経済・企業

「社員がサボってないか心配」「自宅に引きこもってメンタルに影響が出る」日本企業のリモートワーク導入はなぜうまく行かないのか

一人で快適なところもあるテレワーク
一人で快適なところもあるテレワーク

 新型コロナ感染拡大をきっかけに一気に普及したテレワーク。十分な準備もなく、やむを得ず、急に始めた企業が多かったに違いない。そのため、上司と部下のネットコミュニケーションがうまくいかなかったり、社員が孤立感を深めたり、ハンコを押すためにだけ出社したりと、イライラや不安、不合理が頻発し

た。

 テレワーク成功のゴール前に待つハードルと、その乗り越え方を探ってみる。

IBMの意外な決断

 100年以上も、通勤・出社スタイルを続けてきた常識からすれば、社員がバラバラに自宅で働き、面と向かって話ができないテレワークは、業績を低下させる仕事の足を引っ張るのではとの疑いが容易には消えない。

 米IBM、米ヤフーという、テレワークに親和性のありそうな企業でさえも、前者は2017年に、後者は13年に在宅勤務を禁止したのは、その疑いからのようだ。

 米ヤフーでは、グーグルの副社長から経営再建に乗り込んできたマリッサ・メイヤーCEO(最高経営責任者)が、「人は一人でいる方が生産性は上がるが、集団になった方がイノベーティブになる」と在宅勤務禁止に踏み切った。しかし、同社はその後、再建できず中核事業を身売りすることになった。集団の効果も期待したほどではなかったのだ。

いいとこ取りをした日立の在宅勤務

 テレワークが普及している米国でさえ、オフィス勤務と在宅勤務の間で揺れているのだ。その点、日立製作所が5月に発表した新しい勤務制度は、両者のいいところどりを狙った制度に見える。

 日立が来年4月にスタートさせる新制度は、「在宅勤務活用を標準」としている。しかし、「標準」と言っても、全面在宅ではなく、「週2~3日は在宅」のペースだ。「在宅勤務のメリットは捨てがたいので導入するものの、どうしても生じるデ・メリットは、オフィスでの勤務で解消しよう」と考えた末の選択ではないか。

 ソフトウェアの受託開発をしている「ソニックガーデン」という社員約40人の会社は、16年にオフィスへの出社を撤廃した。でも、同僚とのコミュニケーションは捨て難く、ITツールを使いネット上の会社に出社するスタイルを取っている。パソコン画面上で、在席中の同僚に声をかけて、相談できるのだ。

 テレワークに伴い生じる様々な問題は、こうして制度の工夫やITツールの活用により解決への糸口は見つかる。

社員のサボりはWebカメラで監視

 各論で言えば、テレワークの際に、上司が心配するであろう、姿が見えない社員のサボリ。これには、あえて両極端な解決策を挙げると、一方は、締め付け型。Webカメラで1分から5分ごとに自動的に在宅の社員の顔を撮影する管理ツールの活用だ。

 もう一方は、放任型で、社員ひとりひとりの仕事の内容をきちんと決めて(ジョブ・ディスクリプション)、その仕事を済ませば、自由にしていい仕事スタイルの採用だ。現実には、その中間に解を求める企業が多いかもしれない。

「在宅勤務は、介護や子育てが必要な社員のための制度で、自分には縁がない」と考えていた社員も、急なテレワーク導入で大いに戸惑ったことだろう。

在宅勤務の孤立感解消法

 在宅勤務で孤立感を深める社員も多いようだ。仕事の進め方でわからないところが出ても、隣の同僚に聞けないし、上司、会社が、自分の仕事をちゃんと評価してくれているのだろうかという不安も生まれる。

 こうした孤立感、不安を解消するために、Zoomで社員が雑談できるコーナーを設けたり、そこでランチ会を開いて一緒に食事できるようにしている会社もある。

 また、オンライン会議を毎日実施して、社員とのコミュニケーションを図るよう人事コンサルタントはアドバイスしている。

 オフィス勤務とのギャップを埋めるこうした工夫は、まだまだ不足しているようで、その結果が、アンケートにも表れている。たとえば、日本生産性本部が5月に発表したアンケート調査では、在宅勤務での仕事の効率について尋ねたところ、効率が「下がった」「やや下がった」と感じる人が66.2%にのぼった。

 高い割合だ。しかし、この数字を見て、「テレワークはうまくいかない」と結論付けるのは早計だろう。前述したように、今回のテレワーク導入が、感染拡大防止のために急で、企業も社員も不慣れだったことや、休校措置と重なったこともあり、思い通りに仕事が進まなかったと考えられるからだ。

 企業経営者にとっても、今回は、テレワークをスムーズに進めることに精一杯で、テレワークのメリットまでは、頭が回らなかったのではないか。

 導入のメリットとして、結果が目に見えて、しかも即効性があるのは、オフィス縮小によるコスト削減だろう。生産性の向上も期待したいが、コスト削減ほど即効性はない。ただ、仕事のやり方の見直しは、ムダな仕事をあぶり出し、やってみる価値はあるだろう。

 リクルート効果も即効性はないが、テレワーク導入企業とそうでない企業の間で、会社に必要な人材確保の面で、やがて差が出てくるように思える。

「やむを得ないテレワーク」から「何のためのテレワーク」へと意識を変える時を迎えている。

氾濫するネットのガイドブック

総務省のテレワーク導入手順書より(平成28年3月)
総務省のテレワーク導入手順書より(平成28年3月)

 最後に、テレワーク導入・運用の際に、知恵を授けてくれる官公庁や業界団体のガイドブックや資料が、ネット上にはたくさん見つかることもふれておこう。

 例えば、情報漏洩を防ぐセキュリティツールのガイドブックは、製品名を挙げ、驚くほど丁寧に説明しているし、社内の「テレワーク食わず嫌い」層をどうやって納得させるか、具体的な事例とやり方を紹介した非常に実践的な資料もある。

(小林剛・フリーライター)

 ※この記事は『テレワークの「落とし穴」とその対策』(大空出版)より抜粋し、一部編集しました。

 ネット上に散在するテレワーク導入や運用のガイドは、どこに何が書かれ、どこを探せばいいかわかりにくいです。本書はその道案内の章も設けています。ネット上に隠れたお宝情報を活用する指南書としても活用してください。

■小林剛(こばやし つよし)

1953年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院政治学研究科中退。1978年毎日新聞社入社、福井支局、神戸支局、大阪経済部、東京経済部、『週刊エコノミスト』編集委員などで勤務。現在はフリーライターとして活躍中。

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