業績悪化と規制緩和の大波 淘汰・再編は避けられず=和島英樹
9月に菅義偉首相が就任して以降、規制緩和の動きが加速している。官庁の脱ハンコやオンライン診療の初診からの解禁恒久化、携帯電話料金の値下げなどが一気に進む見通しだ。新政権目玉のデジタル庁が実現すれば、長年の懸案であった省庁の縦割りの壁も崩れる可能性が出てきた。既存の業界では時代の流れについていけず、今後再編・淘汰(とうた)が避けられそうにないところも出始めている。
その筆頭が自動車業界だ。世界が厳しい環境規制を敷く中で、日本メーカーの出遅れが目立つ。欧州連合(EU)では2021年から自動車の燃費規制を強化する。欧州で販売するメーカー平均で走行1キロメートル当たりの二酸化炭素(CO2)排出量を95グラム以下に抑える必要がある。達成できなければ高額な罰金が科せられる。具体的には1グラム上回るごとに95ユーロの罰金を、欧州の総販売台数分払わなければならないという。仮に欧州で100万台を販売していて、全社平均CO2排出量が105グラム(10グラム超過)なら、約1200億円の罰金支払いになる。
規制は今年から導入されているが、アナリストによれば規制元年で電気自動車(EV)を2倍の係数でカウントできたり、最も排出量の多い車種を除外できたりするなどの特例措置が設けられている。21年からはこの規制緩和措置がなくなる。こうした流れを背景に、欧州自動車メーカー、海外企業を問わず対応に乗り出している。30年にはCO2排出量が60グラム/キロメートルにまで引き下げられる。このままいけば、21年にマツダが478億円、本田技研工業(ホンダ)は1455億円、日産自動車・ルノー・三菱自動車連合は1251億円の“罰金”を支払うことになると先のアナリストは試算している。なお、ハイブリッド自動車で先行するトヨタ自動車はほとんど影響がないとみられる。
EVで明暗
こうした中、日本の自動車メーカーがEVを強化する動きが出ている。ホンダは8月27日に、同社としては初の量産型のEV「ホンダe」を国内で10月30日から発売すると発表した。希望小売価格は約450万円からで、1回のフル充電で約300キロメートル走行できる。欧州市場では今夏から引き渡しを始めている。マツダも5月に、初の量産EV「MX─30」の生産を開始したと発表している。同時に欧州で受注を開始し、今秋にはディーラーに到着する予定としている。いずれも欧州に先行投入となり、規制を意識した動きといえる。また、日産は、10年ぶりにEVの新型車「アリア」を21年に投入すると7月に発表している。
しかし米テスラが新型EVを相次いで投入しているのに比べ、日本勢が出遅れているのは否めない。日本ではガソリンとモーターの組み合わせであるハイブリッド車が先行したために、EVへのシフトが決定的に遅れた感がある。テスラの株式の時価総額が一時、日本メーカーの合計を上回ったのは、あながちバブルではなく、株価に先見性があるためなのかもしれない。
欧州各国では新型コロナで打撃を受けた経済を環境重視で回復させる「グリーン・リカバリー」の取り組みが進んでいることもEVを後押ししている。フランスではEV購入時の補助金を最大約90万円に増額、ドイツでも増額している。これを受けて、独フォルクスワーゲン、仏ルノー、独ダイムラーなどが新型のEVを相次いで導入している。テスラも来年の独ベルリン工場の完成を前に「モデル3」の販促を狙っているという。
一足早く経済活動が正常化している中国でも、各社はEVに注力している。中国では20年で廃止予定だったNEV(新エネルギー車=EVのほかハイブリッド車も含む)補助金の支給を22年まで延長している。北京市などでNEVの走行規制やナンバープレートの供給規制も緩和したという。米国もカリフォルニア州が35年までに、州内で販売される全ての新車を排ガスが出ない「ゼロエミッション車」にすることを決めている。
時代の流れは速い。燃料電池車や全固体電池で先行するトヨタの優位性は揺るがないにせよ、資本や技術力に劣る完成車メーカーの再編は避けられそうにない。
