「日本市場には割安で放置されている銘柄がほかにもある」バフェット氏突然の「日本買い」は日本株爆上げの前兆なのか
「役所の縦割り、既得権益、前例主義を打破して規制改革をしっかり進めていきたい」(スガノミクス 狙う株)
9月14日の自民党総裁選。圧勝した菅義偉氏は、7年8カ月支えた安倍政権の金融緩和と財政出動、成長戦略を継承する意向ながらも、独自色を示した。こうした次期政権の政策を市場は織り込み済みで、「日経平均株価への影響は限定的」というのが、もっぱらな受け止め方だ。ただ、菅氏は携帯電話料金の引き下げや地銀再編に言及しており、安倍政権で道半ばに終わった成長戦略が動き出せば、日本市場が見直されるきっかけになる。
日興アセットマネジメントの神山直樹チーフ・ストラテジストは「解散・総選挙が年内にも行われるかが注目。新政権が大勝すれば、政策遂行の信頼感が高まるとみて、株式市場には資金が流れ込みやすくなる」とみる。
株式市場はまず、国民の信任を得た安定政権になるかどうかを見定めようとしている。そして、菅新総裁が打ち出す経済政策、「スガノミクス」にはどのようなメニューが盛り込まれるのかが、次の関心事だ。
「もしバフェット」なら
菅新総裁を迎える市場の動きを確認しておこう。
コロナ禍で実体経済が大きな打撃を受ける中、日米の株式市場は株価のV字回復が続く。IT関連銘柄などを中心に構成されるナスダック総合指数はいち早くコロナ前水準を取り戻した。S&P500株価指数も、8月に史上最高値を更新するまで回復した。
日本の株式市場も急ピッチで回復している。日経平均は、3月19日には終値で1万6552円まで下げたが、8月中旬には2万3000円台を回復。新型コロナ感染拡大で暴落局面に入る直前の2月下旬の水準に戻した。GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)など米国のハイテク株にけん引される形で、東証マザーズやTOPIX(東証株価指数)情報・通信株の戻りが特に早かった。
「投資の神様」と称される著名投資家のウォーレン・バフェット氏が日本株に注目している。同氏が率いる投資会社バークシャー・ハサウェイは8月、伊藤忠商事や三菱商事など日本の大手商社5社の株式をそれぞれ5%超取得したことを公表した。
バフェット氏は「大手商社5社は世界各地で事業を展開し、今後も拡大を期待している」と談話を発表。楽天証券経済研究所の窪田真之チーフ・ストラテジストは「米国株に投資基準に合うバリュー(割安)株が少なくなったことから、割安な日本の商社株にも運用対象を広げたのでは」とみている。
窪田氏は「もしバフェットが日本株ファンドマネジャーだったら」と仮定し、同氏の投資基準に合う銘柄の候補として、日本たばこ産業(JT)、ソニー、三菱UFJフィナンシャル・グループ、安田倉庫、KDDIの5社を挙げた。財務内容がよく、安定して高収益を上げていることが共通点だ。「日本市場には割安で放置されている銘柄がほかにもある」──。バフェット氏の投資がきっかけとなり、国内外の投資家が関心を寄せ始めている。
ロビンフッダー
日本の株式市場を展望するにあたっては、いち早く回復した米国株の動向が見逃せない。今回の株価急回復は、バフェット氏のような著名投資家だけでなく、「ロビンフッダー」と呼ばれる米国の個人投資家も積極的に株式を売買している。
ロビンフッダーとは、手数料無料で株式の取引ができる米オンライン証券「ロビンフッド」を利用する個人投資家を指す。都市封鎖(ロックダウン)で在宅時間が広がる中、政府からのコロナ支援措置で米国民の所得が増加したことが影響したとみられている。
ロビンフッダーの投資資金が向かったのは、成長株として期待されるハイテク株だった。それは現物株だけでなく、デリバティブ(金融派生商品)にも及んだ。アマゾン株のオプションのコール(買う権利)取引は3月以降に増えて、6~7月には建玉(未決済取引)が急増した。
投資家がリスクテークできる背景には、各国政府の手厚い政策対応を見逃せない。日米はコロナ禍という未曽有の危機に、大規模な金融緩和と巨額な財政出動で緊急対応をしたのは周知の通り。日米以外でも同様で、IMF(国際通貨基金)によると、各国政府によるコロナ経済対策の規模が6月の時点で10兆ドル(約1060兆円)に達している。
さらに、世界の中央銀行とも言える米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が8月27日、国際経済シンポジウム(ジャクソンホール会議)で講演するのに合わせ、一定期間はインフレ率が2%を上回ることを容認する新たな政策を打ち出した。「米国のゼロ金利は2~3年は続く」。市場にはこんな安心感が広がり、株価をサポートしている。
