コロナ大盤振る舞い 株高、経済成長が続く=市川明代
<第1部>
「3万円が見えてきた!」。日経平均株価が一時2万6889円を付けた12月2日、市場関係者の間にどよめきが起きた。(日本経済総予測 2021)
日経平均は11月に入って上昇局面に入り、右肩上がりを続けている(図1)。終値が2万6000円を突破したのは、1991年のバブル期以来29年ぶりだ。11月の株価上昇率はプラス15%で、米ダウ工業株30種平均の10%、中国の上海総合指数の3・6%を大きく上回った。
一方、足元の景気はどうか。SMBC日興証券の集計によると、11月20日までに2020年7~9月期決算を発表した東証1部上場企業の(当期)利益の合計額は前年同期比37・2%減と、前期より改善はしているものの、依然として厳しい状況にある。冬のボーナスは前年比10%減と、リーマン・ショックを超える減少幅だ。
新型コロナウイルス第2波が猛威を振るう中、11月下旬には感染拡大地域における「GoToキャンペーン」が縮小され、年末年始の観光や忘年会・新年会のシーズンを前に、飲食・宿泊業の関係者から「もう限界」という悲痛な叫びが聞こえてくる。
それでも止まらない株価上昇。庶民の目には「実体経済と、あまりにもかけ離れている」と映る。
株高の背景に何があるのか。
マーケットにとっての好材料は、まずは海外発だ。米国のバイデン次期大統領が次の財務長官に、金融緩和に積極的なジャネット・イエレン米連邦準備制度理事会(FRB)の前議長を指名。FRBは既に、インフレ率が2%を超えてもコロナが完全に終息するまでは金融緩和を継続するとする指針を示しており、利上げには慎重なイエレン氏の長官就任で、金融面からの景気サポートはさらに強化されると市場は期待する。米国経済の回復は、世界経済への波及効果が大きく、外需に依存する日本経済の追い風になる。
また、ワクチンに関する前向きなニュースも次々に舞い込む。英国では12月から、米国の製薬大手ファイザーなどが開発したワクチンの接種を開始。英アストラゼネカなどのグループも承認に向けた動きを加速させる。日本政府は21年前半の接種を目指すとしている。「21年は、コロナの心配をせずに生活できるかもしれない」という楽観論が広がる。
要するに、マーケットが見ているのは半年先の景色ということだ。だが、それだけで、日経平均の“バブル再来”の理由になるのだろうか。
象徴的なデータがある。東京証券取引所の「投資部門別株式売買状況(月間)」。海外投資家が10月は3778億円、11月は1兆5113億円と、2カ月連続で買い越している(図2)。一方で、国内の個人投資家は10月に122億円、11月に1兆8503億円の売り越し。29年ぶりの高値で利益確定売りに走ったと見られ、対照的な投資姿勢が浮き彫りになった。
「ワクチンの普及によって、普通の生活が予想していたより早くやってくれば、落ち込んだ景気が一気に回復に向かうと想定される。日本株は、落ち込み幅が大きい分、そこからの反発力も大きい。そこに外国人投資家が反応したのだろう」。クレディ・スイス証券の松本聡一郎プライベート・バンキング本部CIOはこう分析する。
製造業のウエートが高い日本は、世界の景気の上げ下げに大きく左右される「景気敏感エリア」だ。「景気の転換点に、変化率の大きそうな日本株を買わなければ、という動きになった」と言う。
在庫循環が好転
実際に経済指標に景気回復の兆候も見え始めている。野村証券の小高貴久エクイティ・マーケット・ストラテジストが特に注目するのは、鉱工業の出荷と在庫の増減率をグラフ化した「在庫循環」だ。
小高氏によると、20年10月時点で出荷の伸びが在庫の伸びを上回る位置に転じている(図3)。つまり、出荷の伸びによって在庫が減少してしまうのを防ぐため、企業が生産を拡大させる局面だ。これは景気拡大期に入ったことを意味する。
過去を振り返っても、出荷の伸びが在庫の伸びを上回る局面に入った後、日経平均は大きく上昇している。例外は00年4~6月期、りそな銀行が経営破綻の危機に陥り、03年5月の事実上の国有化につながった時期に限られる(図4)。
