経済・企業

出遅れる日本勢を尻目に韓国・現代自動車が「アップル製EVを製造」と報じられる背景

apple carの発売も近い? 2020年3月14日撮影
apple carの発売も近い? 2020年3月14日撮影

2021年1月8日、韓国の現代自動車(Hyundai Motor)の株価が一時20%近く上昇した。

現代が、いま噂になっている「アップル社のEV」の製造委託に関する話し合いを行っている、と発表したからだ。

この発表は後にトーンダウンし、その後の進捗状況も不明だが、2つの点で自動車業界に大きな衝撃をもたらした。

1つ目は、アップルがEV市場に参入するという「噂」がどうも本当のようだ、という観測につながったこと。

2つ目は、韓国最大の自動車メーカーがアップルの「下請け」になる可能性があり、しかも、そのことを株式市場が歓迎したということだ。

生産しない「メーカー」が主流に!

アップルがEV市場に参入するという噂は10年も前からいわれているが、もし実現したら世界の自動車産業にさらなる激震をもたらすことになる。

というより、我々の知る「自動車産業」そのものが消えてしまうかも知れない。そのくらい、新しい破壊的なビジネスモデルをアップルは作ってくるだろう。

ただし、アップルがEVを自社ブランドで売り出すかどうかは不透明だ。

アップルのEV開発プロジェクトである「プロジェクト・タイタン(Titan)」は2014年から始まり、一時業界がどよめいた。

だが、その後大規模なリストラを行ったこともあり、EV本体はあきらめ自動運転技術に特化したのではないかと推測されている。

しかし、最近のアップルの動きを見ていると、一度あきらめたはずの「Apple Car」を再び開発している可能性が見受けられる。

テスラの創業者達もIT技術者が中心だったし、NIOや小鵬の場合も創業者や主要支援者がインターネット事業出身だ。アップルがEVビジネスに乗り出しても全く不思議ではない。

アップルはきっとiPhoneスタイルのビジネスモデルを採用するだろう。

すなわち、自らは車のデザインと自動運転技術だけに集中し、後は、部品メーカーや組み立てメーカーとの水平分業型の提携によって車を生産するのだ。

トヨタをはじめとする日本メーカーの垂直ピラミッド構造とは180度異なる仕組みである。

NIOもニコラもフィスカーも自社生産しない

「中国のテスラ」ともいわれる中国のEVメーカーNIOも、自社でやっているのは開発・設計だけだ。

生産は同じ中国のJAC(安徽江淮汽車集団)に委託している。

また、ニコラのFCVトラックは一時GMが生産する方向だった(のちにニコラ側の不祥事で中止になったが)。

前号で紹介したフィスカーも、第1号になる予定のEV「オーシャン」をマグナ・グループに生産委託することになっている。

そのマグナは、「Apple Car」の製造委託先としても候補に挙がっているようだ。

さらに、iPhoneの生産委託を受けている台湾のフォックスコン・テクノロジー・グループ(鴻海科技集団)も、「Apple Car」の生産に関心を持っていると伝えられている。

大手自動車メーカーも下請けになるのか

マグナやフォックスコンの場合、あまり違和感はない。

マグナ・グループは元々部品やプラットフォームの提供および下請け生産を本業としている。

フォックスコンの場合も同様で、iPhoneの製造を請け負っている。「Apple Car」の下請けになることで、EV生産という新規分野を開拓できるメリットもある。

問題は、GM、VW、現代など、既存のガソリン車メーカーだ。

彼らは自社のブランドですでに車を生産・販売しているので、全面的に新興ベンチャーの下請けとなることを選択しないだろう。自社のアイデンティティが失われる危険性があるからだ。

おそらくは、EV時代に自社ブランドの売上が減少することを予測し、ベンチャーからの委託生産を請け負うことで、ガソリン車の減少分を補おうとしているのではないか。

一番心配なのは日本の自動車メーカーだ。

現時点ではアップルの下請け候補として名前が挙がっているメーカーはない模様だ。この点でも世界の潮流に取り残されつつあるのではないか。

あくまで自社ブランド製品を垂直統合モデルで自社で一気通貫で製造するスタイルにこだわっているのかもしれない。

「老舗」としてのプライドと「品質では負けない」という自信があるのかも知れない。

だが、構造の簡単なEVにおいて、品質の差が出にくいことにもっと留意すべきだ。

しかも、EV産業ではそのトップを突っ走るテスラこそ「老舗」格で、それに続くのが、NIOや小鵬、フィスカーだ。

逆に、ガソリン車メーカーの方が「新参者」なくらいだ。

日本メーカーは、米・中の新興EVベンチャーから打診があった場合には、積極的に話を進めるべきではないだろうか。

自社のスタイルにこだわる、という発想ももちろん大事だ。

だが、この先必ず訪れるであろう「EV戦国時代」を、精神論だけで勝ち抜くのはかなり厳しいと言わざるを得ない。

先手を打つ日本電産

「下請け」と言っては失礼になるかも知れないが、EVの主要部品やシステムの提供で飛躍しそうなのが日本電産だ。

同社は2021年1月25日、EV向けトラクションモーターシステム「E-Axle」の累計販売台数が10万台に達したと発表した。

日本電産「E-Axle」 同社プレスリリースより
日本電産「E-Axle」 同社プレスリリースより

「E-Axle」は、モーター、減速ギア、インバーターを一体化して組み込んだ駆動ユニットで、その発売は2年前のことだ。

発売直後から中国メーカーによる採用が相次ぎ、販売は順調に推移、年明け早々に10万台に到達した。

日本電産は、将来のEVビジネスを見据えて先手を打っているようだ。

2020年12月には、2023年までに従業員の年収を平均3割増やす、という方針を発表して注目された。

EV用モーターや「E-Axle」に対する需要急増を見込み、優秀な人材を確保するのが目的だ。

同社では、これからのEVメーカーは自社生産に頼らず、モーターやプラットフォームを外部調達すると予想している。

日本の自動車メーカーはEV化で後れを取っている。その遅れを挽回するために、生産受託に活路を見出すのだろうか。

それとも自前生産にこだわりつづけるだろうか。

日本の自動車メーカーが自社ブランドEVにこだわったとしても、日本電産の「E-Axle」やマグナのプラットフォーム等、活用できそうな外部製品の採用を検討すべきと思われる。

村沢義久(むらさわ・よしひさ)

1948年徳島県生まれ。東京大学工学部卒業、同大学院工学系研究科修了。スタンフォード大学経営大学院でMBAを取得後、米コンサルタント大手、べイン・アンド・カンパニーに入社。その後、ゴールドマン・サックス証券バイス・プレジデント(M&A担当)、東京大学特任教授、立命館大学大学院客員教授などを歴任。著書に『図解EV革命』(毎日新聞出版)など。

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