自動車部品で進む統合
自動車部品メーカーにも動きが出ている。世界の自動車・部品メーカーは自動運転などの次世代技術「CASE」、普及が進むEVなどへの対応を迫られている。資金に乏しい中堅メーカーは多額の研究開発費を捻出するために規模の拡大に迫られ、再編は系列の壁を超える。
ホンダは今年10月16日に、傘下の自動車部品メーカーであるケーヒン、ショーワ、日信工業のTOBが成立したと発表。日立製作所の完全子会社である日立オートモティブシステムズとホンダ系3社が統合し新会社を設立する運びになっている。この計画は昨年10月に公表されている。日立は同じ財閥系の日産と関係が深かったが、ホンダとの協業にかじを切った格好。新会社への出資比率は日立が66・6%、ホンダが33・4%になる見込み。自動車部品メーカーの売上高としてはデンソー、アイシン精機に次ぐ国内3位に浮上する。また、日産は系列最大手のカルソニックカンセイが19年5月に伊大手のマニエッティ・マレリを買収している。日立・ホンダの部品連合が、日産とホンダの経営統合報道につながっている面もある。
部品で攻めに出ているのは日本電産だ。HDD用の精密小型モーターが発祥で、その後は産業用、車載用など中大型にシフトし、業容を拡大してきた。現在ではEV駆動用モーターシステム「イーアクスル」に注力している。高性能で価格もリーズナブルであり、中国で広州汽車集団傘下のメーカーや、吉利汽車などに採用されている。環境規制の進む欧米向けにも打って出る計画だ。日本電産ではEV駆動用モーターで30年に世界シェア40〜45%を目指している。M&Aが得意な同社は、技術のある日本の自動車部品メーカーの再編を主導することも考えられる。
流通や鉄鋼も
流通の再編もさらに進む可能性が大きい。これまでも百貨店業界は売り上げ減を打開する策を打てず、合従連衡を繰り返してきた。07年に阪急、阪神が統合しエイチ・ツー・オー リテイリングに、08年には三越と伊勢丹も統合。そごう、西武はセブン&アイ・ホールディングス傘下に入っている。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、さらにダメージを受けている。一時盛り返す原動力となったインバウンド客が蒸発し、3密を避けるため国内の顧客も戻り切れていない。また、ネット通販や専門店の台頭で環境が一層厳しくなっている。
こうした中、生き残りのために不動産の比重を高めているのが大丸と松坂屋が統合したJ・フロント リテイリングだ。17年に開業した「GINZA SIX」は定期賃貸契約という手法を取り入れ、売り上げに応じてではなく、安定した賃料を受け取る仕組みだ。丸井グループも集客を同社が行う形で、スペースを貸す不動産型に転換している。ただ、今のところ不動産型での生き残りの道筋が見えたとも言いにくい。
鉄鋼業界では日本を代表する日本製鉄の株価が低迷し、先行きが案じられている。今年4月には株価が800円割れとなったが、これは1970年代にさかのぼる安値水準である。同社の株式は15年に10株を1株に併合されており、実質的には80円を下回っている。100円割れの株価は経営不安を想起させるレベルだ。粗鋼生産量では国内首位で、世界でも3位の位置にある。自動車などに使われる高級鋼板に強みがあるが、韓国や中国との競争激化に加えて、コロナ禍による需要減が追い打ちをかけている。
これまでに鉄鋼業界は日本製鉄とJFEホールディングス、神戸製鋼所の3社に集約されている。鉄鋼の担当アナリストは「業績を改善するためには日本連合で統合することも選択肢ではないか」と指摘する。鉄鋼業界にとって逆風なのは、製造工程でCO2の排出量が多いことも挙げられる。ESG(環境・社会・ガバナンス)投資、SDGs(持続可能な開発目標)などで環境への対応が迫られる中で、投資家の視線も厳しくなりがちだ。
(和島英樹・経済ジャーナリスト)