新規会員は2カ月無料!「年末とくとくキャンペーン」実施中です!

経済・企業 コロナ

コロナで「ハイブリッド共産主義」が到来するとトーマス・セドラチェクが語る理由

東欧出身の経済学者が、来たるべき「デジタル社会」を語る。それは資本主義と共産主義がない交ぜになった世界だという。

(聞き手=福田直子・ジャーナリスト)

13歳になる私の息子が、パンデミック(感染大流行)になって「コンピューターウイルスのほうが新型コロナウイルスより困る」と言っていたことを聞いて、考えてみました。

もちろん、コロナは困ったものですが、インターネットがもし崩壊していたら、情報不足でより多くの人が亡くなるだけでなく、経済が崩壊していたかもしれません。

何か大きな危機がやってきたとき、これまで私たちは準備が万端に整っていたことはありませんでした。

2008年のリーマン・ショック、その後のギリシャ債務危機、難民危機……どの危機も私たちに突然、襲いかかってきました。

ところが、このコロナ危機では20年4月、わずか1週間の間に世界中がインターネットにシフトしました。

学校やオフィスなど一気にネットへ「移民」できたのは、インターネットがすでにあったからです。人類史上、これほど準備が整ったところで、危機が来たということはなかったと思います。

そして、誰も拍手こそしませんでしたが、インターネットはクラッシュしなかった。パンデミックが20年前に起きていたらお手上げだったでしょう。

格差是正

パンデミックは、貧富の格差をさらに広げるという人がいます。確かにパンデミック以前は、下がり気味であった貧困率が急に1・5%上昇しました。

しかし、楽観的な見方からすれば、この「新しいデジタル国」に住むことで、貧富の格差はむしろ是正されています。

インターネットには、「ビジネスクラス」や「ファーストクラス」というものはありません。貧しい人にも富裕層にも同等なサービスです。

私の息子はまだ子供なので、あまりお金をもっていませんが、彼が使うインターネットはビル・ゲイツが使っているものと同じです。ビル・ゲイツの携帯電話は私たちが持っているものより格別に上等なものではなく、機能面でもほぼ同じものでしょう。

哲学的観点からみれば、「インターネット国」は難民、若者、高齢者、貧しい人々だけでなく、金持ちもみんな歓迎するのです。

かつてカール・マルクスは『資本論』で、資本の軸の一つとして「資本へのアクセス不平等」という点をあげていました。

しかし、インターネット時代の到来がもたらしたデジタル化で、歴史上初めて「資本へのアクセス」、インターネットへのアクセスが貧しい人にもリッチな人にもほぼ同等になりました。

つまり、私たちが住んでいる新しい「デジタル国」はある意味で「共産主義」といえるでしょう。「デジタル国」ではみな同等です。

労働を考え直す好機

さまざまな面でパンデミックは、私たちがこれまでとらわれてきた考えから離れて「箱の外」で考えることを余儀なくしています。

「既成の概念を抜け出してアイデアを広げる」、本格的にその機会がやってきたのです。

コロナ禍のために、ホーム・オフィスで働く人たちも増えました。

エコノミストの観点からみれば、日中、誰もいなかった自宅は毎日30%しか使われておらず、きわめて効率が悪かった。それがパンデミックのお陰で、オフィスの必要性さえ見直されています。

テレワークが急速に普及(人のまばらな都内の富士通のオフィス)
テレワークが急速に普及(人のまばらな都内の富士通のオフィス)

経営者たちは労働者たちが毎日、出勤しなくてもワクワクするような仕事をさせて、やる気を出させることです。

より大きな責任を個人に与え、クリエーティブな人たちの潜在能力を解き放ち、人々がやりたいと思うことをさせたほうがうまくいく。それこそ、最大の「富」となるでしょう。

一方、パンデミックが長期化することで、外食産業や劇場関係者、音楽家など収入源を失った人々は救済されなければなりません。日本も含め、私たちの社会はこれだけ裕福になったのですから、お互いに助け合って負担はみんなで請け負うべきです。

これが中世の頃であれば、王様や女王が働けなくなった人たちにたくさんお金をあげて救済したでしょうか。

働けなくなった人々を救済することは、議論の余地もなく自明の理です。

ある意味で、これは「未来への前哨戦」のようなものです。

今後は、人間の労働の多くがコンピューターによって代替され「無用となった階層」が増えるはずです。このため、多くの人たちが政府から施されるなんらかの収入で生活することを余儀なくされるでしょう。

働くか、勉強するか

将来、その最低限の収入を創出するのは、人間の労働を代替することになるロボットです。

「ロボット」という言葉はチェコ語からきていますが、これは「労働」という意味です。私たちの代わりにロボットが働いてくれるようになれば、私たちは、たとえば大学で勉強を続けることができるようになります。

