経済・企業日本経済総予測 2021

金融政策 2%物価目標は不要 重要なのは財政の役割=門間一夫

2%物価目標未達でも悲観する必要はない(黒田東彦日銀総裁) (Bloomberg)
2%物価目標未達でも悲観する必要はない(黒田東彦日銀総裁) (Bloomberg)

 2021年の日本銀行の金融政策は「コロナ対応の継続」に尽きる。日銀は20年5月、企業の資金繰りを支援するため、総枠約75兆円の「特別プログラム」を導入し、のちに総枠は約140兆円まで拡大された。このプログラムの期限は21年3月末とされているが、延長される可能性が高い。コロナ禍が続く中で、金融市場の安定を守り企業の資金繰りを支えることで、金融政策は存在感を示し続けるだろう。(日本経済総予測 2021)

 一方、2%物価目標は実現困難である。消費者物価の前年比は、日銀自身の見通しによれば、22年度でも0・7%にとどまる。日本では過去25年間、エネルギー価格や消費税の影響を除けば、インフレは1%に達したことすらほとんどない(図1)。2%インフレは最初から非現実的な目標だった。

金利の「のりしろ」

 それでも日銀が13年に2%物価目標を導入したのは、デフレが日本経済の根源的な問題という世の認識を背景に、安倍晋三政権が金融政策の大転換を掲げたことによる。2%物価目標の下で打ち出された「異次元緩和」は、ストーリーで動く金融市場には効果を及ぼし、円安・株高の流れを後押しした。

 しかし、物価を巡る現実は、そう簡単に変わるものではない。異次元緩和から21年春で8年になるが、2%インフレは遠いままだ。

 一方で、日本経済は18年まで戦後最長並みの景気拡大を続け、失業率も四半世紀ぶりの水準まで低下した。日本で2%インフレは実現困難だし、必要でもない、ということが明確になったのである。安倍前首相も首相退任後、雇用の大幅改善などの実績を挙げ、2%物価目標の本当の目的は「十分達成することができた」と、メディアで述べている。

 ならば、2%物価目標は取り下げてもよいはずだが、やめられない理由が他にある。そもそも安倍前首相が当初2%物価目標を重視したのは、「インフレは2%程度が望ましい」というのが、経済学者の多くや海外中央銀行の常識だったからである。そして、その常識は今も変わっていない。米連邦準備制度理事会(FRB)は、この夏2%物価目標をむしろ強化した。欧州中央銀行(ECB)もその方向で議論を進めている。為替相場などへの影響を考えると、日銀だけが2%物価目標をやめることは難しい。

 アカデミズムや海外中銀が2%物価目標を重視するのは、インフレがその程度の高さを保っていれば、その分だけ金利水準も高めにしておけるからである。そのことは、利下げ余地の確保、すなわち景気後退への備えになる。「財政政策ではなくて金融政策が主役」という1980年代以降の考え方が機能し続けるためには、金利の「のりしろ」が必要なのだ。

 財政政策を重視するケインズ主義は、70年代にはほころびが目立つようになった。高インフレや政府肥大化の原因とされ、タイムリーな発動の難しさも問題だった。結局、小さな政府を掲げる新自由主義のもとで、金融政策の役割が重視されるようになった。

 その金融政策の信認、効果を高めるという観点から、物価目標政策が次第に普及した。ただ、当初インフレ抑制が主目的であった物価目標政策は、その後性格が変わっていく。先進国では低インフレが進み過ぎ、つれて金利水準もほぼゼロになってしまった。財政政策はあまり当てにできないという事情が変わらない限り、金融政策まで利下げ余地を失ってしまうことは大問題なのである。「当面は低金利を続けざるをえないが、それにより2%程度のインフレを取り戻せれば、金利も相応の水準に戻せる」というのが、多くの中央銀行が今の2%物価目標に託す思いなのである。

現実的には財政政策

 コロナショックに対しては、さすがにどの国・地域も財政が迅速に動いた。しかし、もっと「普通」の景気後退に対して、財政が確実に動けるかどうかは不明である。今も続くコロナ不況のさなかですら、米国は党派対立で追加財政支援が遅れているし、欧州連合(EU)の財政政策はメンバー諸国間の構造的な対立でさらに綱渡りだ。

 財政政策のこうした実情を踏まえると、米欧では金利の「のりしろ」回復は、今後も悲願であり続けるだろう。それにはまずインフレの上昇が必要であり、2%物価目標はそのための旗印だ。米欧には、かつて日本のデフレを批判した手前、自分たちが「日本化」するわけにはいかないという意地もある。物価目標を引き下げる、廃止するなどという議論は米欧ではしばらく考えられないのである。

 だから日銀も、非現実的とわかっていても、2%物価目標は継続せざるをえない。その矛盾から生じる副作用を最小化することに、日銀の課題は尽きると言ってよい。「長期金利を下げすぎない」「マイナス金利の深掘りは極力避ける」「上場投資信託(ETF)はなるべく買わない」などである。

 日本の場合、救いなのは米欧と異なり財政政策の機動性が高いことである。日本では25年にわたり金利の「のりしろ」はほとんどなかったが、政府の機動的な景気対策で経済を支え続けてきた。それにより増大した政府債務を懸念する声はあるが、それ以上に民間金融資産が蓄積されている日本では、財政破綻のリスクは極めて小さい(図2)。

 もちろん、長期的な財政の持続性は重要な論点だ。しかし、2%インフレや、それによる金利の「のりしろ」回復が非現実的であることにも、逃げずに向き合う必要がある。コロナ対応だけではなく、その先も半永久的に、金融市場の安定は金融政策、総需要政策は財政政策、という役割分担しか解はないだろう。

「デフレが怖い」と言われる最大の理由も金利の「のりしろ」がなくなり、金融政策で景気後退を止められなくなることにある。逆に言えば、景気後退を財政政策で確実に止められるなら、物価が多少弱くても大きな問題は起きない。財政政策が正しく機能する限り2%物価目標が永遠に実現できなくても悲観する必要はない。

(門間一夫・みずほ総合研究所エグゼクティブエコノミスト)

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