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教養・歴史

好きな場所で好きな仕事をする「コロナ移住」のすすめ

長野県伊那市の田舎暮らしモデル地域「新山地区」(写真提供 新山定住促進協議会)
長野県伊那市の田舎暮らしモデル地域「新山地区」(写真提供 新山定住促進協議会)

 2020年春の新型コロナウイルス感染は、都会での働き方や暮らし方を大きく変えた。東京一極集中は、コロナ禍の影響で歴史的な転換点を迎えた可能性がある。

 実際に東京都の人口増減に異変が起きており、毎月1日時点の東京都の人口(住民基本台帳ベースの推計)は、20年5月に史上初の1400万人となって以降、コロナ禍の影響を受けて、例年とは異なる動きが見られるのだ。

 東京都の人口は月ごとに大きく変動する。例年、新入学や新入社の4、5月に都の人口は前月比ベースで大きく増加する。20年4月は例年並みに増加し、5月には史上初の1400万人に達したものの対前月の増加数は例年よりも少なくなった。また6月には1956年の調査開始以来、6月としては初めて対前月増減数がマイナスに転じた。その後、7月に微増に転じたが、8月はまた減少となっている。

「コロナ疎開」から「コロナ移住」へ

「コロナ疎開」という言葉がメディアで使われ始めている。コロナ感染を避けるために一時的に都会から地方に移住することである。4月7日の緊急事態宣言前後から、長野県軽井沢町や栃木県那須町の別荘利用が例年より多くなっていた。こうした別荘利用を含む2拠点生活や、休暇と同時に働くワーケーションも「コロナ疎開」といえる。

「コロナ疎開」はあくまで一時的な動きなので、コロナ感染が収束すればまた元の生活に戻る可能性がある。 

 筆者はこの「コロナ疎開」ではなく「コロナ移住」を提唱している。コロナ禍をきっかけにして、地方移住して働き方や暮らし方を変えることである。

 実はすでにコロナ以前から若い現役世代の地方移住希望者は増えており、コロナ禍をきっかけにこの動きはさらに加速すると筆者は予測する。

若い現役世代ほど地方移住しやすい

 地方移住というと「定年後に地方移住してのんびり暮らす」というイメージが強いが、実際には15年以降、若い現役世代の地方移住希望者が増えている。

 東京・有楽町駅前にある「NPO法人ふるさと回帰支援センター」の来訪者数・問い合わせ数(図1)は15年から急増している。

「NPO法人ふるさと回帰支援センター」の来訪者数・問い合わせ数(同センター資料より抜粋)
「NPO法人ふるさと回帰支援センター」の来訪者数・問い合わせ数(同センター資料より抜粋)

センター利用者の年代の推移(図2)では、20代から40代の若い現役世代の比率が年々高くなり、15年以降は約7割を占めるようになっている。08年は利用者の約7割が50代以上だったので、その比率が逆転しているのだ。

「NPO法人ふるさと回帰支援センター」の利用者の年代の推移(同センター資料より抜粋)
「NPO法人ふるさと回帰支援センター」の利用者の年代の推移(同センター資料より抜粋)

 コロナ後に若い現役世代の地方移住がさらに加速する理由として考えられるのが、まず若い現役世代ほどテレワークやオンライン会議など、場所にとらわれない新しい働き方ができる。さらに若い現役世代は、都会に住宅を購入したといった縛りが少ない。そしてコロナ自粛中、今まで寝に帰るだけだった狭い自宅で仕事をして一日中過ごすことになり、地方の広い住環境に移住したい気持ちが高まった人もいるだろう。

長野県信濃町の野尻湖(筆者提供)
長野県信濃町の野尻湖(筆者提供)

 今までの「定年後の地方移住」と、現在起こっている「若い現役世代の地方移住」の違いを表のようにまとめた。

 そして若い現役世代が地方移住する場合には、地方でどのように、仕事をして生活していくかが重要になる。

30代で移住を決断

 実は私自身、若い現役世代の地方移住経験者である。夫が40歳、私が38歳の02年3月に、家族5人で千葉県浦安市から長野県北御牧村(現在の東御市)に移住した。長野県に移住したのは、都会での過酷な受験戦争を回避して3人の子供たちを育てたかったことと、自然豊かな環境で暮らしたかったからである。そのために、移住する前に夫婦それぞれが起業して、都会でしていた仕事を地方でもできるようにした。

