実際何を教えているのか? 「リモートで3Dプリンター出力」「ヘッドバンドで取り付けたスマホで実技を撮影」創意工夫がキラリと光る各大学のオンライン授業の中身
金沢工業大 「3Dプリンターが大活躍」
ITに精通する教授陣の多い理工系学部のオンライン授業は、先進的なものが目立つ。
まずは「面倒見が良い大学」(大学通信調査)16年連続1位の金沢工業大(金沢市)。航空システム工学科の橋本和典教授が頭を悩ませたのは、5〜6人のチームに分かれてものづくりのプロセスを学ぶ「プロジェクトデザイン」のカリキュラムをいかに効果的にするかだった。特に、大学の授業に慣れない1年生の授業には気を配る必要があった。
橋本教授は、「感染症対策に役立つ物を作る」というお題を出した。学生たちは「ドアノブに触らずにドアを開けるツール」や「手を触れずにスマートフォンを除菌するツール」を提案。入学時点で原則全員、パソコンを持っており、チームごとにウェブ会議システム「Zoom(ズーム)」などで話し合い、別の授業で習っている三次元製図ソフトで図面を作成した。大学側が、学生から送られた図面データを基に3Dプリンターで部品を出力し(写真(1))、各チームの代表の学生に郵送することにしたという。
教員だけではこれだけきめ細かい対応は不可能だ。威力を発揮したのは、学生の創作活動をサポートする目的で開設された施設「夢考房」。NHK学生ロボコン(14年まで大学ロボコン)の優勝作品をたびたび生み出してきた、ものづくりの拠点だ。3Dプリンターはもちろん、ものづくりに必要な工具や設備が整い、学生をサポートする専属技師が8人控える。
6月にはコロナの感染ペースが落ちたため、対面の授業を開始したが、橋本教授らは「今後は産業界でも、同時に同じ場所にいない人たちが遠隔でデータを共有し、ものづくりをする場面が増えていくだろう。新しい時代にいち早く対応するためにも、今後も積極的にオンラインの手法を取り入れていきたい」と話す。
明治大 「米Remo活用」
7年前に開設された明治大(東京都)総合数理学部。ユーザーインターフェース(コンピューターとユーザーの情報のやり取り)を研究する中村聡史教授のプログラミングの授業をのぞいてみよう。
通常、学生たちはグループに分かれ、大学院生が務めるティーチングアシスタント(TA)にアドバイスを仰ぎながら課題に取り組むが、TAの人数は限られ、全てのグループに配置するのは不可能だ。Zoomにはミーティングを複数のグループに分ける機能がついているが、グループをまたいでの移動が難しいため、TAが自由に動けない。そこで用いたのが米企業が開発したウェブ会議システム「Remo(リモ)」だ。Remoは複数のテーブルや部屋に分かれて「閉じた会話」ができる上、テーブルや部屋の移動もしやすい(写真(2))。
授業を進める上で、中村教授は別の課題にも直面した。オンラインでは学生たちはキーボードで文字を打って会話や質問をするため、タイピング速度が遅い人は出遅れ、なかなか会話に入れない。そこで、研究室に所属する大学院生の力を借りてユニークなソフトを開発した。画面上に表示されるプログラミングコードをなぞるように文字を打ち込むことで、タイピング速度を上げながら同時にプログラミング練習もできるツールだ。他の大学からも使わせてほしいという声が相次いでいるという。
国際教養大 「TOEFLスコアが急伸」
国際系・外国語系の大学や学部は、異文化との関わりや活発な議論・討論を重視しているだけに、「ソーシャルディスタンス(社会的距離)」を求められるコロナ禍の影響は甚大だ。
そうした中、「授業の質という点に限って言えば、対面と何ら遜色ないレベルを維持できた」と自信を見せるのは、国際教養大(秋田市)の熊谷嘉隆副学長だ。オンライン授業はコロナで来日できない留学生たちも受講している。
多くの大学は通信料を減らすため、Zoomでの授業中は学生に音声やカメラをオフにするよう求めている。全て英語で実施される国際教養大の授業は、全て17〜18人の少人数制で、オンラインでも全員が画面上で顔をつきあわせながら受講した。例えば化学の授業でも、教員が複数のカメラを使って実験の様子を見せながら、画面上に並ぶ学生一人一人に声をかけ、対面と変わらない臨場感を再現した(写真(3))。
学生の相談を受けるため、授業時間外に教員が一定時間、研究室で待機する「オフィスアワー」も、オンライン上では特に、学生からアクセスがあれば必ず対応できるよう徹底し、学生たちとのつながりを保つことを意識した。対面授業と比べ、学生たちの習熟度は高く、「特に1年生のTOEFLのスコアが例年よりはるかに伸びていて驚いた」という。
