経済・企業

ソフトバンクGがARM売却によって被るキャッシュの損失は約2兆円? 孫正義氏とソフトバンクGが「実は投資下手」であるこれだけの理由

    ソフトバンクグループ2018年度第3四半期決算でエヌビディア株売却を説明する孫正義社長(同社サイト動画より)
    ソフトバンクグループ2018年度第3四半期決算でエヌビディア株売却を説明する孫正義社長(同社サイト動画より)

     ソフトバンクグループ(G)はコンピューターグラフィックス(CG)用半導体を製造する米エヌビディアに、傘下の英半導体設計会社ARM(アーム)を最大約4兆2000億円(400億㌦)で売却することで合意した。8月5日配信「ソフトバンクの英ARM売却で確定する孫正義の投資失敗」で指摘したように、今回の売却額決定でソフトバンクGのARM買収は失敗で確定しそうだ。

    「90憶㌦の売却益」のまやかし

     ソフトバンクGは2016年7月、アームを約3兆3000億円(310億㌦、当時)で買収すると発表した。IоT(モノのインターネット)時代の主役をアームが担うとの孫正義ソフトバンクG社長の確信のもと、株価に4割のプレミアムを載せての買収だった。 今回の売却で、ソフトバンクGは90億㌦の利益を得ると評する報道は少なくない。それらは投資効率、規制当局による売却否認リスクを無視した論評に過ぎない。

    3兆円使って残るキャッシュは1兆円余り

     まず、ソフトバンクGが公表している売却金額の内訳をみると、現金は最大170億㌦しか受け取れない。残りはエヌビディア株で支払われ、ソフトバンクGは215億㌦相当、アームの従業員が15億㌦相当を受け取る。日米中英欧の規制当局の承認を得て、約18カ月後の22年3月末に全額が支払われる。

     また、現金のうち50億㌦は「アーンアウト(条件付取得対価)」条項が定められおり、アームが一定の業績を達成しないとソフトバンクGは受け取れない。具体的な条件は非公表だが、アームはソフトバンクG買収後業績が伸び悩み、20年3月期に6300万ポンド(約85億円)の純損失を出し、17~20年3月期のセグメント利益は726億円だ。最悪の場合、ソフトバンクGがアーム売却で得るキャッシュは120億㌦にとどまる。

     孫社長はアーム買収時、「たかが3兆円」と豪語したことで知られる。手元資金に足りない1兆円をブリッジローンでみずほ銀行から借りた。未公表だが、利率は1%前後とされ、約100億円を支払った。このほか、買収時の助言会社と銀行団に支払った手数料は約100億円とみられている。

     キャッシュ120億ドルで計算すると、買収費用込みで約3兆3200億円使い、売却で約1兆2500億円が入るため、差し引き2兆円余りのキャッシュがなくなる計算だ。

     エヌビディア株215億㌦相当が手に入るとはいえ、現物支給なので、キャッシュ化できるのは売買完了予定の22年3月以降だ。ソフトバンクGはエヌビディアの発行済み株式の約6・7~8・1%を保有する見通しだ。大量の株を一度に売れば株価下落を招くため、即座にキャッシュ化するのは現実的でない。結果的に、アーム株の3分の2をエヌビディア株と交換したということだ。

    エヌビディア株を「買って・損しかけて・売った」過去

    ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長 長谷川直亮撮影
    ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長 長谷川直亮撮影

     そもそも、ソフトバンクGはアーム買収直後の16年12月、エヌビディア株を1株105㌦で、約29億㌦購入した。傘下の「ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)」が掲げる「AI群戦略投資」の一環だった。ビットコインのマイニング(発掘)にエヌビディアのGPU(画像処理半導体)が使われるなど、同社株は上昇基調にあった。

     エヌビディア株は18年9月に280㌦を超えたが、同年末に半値に急落した。ソフトバンクGは18年度第2四半期決算で1000億円超の含み益を誇ったが、同年度第3四半期は逆に4000億円超の含み損を抱えた。ソフトバンクGはデリバティブ取引で約3300億円の利益を確保し、18年末までにエヌビディア株をすべて売却した。

     AI技術をリードすると評価していたエヌビディア株を売却するのは、AI群戦略投資と矛盾しないかとの批判に対し、孫社長は「SBGは純粋な持株会社。投資をして適切な段階で売却するのが日常の業務だ。投資先企業が伸び続けているときには持ち続けるが、伸びが成熟してきた頃、そして他の機関投資家や一般投資家に支えられてきた頃、彼らが独自に歩んでいくのはいずれかの時期でやってくる」と答えていた。

    「独自に歩んだ」エヌビディアはその後、米半導体大手インテルの時価総額を上回り、アーム買収資金の大半を自社株で賄う企業に成長した。直近で1株500㌦にのぼる。

    エヌビディアで得られたはずの“消えた1800億ドル”

    エヌビディアの株価(同社HPより)
    エヌビディアの株価(同社HPより)

     52・97㌦。16年7月18日、ソフトバンクGがアーム買収を発表した日のエヌビディア株の株価だ。

     仮にソフトバンクGがこの時、アームでなくエヌビディア株に310億㌦を投資していたら、4割のプレミアムを乗せたとしても、現在は約2000億㌦(約21兆2000億円)の資産価値がある。アーム売却で保有する同社株(215億㌦)の約9倍にあたる。エヌビディア株の売買時期の違いで、ソフトバンクGは差額約1800億ドルを手に入れそこなったことになる。

     たらればの話ではない。ソフトバンクGは当時、エヌビディア株を買い、今また保有しようとしているのだから。

    エヌビディア株価の推移(同社HPより)
    エヌビディア株価の推移(同社HPより)

    中国が買収を容認しない最悪の事態

     規制当局が買収を容認しないリスクも高まっている。米中対立による地政学リスクだ。トランプ政権はファーウェイを筆頭に中国への技術提供制限を強める。アームが設計する半導体はファーウェイ向けも多い。ソフトバンクG傘下であれば見過ごされた問題も、米企業であるエヌビディア傘下になれば、最悪の場合輸出禁止もありうる。

     こうした状況を踏まえ、中国共産党機関紙『人民日報』系列の『環球時報』は9月15日、エヌビディアの買収後にアームの中立性が失われるため中国当局が買収を容認しない、との観測記事を掲載した。

     中国当局は過去、半導体企業の買収を認めなかったこともある。エヌビディアによるアーム買収を認めない場合も、ソフトバンクGの投資は失敗が確定する。(後藤逸郎・ジャーナリスト)

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