私の理想は、失業者が存在しなくなることです。

20年もたてば、自動運転タクシーの出現でタクシー運転者たちは失業するでしょう。しかし、失業して毎日何もしないのではなく、大学に戻って好きな勉強をする。

大学は若者のためだけでなく、失業者はみんな学生になり、大学を生涯教育の場とする。国内総生産(GDP)の10〜20%を大学教育の資金に回します。

労働をするか、勉強をするか、このどちらかにすることで、何もしないのは許されません。

将来、資本主義は共産主義とのハイブリッド(混成)型になるでしょう。

いわば「保険の共産資本主義」です。

「保険」とは、すなわち共産主義のようなものです。例えば、私が自分の車に保険をかけます。私は以降、自分の車に対して全責任を負わなくてもよくなり、もし事故を起こした場合は、保険会社がカバーしてくれます。

将来は、いろいろなものに保険がかけられるようになるとします。

例えば、ビジネスにも保険をかけるのです。ビジネスが成功すれば利益を得られるし、もし失敗したら、保険をかけてあるので損失をカバーしてもらえます。

これはある意味で「サブ(半)資本主義」ともいえますが、同時に「自分で選べる共産主義」あるいは「資本主義的共産主義」です。

日本の財政赤字は問題

私と私の家族は、日本文化の大ファンです。ただ、日本の巨額な財政赤字はやや気になります。

成熟して富める国の財政赤字が多いことは、決して珍しくありません。日本経済は堅強なので大丈夫だと思いますが、大問題がいつ発生するかは誰にもわかりません。

ギリシャも長い間、何もなかったのに、突然、何かが崩れるように経済が崩壊しそうになりました。今はコロナ禍なので仕方がありませんが、財政赤字は短期的には大丈夫でも、長期的には小さいほうがいいでしょう。

次の危機がやってきたとき、財政赤字が小さいほうが対応策を練りやすい。危機がいつやってくるか、どういうふうに来るかはわかりませんが、次の危機は必ずやってきます。

資本主義は常に変化

もっとも、私たちはリーマン・ショックから学んだものはありません。借金も2倍の水準になりました。以前よりもひどい借金漬けとなっています。

欧州中央銀行(ECB)も米連邦準備制度理事会(FRB)もゼロ金利を10年も続け、人工的な環境を作り出しています。

ゼロ金利は短期間であればいいのですが、長期的に続けるものではありません。

これは、薬か麻薬みたいなものです。病気の時、薬は効きますが、病気でもないのに薬を飲んでいれば、依存症になってしまいます。

経済も同じです。そういう意味で、経済が健康になることはありません。

いまや、ゼロ金利で育った銀行員たちの新世代が闊歩(かっぽ)していますが、金利が少しでも上昇したら、ゼロ金利のときに良好に見えた投資(例えば2%のリターンが得られる金融商品)が、全く別のものになるでしょう。

そのとき、何が起こるのか、エコノミストたちにもわかりません。

これは、私たちがいかに金融政策を理解していないかということでもあります。ゼロ金利がこれほど長期間、続いていることで、インフレが起こっても不思議はないはずですが、21年の経済予測でもインフレの可能性はあまりないということです。

私が経済学を勉強していたころは、ゼロ金利やマイナス金利について考えたことさえありませんでした。

貨幣制度は、まるで世界中で宗派を超え、共通する宗教のようなものになりました。貨幣制度は魔法の物語のようなもので、信じていればこそ機能するようなものです。

資本主義は、常に変化しています。1990年代の資本主義は、現在の資本主義とは全然違うものです。

90年代は、私たちが作り出している環境破壊について一般的にほとんど知られていませんでしたが、今ではかなりのことがわかってきました。

経済も環境政策をようやく考慮するようになってきました。

経済学はモラルの哲学

もっとも、経済学は厳密にいって「モラルの哲学」です。アダム・スミスの『国富論』は、「モラルのガイドブック」であったのではないかと思います。

ケインズも、1930年に書いたエッセーで、「今から約100年後に私たちは、みんな金持ちになるのでモラルが変化するでしょう」と記していました。

ケインズは、「人間がリッチになれば、競いあう必要がなくなり、ひじ鉄を食らうこともなくなり、汗水たらして労働する必要がなくなる分、温かい寝床と十分な食事を得て、人は根本的なところで変わる」と。

経済も社会も政治も、あらゆることがサイクルで起こっているとして、私は楽観主義者なので、今は非常に良い時代だと思っています。

(本誌初出 インタビュー トーマス・セドラチェク コロナ禍は「未来への前哨戦」 平等なデジタル社会が来る 20210126)


 ■人物略歴

トーマス・セドラチェク Tomas Sedlacek

 1977年生まれ。チェコの経済学者。国営最大の商業銀行CSOBチーフストラテジスト。著書に『善と悪の経済学』など。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

12月3日号

経済学の現在地16 米国分断解消のカギとなる共感 主流派経済学の課題に重なる■安藤大介18 インタビュー 野中 郁次郎 一橋大学名誉教授 「全身全霊で相手に共感し可能となる暗黙知の共有」20 共同体メカニズム 危機の時代にこそ増す必要性 信頼・利他・互恵・徳で活性化 ■大垣 昌夫23 Q&A [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事