経済・企業

「ラストバンカー」西川善文・元三井住友銀行頭取の光と影 日本郵政社長就任は失敗だったのか

西川善文氏(2009年)
西川善文氏(2009年)

 9月11日に死去した元三井住友銀行頭取の西川善文氏(82)は石油ショック、円高津波、バブル経済とその崩壊、日本経済が直面した難局に果敢に挑戦し、もみくちゃになりながら熱血のバンカーとして名を残した。

 銀行の横並びに背を向け、「収益の鬼」といわれながら住友銀行を「収益ナンバーワン銀行」に押し上げ、頭取になると、財閥の壁を超えて2001年、さくら銀行(旧三井銀行)と合併、経営の主導権を握った。

恩人・磯田会長に反旗

「仕事師」を示す業績やエピソードの裏で、修羅場をいくつも踏んでいる。企画部長だった1990年10月、住銀の天皇と呼ばれた磯田一郎会長に反旗を翻した。

 磯田は青葉台支店で起きた不祥事の責任を取り「会長辞任」を表明したが、「実権を手放す気はなく、頭取を代えて院政を敷くつもりだ」と知った西川は本部の部長たちに招集をかけた。

 東京・信濃町の住友会館に集めた部長たちに「辞任表明はイトマン事件(大阪の商社で起きた戦後最大の経済事件)を隠蔽(いんぺい)するものだ。会長の意のままに動く頭取が誕生したらこの銀行に将来はない」と訴えた。部長会は巽外夫頭取(当時)に「職にとどまる」ことを求める異例の連判状を出す。闇の勢力が絡んだ経営上層部の迷走は、中堅幹部の結束によって終止符が打たれた。

 磯田は「恩人」だった。採用した人事部長であり、大手商社・安宅産業の処理という活躍の舞台を与えてくれた。地上げが頓挫した山林、工事が止まったゴルフ場、債務超過の子会社など銀行融資で、かろうじて命脈を保つ企業の解体と再生が仕事だった。屍(しかばね)の匂いを嗅ぎつけ寄ってくる裏社会の面々もいたが、安宅処理は、困難な仕事を解決する面白さを知る貴重な体験だった。

 安宅処理が評価され86年、48歳で企画部長に。その年の秋、東京進出を狙う磯田頭取は平和相互銀行を合併する。不良債権の塊を抱え、磯田は「3年かけて収益ナンバーワン銀行に復帰する」と宣言。「頭取が3年というなら2年で」と西川は組織にムチを当てた。

「使命感の強い男です。重い荷物でも頼まれれば断らない。困難ならなおさら挑戦したくなる。そこが美点であり難点でもある」(同期入行の元関西アーバン銀行会長小松健一氏)

 不動産融資や投資あっせんなど提案型融資と呼ばれる「押し込み営業」の先鞭(せんべん)をつけたのは住銀。バブルがはじけ、94年には名古屋支店長が射殺された。闇の勢力との取引がトラブルになっていた。頭取に就任した97年、北海道拓殖銀行が破綻、金融危機に火が付く。頭取として君臨した8年は金融の動乱期、バンカーとしての最後は引責辞任だった。

 安宅・平和相互銀・イトマンに象徴される不透明な融資が金融庁検査で表面化した。予定した黒字決算は一転し2400億円の赤字、引きずり降ろされるように退任した。

 銀行の経営者といえば、バランス感覚、調整力、人柄が、程よく備わっている人が多い。カミソリのような切れ、キリのようにとがり、容赦なく部下を叱る西川が金融界で一目置かれたのは、実直で私心を感じさせず、困難に挑戦しては結果を出してきたからだ。

郵政社長に猛反対した妻

 結果が出なくなると、風向きは変わる。「西川案件」と呼ばれた問題融資のリストが銀行内部から金融庁に渡ったともいわれる。住銀主導で進む合併後の体制に三井側から不満が噴き出すなど独断専行の経営に批判が出ていた。

 退任の記者会見で「こんなに細い体でよくもった」と激動の時代を振り返り「もう皆さんの前に出ることはないでしょう」と語ったが、半年たたずで日本郵政の社長を引き受けた。

「意に反し解任されたという思いが、日本郵政社長就任へとつながったのではないか」と問うたことがあった。答えは「そんなことはありません。お国のために役に立てれば、と思い引き受けただけです」。挑戦を面白がる仕事の虫が騒ぎ出したのかもしれない。

 一人だけ猛反対者がいた。妻の晴子さんだ。「郵政って政治家やお役所が絡んで難しいところでしょ。あなたに務まることではないですよ」。妻の直感である。

「いま思えば、女房の言うとおりでした」

 日本郵政を辞めたあと、しみじみと語っていた。

(山田厚史・ジャーナリスト、デモクラシータイムズ同人)

(本誌初出 西川善文 元三井住友銀行頭取 動乱を駆け抜けた熱血バンカー=山田厚史 20200929)

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