バイデン政権は米中貿易戦争を継続しない?コロナをきっかけに中国が米国を逆転すると考えられる理由
米国はバイデン新政権になっても対中強硬路線は変わらないだろう、との観測が日本では特に強い。
しかし、筆者はトランプ政権の無軌道な対中政策は政権交代によって、いずれ大きな修正を余儀なくされるだろうと考える。
対中関税は縮小へ
トランプ政権は2018年7月、中国による知的財産権侵害を理由として、米通商法301条を発動して中国からの輸入に関税を上乗せし、その後課税範囲を広げ続けて19年9月には中国からの輸入の3分の2以上に当たる3700億ドル(約39兆円)分までになった。
中国は、米政府のこの行為は世界貿易機関(WTO)のルール違反として提訴。
WTOの紛争処理小委員会が20年9月、中国の主張を認める裁定を出した。
トランプ政権はWTOの上級委員の任命を拒否するなど、WTOに敵対的だったが、国際機関を重視するバイデン新政権はこの裁定を無視するようなことはせず、上訴するなり受け入れるなりするはずである。
もし、同法301条に基づく広範な課税が撤回ないし縮小されることになれば、米中貿易戦争の戦線も大幅に縮小することになる。
トランプ政権にとっては、中国からの輸入をブロックし、米国に雇用を取り戻すというのが目玉政策であった。
しかし、中国からの輸入を減らしたからといって米国に雇用が戻ってくるはずもなく、バイデン新政権はそのような不合理な政策は継承しないだろう。
関税上乗せが実施される前の18年1~6月と、輸入2500億ドル(約26兆円)分に関税上乗せが実施された後の19年1~6月の米中貿易を比べてみると、確かに中国からの輸入が300億ドル余り減り、中国に対する貿易赤字も200億ドル近く減った(図1)。
しかし、米国の世界に対する貿易赤字はむしろ100億ドル以上増えている。
要するに、中国からの輸入が他の国からの輸入に振り替えられただけであり、これでは米国に雇用を戻す効果はない。
トランプ政権が中国に対して繰り出したもう一つの攻撃は通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)を安全保障上の脅威だとして禁輸措置を取ったことである。
米国の半導体メーカーなどがファーウェイに部品を供給することを規制したばかりでなく、さらに他国の企業であっても米国の技術やソフトウエアを使っている限りは規制するという他国の主権を踏みにじるような強硬策を取った。
ファーウェイは第5世代移動通信規格(5G)に関わる標準必須特許の16%を持つなど、いまや世界の通信やエレクトロニクスをリードする存在なので、米国が脅威に感じるのは理解できないことではない。
しかし、ファーウェイに対する攻撃が米国にとってどのような戦略的な意味があるのか不明である。
これによってファーウェイの5Gスマートフォンや基地局の世界シェアを下げることに成功したとしても、それによって得をするのは中国の中興通訊(ZTE)や小米科技(シャオミ)、韓国のサムスンやLG、欧州のノキアやエリクソンなど米国以外の企業である可能性が高い。
また、米国が禁輸という手まで繰り出してきたことは他の中国企業の警戒心も高め、部品サプライヤー(供給業者)を米国以外の企業に切り替える動きが加速するだろうから、米国の半導体メーカーなどにとって痛手となる。
結局、ファーウェイへの攻撃は、中国をたたく効果がはっきりしない一方で自国産業を確実に傷つけるので、米政府に理性が戻れば早晩見直されるはずである。
香港、ウイグルが焦点
トランプ政権がファーウェイたたきや新型コロナウイルス流行の責任転嫁に熱中している間に、中国は国内に力を蓄える戦略を進めてきた。
コロナ禍で打撃を受けた国内経済を回復するためのキーワードとして「新型インフラ建設」が打ち出され、既に70万基の5G基地局が設置され、全都市の中心部をカバーするに至った。
中国共産党が10月末にまとめた21~25年の「第14次5カ年計画」と35年までの長期目標の基本方針も、国力強化に主眼を置いている。
「中国製造2025」に言及していないのは米国への配慮があるのかもしれないが、国家主導でハイテク産業を発展させようという精神は受け継いでいる。
すなわち、「科学技術強国行動綱要」を作成し、人工知能(AI)、量子計算、集積回路(IC)といった分野を国家プロジェクトによって強化していくことが提起されている。
この提案の中で、35年に1人当たり国内総生産(GDP)を中等先進国レベルに引き上げるとしている。
筆者が中国の今後の労働力や資本のすう勢、技術進歩を勘案して予測したところでは、20年1万ドル(約105万円)だった中国の1人当たりGDPは35年に2万ドルくらいに伸びるだろう。
これは、現在のギリシャと同水準であるが、これに14億人の人口を乗じると、米国の経済規模を上回り、日本の5倍ぐらいになるだろう。
しかも、中国がコロナ禍をいち早く抑えたのに対し、米国の対応があまりに拙劣であったため、米中の経済逆転が数年早まりそうだ。
世界銀行のデータによると、19年に中国のGDPは米国の67%だったが、経済協力開発機構(OECD)の予測や先述の筆者予測を基に試算すると、30年に米中のGDPは逆転する見通しだ(図2)。
こうした状況が米国の焦燥感を高めないはずがない。
バイデン新政権は無益な貿易戦争は控えるだろうが、他の問題点を通じて中国に対して圧力をかけ続けるだろう。
新たな焦点となりそうなのが人権問題である。
トランプ政権は中国が香港の民主化要求を抑圧しているとして20年8月に中国と香港の政府高官の在米資産を凍結する制裁を行ったが、こうした人権問題を理由とする制裁はバイデン新政権の下でいっそう強化されていくと予想される。
中国は香港の民主主義の問題、ウイグル族など国内の少数民族に対する抑圧などさまざまな人権問題を抱えており、バイデン新政権はこれに対してトランプ政権より敏感であろう。
一方、中国は国内の人権問題に対する外国の干渉を忌み嫌うし、特に香港やウイグルのことに外国が口を出すことに対しては猛烈に反発する。
バイデン新政権の下で米国が中国に人権問題を巡って経済制裁を行えば、中国がそれに反発して報復措置をとり、両者の関係が緊張する場面が見られそうである。
(丸川知雄・東京大学社会科学研究所教授)
(本誌初出 米中対立 コロナで早まる“米中逆転” バイデン氏は「人権」で強硬に=丸川知雄 20210105)