売る権利の急増
日米の株式市場が急回復する中で、注目されるのがソフトバンクグループ(SBG)株の乱高下だ。米国ハイテク株への大規模な投資や株式の非公開化の観測などが急浮上。株価への影響が判断しにくい状況になっている。SMBC日興証券は9月9日付のリポートでSBGについて、経営陣による自社買収(MBO)による上場廃止が選択肢にあると指摘する。
SBGをめぐっては、9月に入りさまざまな報道が相次いでいる。英紙『フィナンシャル・タイムズ(FT)』などによると、過去数カ月間に米国ハイテク企業の個別株オプション取引でコールを買い建て、含み益は40億ドル(約4240億円)規模に上る可能性があるという。9月14日には傘下の英半導体設計大手アームの全株式を、米半導体大手エヌビディアに最大400億ドル(約4・2兆円)で売却すると発表した。
「SBGはコロナ禍で傷めた財務の立て直しと同時に、日米の大きな政治イベントの先の投資戦略を練り直しているのだろう。そのための資産の現金化やMBOの検討ではないか」(市場関係者)
株価の急上昇には、日本の個人投資家から警戒感も出ている。個人向けオプション取引を専門とする「eワラント証券」では、日経平均のオプション取引で1万9000円のプット(売る権利)が売れ筋上位という(9月10日時点)。プットとは相場が下落を予想する時に買う商品。1万9000円のプットは、権利行使価格(1万9000円)を下回るほどもうけが見込める。
一方で、満期日までに日経平均が1万9000円までに下がらなければ無価値になる。eワラント証券の多田幸大投資情報室長は「日経平均の今後の下落を警戒している人が多いということ」と解説する。GDPや雇用統計など厳しい経済統計が出ているにもかかわらず、株価はコロナ水準まで回復していることから、「戻したことに疑心暗鬼な個人投資家が多い」(多田氏)。
健全な調整
足元では、米国市場も短期的な調整局面に入ったようだ。時価総額でトヨタ自動車を上回る米電気自動車(EV)メーカーのテスラは9月8日、21%も急落。ハイテク株の比重が高い米ナスダック100指数は9月2日の高値から11日までで1割下落した。
ただ、米国株の大幅下落については楽観的な見方も少なくない。
西日本機械金属企業年金基金の木口愛友運用執行理事は「一部のハイテク株はファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)からみて、買われ過ぎだった。今回の下落はいい調整。投資家は悲観的ではない」と語る。
JPモルガン・アセット・マネジメントの前川将吾ストラテジストは「米ハイテク株の下げはスピード調整に過ぎない。一部の米ハイテク株に投資が集中過ぎたことの調整は、機関投資家が出遅れ気味の日本株への関心を高めるきっかけになる」と、みている。
悪い材料が出れば、政府の政策対応で株価がサポートされる──。そんな安心感から株価が下がれば、金融緩和で溢れるマネーが買いに入る。一定の上値と下値を維持するボックス相場を予想するストラテジストが主流だが、予想以上の好材料で上値を突き抜けたり、逆に悪材料で下値を割り込む局面も予想される。米国市場を注視しつつ、スガノミクスの目利き力が問われる。
(神崎修一・編集部)
(桑子かつ代・編集部)
(斎藤信世・編集部)
(本誌初出 バフェットの商社買い ソフトバンク株乱高下=神崎修一/桑子かつ代/斎藤信世 市場関係者の見通し ■黒岩 泰/小高 貴久/市川 雅浩 20200929)
◆市場関係者の相場見通し
(注)見通し期間は9月中旬から2021年3月末
黒岩泰(株式アナリスト)
日経平均
高値 2万6500円
安値 2万3000円
新型コロナウイルスによる景気・業績悪化は株価に織り込まれており、「その後」を見据える展開。市場が気にしているのが、金融政策の継続性。中央銀行の緩和スタンスに変化がなければ、株価がもう一段高となる可能性が高い。
小高貴久(野村証券投資情報部エクイティ・マーケット・ストラテジスト)
日経平均
高値 2万5000円
安値 2万1000円
株価は2021年3月にかけて上昇する可能性がある。自動車を中心に輸出の回復や生産調整の終息が期待され、中国や米国向けなど外需主導の景気回復が強まる。低金利の長期化や安定した為替水準も企業業績の回復に寄与する。
市川雅浩(三井住友DSアセットマネジメント シニアストラテジスト)
NYダウ平均
高値 3万800ドル
安値 2万4700ドル
米国株は2021年3月まで緩やかな上昇基調を維持すると予想する。コロナ禍の影響は不透明だが、米国の強力な経済再生策と金融緩和の継続が支える。9月のハイテク株下落は一時的な調整だ。