世界最大の水メジャー誕生か、中国に食われるか、フランスで水道ビッグ2が敵対的買収で対立
世界1、2位の民間水道会社はフランスにある。ライバルを飲み込みたい1位ヴェオリア、飲み込まれたくない2位スエズの対立が深まっている。
世界1、2位の水道会社
フランスに本社を置く水ビジネスのライバル企業2社が、買収をめぐって火花を散らしている。
水・廃棄物処理大手のヴェオリア・エンバイロンメント(本社オーベルヴィリエ)は、同業のスエズ・エンバイロンメント(本社パリ)を、株式公開買い付けにより113億ユーロ(約1兆3900億円)で完全買収すると宣言した。これに対し、スエズは「買収は敵対的だ」と猛反発。ヴェオリアがスエズを説得できるか注目されている。
売上高5兆円超の水ビジネスが誕生する
ヴェオリアは10月15日、スエズの完全買収の第一歩として、スエズの大株主であるフランスの多国籍電力企業エンジーからスエズ株式29・9%を34億ユーロ(約4182億円)で取得している。
仮にスエズの完全買収に成功すれば、ヴェオリアは「世界最大の水ビジネス企業」となり、売上規模は450億ユーロ(約5兆5000億円)を超えるとみられている。
世界70カ国に18万人のヴェオリア
ヴェオリアとスエズは、ともに世界有数の水処理の多国籍企業だ。
ヴェオリアは上下水道事業、廃棄物、エネルギー管理の3分野を柱とする。世界70カ国に拠点を持ち、全世界で9800万人に水道サービス、6700万人に下水処理サービスを提供する。2019年のグループ連結売上高は271億ユーロ(約3兆4200億)、従業員は約18万人に上る。
リヨン水道とスエズ運河の合併で誕生した会社
一方、スエズは水道事業、電力事業、ガス事業を行っている。1997年にリヨン水道会社とスエズ運河会社の合併で誕生したスエズ(前身)は、08年にフランスガス公社(GDF)と合併してGDFスエズ(現:エンジ―)となった際、水道事業を切り離し、現在のスエズが担うことになった。
スエズは、水道事業では世界1億4500万人に配水する世界的なリーダーである。世界20カ国以上に拠点を持ち、19年のグループ連結売上高は180億ユーロ(約2兆2700億円)、約8万9000人の従業員を抱える。
なぜ、ヴェオリアは完全買収をしかけたのか。
そこには、規模を拡大することによって水ビジネスで競争を優位に進める狙いがある。
世界の8割の水を握る水メジャーのビッグ3
ヴェオリア、スエズに英国のテムズウォーターを加えた3社は、「水メジャー」と呼ばれ、世界の上下水道民営化市場の7割~8割を握っている。
3大水メジャー間の競争は、英テムズが脱落し、現在はヴェオリアとスエズの2強状態になっているが、同じ国内にいるヴェオリアとスエズは、絶えず競争にさらされている。
気候変動で水争奪戦
ヴェオリアの会長兼CEO(最高経営責任者)アントワーヌ・フレロ氏は声明の中で、「天然資源の枯渇と気候変動の状態を考えると水環境改善の緊急性は、これまで以上に強くなっている。我々の動き(世界的なチャンピオンを目指す)は世論、欧州グリーンディール、さらに多くの国から必要とされている」と述べた。
さらに、「スエズとヴェオリアの非常に堅実な技術を組み合わせることで、世界的な競争激化に直面しても、新事業の開発を大幅に加速し、フランス、欧州、世界の産業が抱える21世紀の環境課題解決に対応できる」と強調した。
100年以上のライバル
これに対し、ヴェオリアとは100年以上もライバルとして戦ってきたスエズは、10月6日のプレスリリースで「ヴェオリアによる買収は敵対的であり、我々は従業員、顧客、すべてのステークホルダー(利害関係者)の権利と利益を守るために、買収や事実上の支配を避けるために最大限の努力を果たす」と宣言した。
スエズのベルトラン・カミュCEOは、「ヴェオリアの提案はスエズの解体であり、フランスにとって悲惨な結果をもたらすだろう。スエズは結婚する必要はない。ヴェオリアとの強制結婚には反対だ」とフランスの日刊紙ル・フィガロ紙に語った。
世界2位の電力ガス会社がスエズ株を売った理由
そもそも、スエズ株の35%を保有していたエンジーは、なぜ、29・9%をヴェオリアに売却したのか。
エンジーは電力・ガス供給で世界第2位の売上高を持つ。世界70カ国に拠点があり、従業員は約15万人、売上高は606億ユーロ(約7兆5000億円、18年)だ。
16年から「脱炭素」「デジタル化」「分権化」を軸に事業改革を行っており、再生可能エネルギー、天然ガス開発、省エネの3領域に事業をシフトさせてきた。二酸化炭素排出量ゼロを実現できるソリューション分野で、世界のトップリーダーを目指している。
エンジーは、スエズの売却益を再生可能エネルギー開発(クリーンガスと洋上風力発電)の投資用とみられている。
スエズは徹底抗戦の構え
ヴェオリアのスエズ買収について、フランス国内では意見が二分分している。
