国際・政治本当に強い バイオ医薬株

コロナワクチン開発の「1番乗り」はどこなのか……大きく出遅れた日本ではワクチンの安定供給体制の確立が焦点に

ロシアのガマレヤ研究所が開発を進める「スプートニクV」(Bloomberg)
ロシアのガマレヤ研究所が開発を進める「スプートニクV」(Bloomberg)

新型コロナウイルスワクチンの開発レースが最終コーナーに入った。

世界保健機関(WHO)の10月2日時点のまとめによると、世界で約190種類のワクチンが開発されており、このうち治験が行われているのは42種類。

臨床試験の最終段階である第3相試験に入っているのは10種類で、英アストラゼネカ、米ファイザー、独ビオンテック、米モデルナといった欧米勢と、カンシノ・バイオロジカル、シノバック、シノファームの中国勢が先頭集団を形成している(表1)。

これに続くのが、米ジョンソン・エンド・ジョンソンや米ノババックス、独キュアバック、仏サノフィ、英グラクソ・スミスクラインなどの顔ぶれ。

新型コロナワクチンは開発を終える前の段階ながら、先頭集団の製薬メーカーを中心に各国と供給量で合意を結んでいる(表2)。

日本勢はアンジェスが6月から初期の治験を行っているが、第一三共や塩野義製薬などは今年末から来年初めにかけての治験開始を目指している状況で、欧米や中国に後れを取っている。

開発は過去に例を見ないスピードで進んでいるが、その裏には政治的な思惑もうごめく。

ロシアは8月、国立ガマレヤ研究所が開発したワクチンを第3相治験の開始前に承認。旧ソ連が史上初めて打ち上げに成功した人工衛星にちなんで「スプートニクV」と名付け、「世界初」を誇示した。

中国も治験終了を待たずに緊急接種を始めている。安全性・有効性に対する欧米からの懸念をよそに、中露両国は積極的な「ワクチン外交」を展開。途上国へのワクチン供給を通じ、影響力拡大を図っている。

米国でも、トランプ大統領が大統領選前の10月中にもワクチンが使用可能になる、と繰り返し公言。再選への追い風にしようとしているとの批判を浴びている。

競争が過熱する中、新型コロナワクチンを開発する欧米の製薬企業9社は、「被接種者の安全を最優先し、第3相治験で安全性と有効性が示されない限り申請は行わない」とする共同宣言を発表。安全性を最優先する姿勢を打ち出した。

米食品医薬品局(FDA)のハーン長官も「判断の基準は科学で、いかなる圧力にもそれは変えられない」と政治の動きをけん制している。

ファイザーは10月判断

開発は最終段階に入ったが、実用化へのヤマ場はここからだ。

9月6日には、開発レースの先頭を走っていたアストラゼネカが、英国の被験者1人に重篤な有害事象が出たとして治験を一時中断。12日には承認を得て英国での治験を再開したものの、米国ではFDAによる調査が続いており、10月4日時点で治験は中止したままだ。

とはいえ、有害事象を理由に治験を中断して安全性を確認するのは珍しいことではない。数万人規模で行う第3相治験では、重篤な有害事象の発生は避けられず、ほかのワクチン候補でも同様の中断が起こる可能性はある。

ワクチンを開発している製薬企業は、治験の途中段階で中間評価のポイントを設けており、ここで有効性が確認されれば承認や緊急使用許可を申請する構えだ。

ファイザーは中間評価により10月末にもワクチンの有効性を判断できるとの見通しを示している。

アストラゼネカは年内の申請を計画しており、欧州では入手できたデータから順次審査する「ローリングレビュー」が始まった。ジョンソン・エンド・ジョンソンは緊急使用許可を得て21年初頭の供給開始を目指している。

FDAは新型コロナワクチンの承認に関し、プラセボ(偽薬)に比べて発症や重症化を少なくとも半分に減らすことを証明するよう求めている。

「パンデミックを終息させるには低すぎる」との指摘もあるが、季節性インフルエンザワクチンの予防効果は40〜60%と言われており、有効率50%は低いハードルではない。

海外メディアの報道によれば、FDAは承認基準のさらなる厳格化を検討しており、接種後少なくとも2カ月間の観察期間を設けるよう求める見通しだ。

トランプ大統領がこれを拒否する可能性もあるが、仮に厳格化されれば実用化は後ろにずれ込む。

塩野義が治療薬開発

新型コロナ対策の切り札としてワクチンへの期待は高いが、パンデミックの克服には有効な治療薬も欠かせない。

国内では現在のところ、米ギリアド・サイエンシズが開発した点滴の抗ウイルス薬レムデシビルが承認され、富士フイルム富山化学の抗インフルエンザウイルス薬「アビガン」(一般名・ファビピラビル)やステロイド薬デキサメタゾンなども治療に使われている。

アビガンは重症でない肺炎を発症した新型コロナ患者を対象に行った国内治験に成功しており、10月中にも承認申請を行う方針だ。

治療薬の開発はこれまで、既存薬を転用するアプローチが先行してきたが、ここにきて新型コロナに対する新規の薬剤の開発が活発化している。

本命視されているのは、体内に入ったウイルスを攻撃する抗体医薬で、米イーライリリー、米リジェネロン・ファーマシューティカルズ、アストラゼネカ、グラクソ・スミスクラインなどが治験を実施中。一部は第3相に入っている。

ただ、抗体医薬は高い有効性が期待できるが、高額で使用のハードルが高いという「弱点」がある。米メルクやファイザー、塩野義製薬、オンコリスバイオファーマなどは飲み薬の開発を進めており、比較的安価で手軽に服用できる薬として期待されている。

ワクチン開発では、最も早く実用化に成功するのはどこで、いつになるのか、ということに関心が集まるが、たとえ先行組が承認されたとしても後続組の開発における重要性が薄まるわけではない。

これには、ワクチンに対する世界中のニーズを満たすためには、供給元はなるべく多いほうが望ましいという事情がある。

また、安全保障の観点からも可能な限り、輸入に依存するのでなく自国内でワクチンを確保できる体制を確立しておくことも重要になってくる。

日本政府は、ファイザーとアストラゼネカから計2億4000万回分以上の供給を受けることですでに合意した。しかし、今後の感染状況によっては自国での需要が増加し、海外メーカーからの供給が止まってしまう可能性もないわけではない。

大きく出遅れた日本のワクチン開発だが、それでも「国産」の意義は大きい。

(前田雄樹・AnswersNews編集長)

(本誌初出 新型コロナワクチン 「最終コーナー」の開発競争 スピード重視にうごめく思惑=前田雄樹 20201020)

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