小高氏は「今の株価上昇は、ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を反映したものだ。それは在庫循環の好転という事実によって裏付けられる」と断言する。
今後、株価はどこまで上昇するのか。クレディの松本氏は、「21年1~3月期を底に世界経済は回復局面入りする」として、21年の日経平均の上値を3万円に上方修正した。
21年は、夏に五輪、秋に自民党総裁任期と衆議院の任期満了を迎える。その前の解散・総選挙もあり得る。
編集部が主要シンクタンク20社を対象に実施した、21年の経済見通しに関するアンケート調査では、各社とも東京五輪・パラリンピックの開催を前提としながらも、「観光客の回復が一定程度期待される」「中止になっても影響は限定的」などと、経済への影響については反応が分かれた。
解散・総選挙については、結果にかかわらず、コロナ禍の金融財政支援策は継続されると見ている。
一方で、「マーケットは長期政権を期待している」と、大和証券の木野内栄治チーフテクニカルアナリストは言う。「菅政権の安定が確約されなければ、徐々に円高リスクが高まる恐れもある。日経平均の3万円超えは、春までに総選挙が行われ、現政権が選挙に勝っていることが前提だ」。
いずれにしても、株価は途中何度か調整局面を迎えつつも、21年は上昇トレンドをたどりそうだ。前述のアンケートで21年の最も高い実質GDP成長率予想はUBS証券の3・6%。内閣府が推計する潜在成長率(経済の実力)が0・7%(20年7~9月期)だから、実現すれば実に5倍以上の高成長となる。
つまり、コロナ大盤振る舞いによって、向こう1年程度は株高、実力以上の経済成長を達成するということだ。
成長セクター見当たらず
焦点は、それが22年以降も続くか。この問いに対しては、多くの市場関係者が首を横に振る。
松本氏は言う。「日本のマーケットにおいてはやはり自動車関連業のプレゼンスが大きいが、世界中の脱炭素の流れの中で、今ひとつ日本企業の方向性が伝わってこない。今後、景気敏感株から成長株へと関心が移っていく局面で、成長セクターが見当たらない点が懸念される」。
(市川明代・編集部)
五輪 中止なら4.5兆円の損失
11月中旬、IOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長が東京を訪れ、東京オリンピック・パラリンピック開催への強い意気込みを示した。ここへ来て、外国人観光客への専用アプリを使った健康管理、選手村の滞在期間の短縮など、五輪の新型コロナウイルス対策が相次いで打ち出されている。マスコミ各社の世論調査では、国民の半数以上が五輪開催に否定的だが、菅義偉首相や小池百合子東京都知事の頭の中には「中止」という選択肢はなさそうだ。では、五輪の開催は、経済にどう影響するのだろうか。
関西大学の宮本勝浩名誉教授は、2017年4月に東京都オリンピック・パラリンピック準備局が発表した「五輪開催による経済効果は13~30年で約32兆円」という数字を基に、開催そのものを断念した場合と、開催規模が縮小された場合の経済損失をそれぞれ試算した。
宮本教授はまず、五輪が中止になった場合の経済損失を、全体の経済効果から支出済みの設備整備費などを除いた約4兆5151億円とする。
21年夏に大会規模を縮小して開催した場合については、新たに必要となる費用を約4225億円、レガシー効果が薄れるなど1年の延期によって失われる経済効果を約2183億円と推計。観戦者数を半数程度とすることによる損失を約7490億円とし、合わせて約1兆3898億円の経済損失になると試算する。
今回の試算は、準備局の「約32兆円」の試算が正しいことを前提としたものだ。宮本教授は「当局の言う経済効果の大半を占めるレガシー効果(20兆円規模)は、過去の大会と比較しても、過剰に思える」とする。また、試算はコロナ禍でスポンサー企業の協賛金がどうなるのか、といった点は考慮に入れていないため、「経済損失はもう少し膨らむ可能性がある」という。
(編集部)