ジャン・カステックス首相は買収反対派で、「いかなる提案も雇用を維持し、水と廃棄物の独占の創出を避けるべきだ」と、買収によって生まれる巨大企業が市場を独占することに慎重な姿勢をにじませた。
一方、ブルーノ・ル・メール財務大臣は買収賛成派で、「両社に落ち着いてスエズの支配に関する解決策を見つけるように要請する」とヴェオリアの行動を容認するような発言をしている。
スエズは敵対買収への対抗策として、フランスの水事業をオランダの財団へ移す対抗策を発表した。
さらに、フランスの民間投資会社アルディアン(1000億ドルの資産を保有する世界有数の民間投資ハウス)の創設者ドミニク・セネキエ氏に直接掛け合い、ヴェオリア提案の1株当たり18ユーロより高い18・5ユーロの価格を約束させた。
だが、アルディアン側は、翌日に約束を破棄し、撤退を表明した。同社は、「敵対的な買収案件には関わらない原則でビジネスを拡大させてきた。従ってこの提案は受け入れられない」と撤退理由を発表した。
アルディアンという「ホワイトナイト」は消え去ったが、パリ司法裁判所は10月9日、スエズ・グループの社会経済委員会(CSE)の要請に基づき、ヴェオリアによる株式買収を停止する命令を出した。
中国企業の台頭を警戒
それでも、ヴェオリアのフレロ会長はスエズの完全買収を諦めない姿勢をみせている。
フレロ氏は、インタビューで、「世界の水道会社が急速に成長し、海外進出に力をいれている中国企業との競争や、資産を買い占めるインフラ・ファンドを心配している。我々はいつの日か、世界的な中国企業が目の前に現れることを危惧している」と述べている。
世界の主要水20社の12社は中国企業
英国オックスフォードに本拠地を置く世界的な水ビジネス専門誌『グローバル・ウォーター・インテリジェンス』の発行責任者クリストファー・ギャソン氏は11月、ヴェオリアのスエズ買収についての分析を語った。
スエズとヴェオリアは、世界における2大民間水供給者であるが、世界主要な水供給企業20社のうち、中国企業は12社を占めている。ヴェオリアのスエズ買収計画は、台頭してくるライバル企業に対抗するための「新しい挑戦」であるとフレロ氏はみている。
具体的に、ヴェオリアはスエズ買収によって、(1)産業用水事業の統合の加速(競合他社の2~3倍のビジネス創出可能)、(2)巨大資本へのアクセスは、競争上の優位となる(信頼性の向上)というメリットを得られるという。
また、ヴェオリアは、買収が完了した場合、市場独占を避けるため、反トラスト法に基づきスエズのフランス国内の水事業について、は同業のメリディアムに売却する計画であるという。
フレロ氏は、買収に成功したヴェオリアは、現在の総合環境企業から、再び『水ビジネス』中心の企業となると予想する。これまでヴェオリアは固形廃棄物やエネルギーへの投資を増やし、水への依存度を減らしてきたが、スエズとの合併により水事業は50%以上増加する可能性があるという。
値上げを恐れるフランス国民
しかし、フランス国民の見方は異なる。
国内の市長たちの大半が、ヴェオリアとスエズの合併に対し懸念を表明している。
その背景にあるのは、フランス国民の8割が、ヴェオリアやスエズの民間水道会社から供給される水道水を飲んでいる事実である。
民間水道の約40%がヴェオリアで、約30%がスエズ、残りは10社以上の独立系企業である。
もし、1社独占になると競争がなくなるため、水道料金の値上げとサービスの低下が起きる可能性が高い。これは過去に世界中で民営化された水道で多発した事実である。
今のヴェオリアとスエズも例外でない。
両社は02年、仏国内の自治体の水道料金を不当に操作したとして公正取引委員会から是正勧告を受けている。
争いは司法の場へ
エンジーの主要株主であるフランス政府も、今回の買収問題については、「ヴェオリアとスエズの間に友好的な合意がない」として、エンジーがヴェオリアにスエズ株を売却することに反対している。
そうした中、ヴェオリアとスエズの係争は司法の場に移っている。
報道によれば、スエズ側の弁護士は、ヴェオリアが、エンジーからのスエズ株取得の意向を発表する1カ前から密かにエンジーと調整したのではないか、そうであればいくつかの法的手続きの違反につながる可能性がある、と主張してその証拠集めを裁判所に求めた。
スエズ側の訴えを受けたパリ司法裁判所は11月26日、ヴェオリア、エンジー、そして、メリディアム(買収完了後にフランス国内事業を担う計画)の3社への立ち入り調査を開始。オフィスコンピューターとデータサーバーに残された通信記録を押収した。今後、法に反する事実が見つかればナンテール商業裁判所に引き渡す予定である。
今回のヴェオリアのスエズ買収提案は、訴訟がヴェオリアの優位な結果に終わったとしても、多くのステークホルダーへの説得、法的な規制クリアランスの排除などが待ち受ける。
完全合併までには少なくとも2~3年はかかるとも予想されている。
世界水ビジネスの環境は、大きな転換期を迎えている。
(吉村和就・グローバルウォータ・ジャパン代表)