筆者が移住した長野県東御市の風景(筆者提供)
筆者が移住した長野県東御市の風景(筆者提供)

 私はインド紅茶の輸入・ネット通販会社を97年に千葉県で起業し、02年にオフィスを長野県に移転し、3人の子育てが終了した18年に事業譲渡した。現在は21年間のビジネス経験と18年間の地方移住経験をもとに、経営エッセイストとして執筆と講演活動をしている。このように私は地方でインターネットを駆使して仕事をしてきており、都会で仕事をする必要はない。

 夫は国際エコノミストの藻谷俊介で、96年に経済調査会社をパートナーと創業して共同経営している。夫は主に長野県の自宅で経済分析の仕事をし、用事があれば東京のオフィスに行く。夫は18年前から長野でテレワークをし、長野と東京の2拠点で仕事をしてきた。

 私たち夫婦が移住に備えて起業したのは、実際に移住する5、6年前である。また移住候補地を探し始めたのは、移住の2年前からだった。このように若い現役世代が地方移住するのには数年の準備期間が必要なのだ。まず地方でどんな仕事をするのかを検討し、転職や起業の準備をする。そして移住したい地域を決めて実際にいくつかの候補地を回り、住む家を確保する。準備期間だけでなく、かなりのエネルギーも要する。私は振り返って、まだ30代だったから、これらのことができたのではないかと思う。

コロナ自粛の産物が本の執筆

 20年春のコロナ自粛によって、私は全国各地での講演の仕事を失い、今までの移住経験をまとめた本の執筆を始めた。それが『コロナ移住のすすめ 2020年の人生設計』(毎日新聞出版)である。コロナ禍のため、東京にいる本の編集者とはメールと電話でやりとりし、実際には一度も会っていない。全国の事例の取材インタビューも、ほとんどオンラインで行った。まさにこの本自体が、「コロナ自粛の産物」なのである。

豊かさは所得の多寡ではない

 オンライン取材した大手食品会社を退職した30代の男性は、家族5人で人口1万人強の町に移住して、20年6月にカレー店を起業した。家族との時間を確保するために週4日ランチのみの営業だが、予測の倍以上の売り上げがあり繁盛店になっている。

 大手出版社を退職し40代で移住した男性は、所得が10分の1ほどに激減したものの、自分が納得する分野の編集の仕事を続け、生活費が安い地方での生活を家族5人でエンジョイしている。

 豊かさを感じる基準は所得の多寡だけではなく、生活や時間の豊かさもあるのだ。

 この本の取材を通じて、最近の地方移住の背景に、企業に雇用される「メンバーシップ型」から、独立してフリーランスとして働く「ジョブ型へ」、「専業から複業へ」、モノを所有して満足する「所有欲求」から、自分の存在感があることで満足する「存在欲求へ」--といったパラダイムシフトが起きていることがわかった。

 都会の大企業勤務から地方移住して独立し、自分が満足する仕事をいくつか掛け持ちして、家族やコミュニティとの生活を楽しむという選択も可能なのだ。

 地方移住はリスクが大きい冒険と思われがちだが、それは本当だろうか?。

 都会に住むリスクに気づいた人たちは、すでに「好きな場所で好きな仕事をする人生」を送り始めている。

 今回のコロナ禍は、今までの働き方や暮らし方を見直して、「コロナ移住」を具体的に考えるきっかけになるだろう。コロナ自粛中、私は地方の穏やかな環境で過ごし、インターネットを駆使して本の執筆を続けることができた。

 人生の選択肢の一つとして「コロナ移住」をおすすめしたい。(藻谷ゆかり・経営エッセイスト)

※本稿は、『コロナ移住のすすめ 2020年代の人生設計』をもとに、最新のデータ分析を加えて執筆しました。

◇略歴 もたに ゆかり

1963年横浜市生まれ。東京大学経済学部卒業後、金融機関に勤務。1991年ハーバード・ビジネススクールでMBA取得。外資系メーカー2社勤務後、1997年にインド紅茶の輸入・ネット通販会社を起業、2018年に事業譲渡。2002年に家族で長野県に移住。現在は「地方移住X起業X事業承継」を支援する「巴創業塾」を主宰。著書に『衰退産業でも稼げます 「代替わりイノベーション」のセオリー』(新潮社)がある。

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