IT大手のアマゾンの動画ストリーミングである『プライムビデオ』の手数料を30%から15%に引き下げたが、他の販売者にはそうしていない」と問題提起をされた。その際、「手数料に関して不満を持つ販売者に報復処置を採ったことはあるか」と問われ、クックCEOは、「報復やいじめをすることはない」と回答した。

 しかし、エピックをアプリストアから削除したアップルの行動について「ザ・バージ」は、「エピックゲームズに対する報復以外の何物でもない」と斬り捨てた。同サイトは、「規制当局がエピックゲームズの側に立った介入をする可能性がある」との見方を示している。

 アップルにとり、自社のエコシステムに手数料引き下げというアリの一穴は開けられたくない。だが、IT大手の規制分割に前向きな民主党が11月の大統領選挙で勝ち、上下院も抑える勝利を収めれば、同社やグーグルのエコシステム税が立法で規制され、引き下げを迫られる可能性もある。いずれにせよ、中長期的な譲歩は不可避かもしれない。

サービスだけで125億㌦を稼ぐアップル

 アップルは近年、スマートフォンやコンピューターを製造する企業から、急速に「サービス提供企業」への脱皮を図っている。

 事実、同社のアプリストアは19年9月期に主に手数料からなるサービスだけで125億㌦(約1兆3200億円)もの売り上げをたたき出し、デバイスに次ぐ同社第2位の収益源に育っている。そのため、簡単に手数料を引き下げるわけにはいかない事情があることには、留意が必要だ。

「SNS大手フェイスブックもエピックゲームズ同様にアップルの30%税に対して異議」と伝える米NBCニュースの記事
「SNS大手フェイスブックもエピックゲームズ同様にアップルの30%税に対して異議」と伝える米NBCニュースの記事

ITの民主主義という一石

 アップルは偉大なイノベーターである。しかし、自社のエコシステム内で他のイノベーターから高い手数料を徴収して、それらの潜在的な競争相手の収入を抑圧することで競合圧力を減らし、自社が成長してきたという面も否定できない。

 また、スマホ向けアプリストアではグーグルと複占市場を形成するアップルだが、そのアップルを訴えたエピックも、手数料は低く抑えているものの、ゲーム向け開発者ツールで複占市場を形成する一角だ。

 エピックの訴訟を支持するマイクロソフトも最高30%の税をアプリストアで課しているし、フェイスブックもネット広告の複占企業だ。

 IT業界の構造的な傾向として、優れたイノベーターが「独り勝ち」することは避けられない。そうした環境の中で、いかに販売者や消費者にとっても民主的な市場を形成してゆくのか、世論や米議会での議論にエピックゲームズが投じた一石の意味は小さくない。

(岩田太郎・在米ジャーナリスト)

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