本格的な経済危機の到来?中国で「非正規雇用が苦しんでいる」の衝撃
2020年11月、北京市東城区のオフィスビル前に数百人もの人だかりができていた。
時折、「金を支払え」「家を返せ」など大声を張り上げている。
彼らは、賃貸住宅企業フェニックス・ツリー・ホールディングスのブランド「蛋殻公寓(ダンケ・アパートメント)」の被害者だ。
集まった人々は若者と中高年とにきれいに分かれている。若者は賃貸住宅を借りていた入居者、中高年は部屋のオーナーだという。
フェニックス・ツリーHDは、長租公寓(サブリース賃貸マンション)と呼ばれる業界のトップ企業で、20年1月に米ニューヨーク証券取引所に上場。
40万室以上を管理し、累計利用者数は100万人超。
しかし会社からオーナーへの支払いが滞り、入居者が追い出されるケースが急増している。
長租公寓は5年前に登場した。
マンションオーナーから家賃保証をつけて部屋を借り、単身者用のワンルームマンションに改装し、貸し出すという事業形態だ。
日本でいえばレオパレスなどサブリース賃貸住宅企業に近い。
多くの新興企業が参入したのは、中国の社会課題にフォーカスしたためだ。
中国で賃貸住宅を借りる際には家賃6カ月分などまとまった額を先払いするのが一般的だ。
単身者用のワンルームマンションがほとんどなく広い間取りの部屋が中心で、若者や出稼ぎ農民は気軽に捻出できない。
その点、長租公寓はワンルームに改装しているため低価格で、支払いも1カ月ごと。
部屋探しや契約はスマートフォンからでき、若者を中心に利用者を集めた。
しかし、長租公寓には二つの問題が指摘されてきた。
一つは利用者が意図せずして銀行ローンを組まされているという問題だ。
居住者は半年なり1年の契約で部屋を借りると同時に、月々の支払いのための銀行ローンを組まされる。
長租公寓企業から見ると、契約時点で銀行から契約期間分の家賃がまるまる振り込まれている。
もう一つの問題は財務だ。
オーナーへの家賃保証という長期の債務に加え、マンションの改装費が必要になるなど、長租公寓はヘビーアセットのビジネスだ。
銀行ローンを使った家賃の先払い金を原資として経営するが、居住者数の伸びが止まれば資金がすぐに途絶えることも危惧されてきた。
政府も危険性は認識していた。
しかし、イノベーティブなビジネスは、成長を促しながら徐々に規制をかけるのが中国流だ。
昨年から一部地方では居住者から集めた資金の一部をリスク対策の保証金として銀行に管理させる制度が導入されるなど、正常化に向けた取り組みが始まっていた。
その前に債務危機が爆発してしまった。
新型コロナウイルスの流行が最後の引き金になったことは否めない。
外出自粛や旅行制限、さらには外需低迷によって非正規労働者の雇用や賃金が低迷し、右肩上がりだった長租公寓の利用者数にストップをかけたと考えられている。
中国のベンチャー企業調査会社ITオレンジによると、20年に債務危機、事業停止に陥った長租公寓は11社を数える。
ユーチューブで稼げ?
「維穏圧倒一切」(社会秩序維持がすべてに優先する)とは鄧小平の遺訓だが、習近平時代の中国においてもその教えは変わらない。
そして社会秩序維持のために最も配慮すべきは雇用の確保だ。
国内総生産(GDP)は7~9月期で前年同期比4・9%増と2四半期連続でのプラス成長を記録した。
失業率は厳格な外出自粛が行われた2月には6・2%にまで悪化したが、10月には5・3%まで回復している(図1)。
輸出は1~10月累計で前年同期比2・4%のプラス。
社会消費品小売総額(小売売上高)は月単位で見ると8月からは前年比を上回る成長が続いている。
しかし、全体では改善しても、コロナの打撃は社会全体に等しく降りかかるのではなく、一部の業種に集中している。
例えば、輸出を品目別に見るとバッグ類がマイナス25%、靴類がマイナス24・8%、自動車部品がマイナス9%と、多くの非正規労働者を抱える分野で大きく落ち込んでいる。
社会消費品小売総額でも非正規が多い外食産業はマイナス21%、衣料品がマイナス9・7%と落ち込みが目立つ(図2)。
若い非正規の労働者──長租公寓の主要利用者である層が働く産業では、回復が遅れているのだ。
出稼ぎ農民を含めた非正規労働者は普段から頻繁に転職し、仕事がなくなれば地元に戻ることも多いため、彼らの現状を把握することは難しいが、マクロの経済統計から見える中国とは異なる、厳しい状況にあると予測される。
華中農業大学経済管理学院の青平教授が8月に『農民日報』に寄稿した記事によると、6月時点で出稼ぎ農民の職場復帰率は90%に達している一方で、賃金はコロナ前の7割から8割程度に落ち込んでいるという。
中国政府も対策に乗り出している。
20年8月には「出稼ぎ農民の就業創業活動に関する意見」を公布し、輸出産業、外食ホテル産業、小売り産業への政策的支援や、日本でも増えているシェアビジネス「ウーバーイーツ」型の出前代行など「ギグエコノミー(ネット経由で請け負う単発の仕事)」の促進による雇用確保に取り組むべきだと指摘している。
面白いのはライブコマース(動画配信とネットショッピングを融合させた新興サービス)の配信者も雇用増の実例にあげられている点だ。
「ユーチューバーとして稼げ」との政策はデジタル大国・中国ならではといったところか。
問題はこの傾向が21年以降にも継続するという点にある。
世界経済がコロナ以前の水準に復帰するのは21年末以降との予測が主流である。
非正規労働者の吸収源となっていた輸出産業の回復は短期的には困難だろう。
内需で雇用保てるのか
中国政府は今、新たに「双循環」(二つの循環)という経済戦略を打ち出している。
外需主導から内需主導へという切り替えだ。
いかに経済成長を維持するかという国家経済としての戦略もあるが、それ以上に重要なのは社会秩序と雇用の維持への目配りだろう。
問題は果たして内需だけで雇用を確保しきれるのかという点にあろう。
政府はコロナ対策として新インフラを打ち出している。
道路や鉄道、空港といった旧来型のインフラでは過剰投資になりかねないため、データセンターや第5世代移動通信規格(5G)通信基地局、電気自動車用充電ステーションなどニューエコノミーのためのインフラ建設に投資する方針だ。
しかし、大量の労働者を必要とする旧インフラ建設と違って、新インフラにどれだけの雇用確保の効果があるのかは未知数だ。
21年は数字で把握しきれない草の根の雇用をめぐって難しいかじ取りが迫られることになるだろう。
(高口康太・ジャーナリスト)
(本誌初出 中国2 外需で潤う時代が終わる 食えない非正規の若者急増=高口康太 20210105)