EVで日本を圧倒、韓国の現代自動車は水素から空飛ぶクルマまで全方位展開で世界に挑戦
韓国の「現代自動車」をご存じだろうか。2001年から10年まで「ヒュンダイ」の名で日本でも販売していたことを、覚えている人もいるかもしれない。日本ではなじみのない現代自動車だが、地元である韓国では国内シェアの48.1%(2020年1~6月ベース)を占める最大手の完成車メーカーだ。傘下の起亜自動車を含めると、シェアは82.9%にも達する。
世界5位、720万台を販売した現代自
現代自は、欧米でも一定の評価を得ている。
米国や欧州連合(EU)などとの自由貿易協定(FTA)を活用して輸出にも力を入れており、起亜自と合わせたグループ全体の19年の世界販売台数は719万3357台で、独フォルクスワーゲン、トヨタ自動車、仏ルノー・日産・三菱自動車連合、米ゼネラル・モーターズに次ぐ5位につける。
2025年までにEVに1兆円、12車種を投入
そのような現代自が、現在最も力を入れている分野が「環境対応車」だ。
今年12月10日に発表した中長期投資計画では、25年まで電気自動車(EV)事業に10兆8000億ウォン(約1兆円)を投じて12種類のEVを市場に投入する計画を明らかにした。世界の主要完成車メーカーでこれほど大々的なEVラインアップの拡充を打ち出した日本メーカーを含めて他にいない。
EV専用プラットフォームを開発
16年に同社初の環境対応車専用ブランドとして誕生した「IONIQ(アイオニック)」をEV専用ブランドとして再発売し、来年夏にスポーツタイプ多目的車(SUV)タイプの「IONIQ5」を発売する。
その後、22年にSUV「IONIQ6」、24年にはSUV「IONIQ7」を相次いでお披露目する計画だ。
さらに、高級ブランド「ジェネシス」からも来年にSUVタイプのEV「eGV80」を発売する。これらのモデルには、同社初のEV専用プラットフォーム「E―GMP」が適用される。
EVで世界4位に
世界でのEVの販売台数はここ数年、急激に伸びているものの、ガソリン車に比べればまだまだ一握りに過ぎない。
しかし、現代自がここまでEVに注力するには、れっきとした理由がある。
世界では環境保護の観点から二酸化炭素を排出しない「ZEV(ゼロ・エミッション・ヴィークル=排出ゼロ自動車)」の重要性が高まり、欧州の一部の国では近い将来、ガソリン車の販売が禁止される可能性さえある。
韓国では圧倒的なシェアを持つ現代自だが、内需だけでは成長に限界があるため輸出を通じた世界市場で成長機会を模索してきた。そこで目を付けたのが、「環境対応車」ということだ。
すでに実績は出ている。市場調査会社のEVセールスによると、韓国・現代自動車グループの20年1~9月のEV累計販売台数は12万3519台で、世界4位に入った(1位はテスラ、2位は独VW、3位はルノー・日産・三菱自動車連合)
現在の主力EVモデルである「コナ・エレクトリック」の売り上げが、欧米だけでなく中国やインドネシア、インドで伸びている。
世界をけん引するバッテリー大手がそろう韓国
EVの性能を左右するバッテリーで、韓国にはLG化学とSKイノベーション、サムスンSDIという世界市場をけん引するメーカーが揃っていることも、現代自の追い風となっている。高品質のバッテリーを安定的に調達できる地盤が整っているためだ。
全固体電池も開発
今年10月にグループのトップに就任した鄭義宣(チョン・ウィソン)氏は、今年5月に3社を相次ぎ訪問し、それぞれのトップとEV事業での協業について意見を交わした。
その中には、次世代バッテリーと言われる「全固体電池」の開発における協力も含まれている。
鄭氏は「人々の平和な暮らしと健康的な環境を実現にするには、高い性能と価値を備えたEVで安全に移動できる環境を整える必要がある」と、EVの重要性について強調している。
FCVでは「トヨタ越え」世界最大手に
現代自の環境対応車事業としては燃料電池車(FCV)への取り組みも目立つ。
現代自は13年、世界で初となるFCVの量産モデル「ツーソンixフューエル・セル」を発売した。しかし、1台1億5000万ウォン(約1400万円)という超高額の値段がネックとなり、販売は当初の目標を大幅に下回り、政府や自治体などへ数百台が販売されるにとどまった。
さらに、トヨタ自動車がその翌年、約半分の値段で「ミライ」(初代ミライは723万円)を市場に投入したことで、形勢は逆転。世界初のタイトルを手に入れながらも市場の主導権をトヨタに奪われた現代自は、「トヨタ越え」を目標に新モデルの開発に取り組み、18年に新型の「ネッソ」でミライに挑戦状を叩きつけた。
韓国のEV・バッテリー市場調査会社であるSNEリサーチの調べでは、今年1~9月の「ネッソ」の世界販売台数は4917台で、シェアは73.8%。トヨタのミライやホンダのクラリティのモデルが古くなったこともあるが、現時点ではFCV市場では現代自が最大手と言える。
一方、トヨタもこのほど、新型ミライを公開。来年以降、現代自とトヨタのデッドヒートが繰り広げられそうだ。
13年ぶりに日本市場にも再進出
現代自は環境対応車を前面に押し出し、22年に日本市場への再進出を目指している。実現すれば、知名度の低迷、販売不振により10年に撤退して以来、12年ぶりの挑戦となる。
韓国メディアの報道によると、日本に投入するモデルの多くはEVやFCVなどの環境対応車という。「カーボンニュートラル(炭素中立)」を掲げる日本政府がEV普及政策を展開していることや、充電スタンドなどのインフラが整っていることが再進出検討の理由と見られている。
すでに今年6月に日本でツイッターの公式アカウントを開設するなど、再進出に向けた兆しはみられる。
とはいえ、日本にある有数の自動車メーカーを相手に、知名度の低い現代自がどこまで対抗できるかは不透明だ。
現代自もその点は十分に承知のはず。再進出までに自社の環境対応車の魅力を日本の消費者にいかに伝えるかが、成否の分かれ目になりそうだ。
電動キックスケーターも独自開発
現代自は、次世代の移動手段への研究開発(R&D)にも熱心に取り組む。
世界で普及が進む電動キックスケーターを独自開発し、来年発売予定の「IONIQ5」とセットで売り出す計画という。「ラストワンマイル」を担うパーソナルモビリティーとして世界で注目を集める電動キックスケーターで、「MaaS(サービスとしてのモビリティー)」需要を取り込む狙いがある。
空飛ぶクルマにも進出
また、都市部における次世代モビリティーとして実用化に向けた試みが本格化している「UAM(アーバン・エア・モビリティー)」、つまり「空飛ぶ車」にも進出する。今年1月のCES2020で、UAMの28年までの実用化に向けて米ウーバーと手を組んだ。6月には米デラウェア州にUAMのR&Dを担う新会社「ジェネシス・エア・モビリティー」を設立している。 自動運転車やコネクテッドカー(つながる車)といった次世代車も幅広く手掛ける現代自は、単なる完成車メーカーから「総合モビリティー企業」への飛躍に向け、アクセル全開だ。
(NNAソウル・清水岳志記者)