神田外語大 「仮想の英会話サロン」
英会話のサロンなどの集いの場を大事にしてきた神田外語大(千葉市)。学内には、くつろげるソファやカフェスタイルのテーブルセットを配置した空間がいくつもある。神田外語グループの佐野元泰理事長は「大学の売りでもあるこうした施設がコロナで使えなくなったのは残念だった」と悔しさをにじませる。
オンラインの効果が表れ始めたのは6月中旬、世界で広がった「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大事だ、BLM)」運動がきっかけだ。通常なら外国人教員を中心にサロンに集まり、それぞれが意見を闘わせるところだが、それはかなわない。ただ、自然とオンライン上に仮想のサロンができ、議論が始まったという。
問題は、21年4月に新設される留学必須の「グローバル・リベラルアーツ学部」のカリキュラムをどうするかだ。リトアニア、インドなど4カ国のいずれかを選び、1年次と3年次に短期留学することになっているが、現時点で渡航の見通しは立っていない。4カ国全てとつながるオンライン留学で、日本にいながらにしてグローバル力を身につける方法を模索する。
名古屋商科大 「2年前からZoom」
今回、オンライン授業の開始が早かったのは、名古屋商科大(愛知県日進市)だ。2月の時点で香港の提携校から大学のオンライン授業の様子を聞き出し、一足早く準備に入った。
1985年から学生全員にアップルのノートパソコンを無償譲渡。もともとディスカッション形式の授業が多く、2年前から実験的にZoomを使ったオンライン授業を開始し、ノウハウを構築していたという。キャンパス内には、既に専用のスタジオが確保されていた(写真(4))。足りない機材をそろえ、ノウハウを学内の全教員に共有するだけで、オンライン授業に取りかかれた。
デジタルに強い栗本博行学長が陣頭指揮を執った。商学部長の小野裕二教授は「当時、アマゾンや家電通販のサイトでマイクやカメラが品薄になった。意思決定の速さがものをいった」と胸を張る。
北陸大 「教員のチームワーク」
教員たちのチームワークで乗り切ったのは、北陸大(金沢市)だ。経済経営学部では以前から、ゼミで使用する教材は担当講師数人がチームで作成し、1年生全15クラスが同じものを使っている。今年の教材担当メンバーは若手教員が多く、ビジネスコミュニケーションツール「Microsoft Teams(マイクロソフト・チームズ)」を駆使して、学生がオンラインツールに慣れるための教材と教員用のシナリオを作り上げた。シナリオにはツールの使い方や注意点も記され、15人の教員が同じレベルの授業ができたという。
山野美容芸術短大 「美容自撮りツールで採点」
オンライン授業がもっとも難しいのは、実技・実習系の学部だろう。独自のツールで切り抜けたのは、美容師などを育成する山野美容芸術短大(東京都八王子市)だ。
授業ではまず、解説用スライドで手順を説明。学生たちはスマホをヘッドバンドで頭部に固定して、作業の様子を自撮りしながらヘアカットなどの施術をする(写真(5))。講師は学生から送られてくる動画を見て、施術者目線ではさみの使い方や手の動かし方などの手順を確認していく。
オンラインでは対面と比べ、教員の目が届きにくいため、学生自身がプロセスを評価する仕組みも作ったという。
横浜市立大 「オンラインで企業インターン」
横浜市立大(横浜市)のデータサイエンス学部では、NECやイオン、日産自動車といった企業の協力の下で、問題解決型のインターンシッププログラムを実施する準備を済ませていた。企業に派遣された学生が、そこで直面している課題に対し、データに基づいた客観的な分析と解決のためのアイデアを提示する。データサイエンス学部の醍醐味とも言える実習科目だが、コロナで実施が難しくなった。
そこで、全協力企業にオンラインでのインターンシップを持ちかけ、計画の3分の2にあたる学生が参加した。汪金芳(ワンジンファン)学部長は「コロナ禍でインターンシップを断っている企業でも、データサイエンス学部ならぜひ受け入れたいと言ってくれるケースもあった」と手応えを語る。
(本誌初出 前期オンライン授業 金沢工大、明大、国際教養大など8大学 光る独自ツールとチームワーク 20201013)