国際・政治米バイデン政権 視界不良

バイデン政権視界不良 左右のポピュリズム噴出 老練政治家を待つ隘路=会田弘継

多難な就任式は、分断を象徴した (Bloomberg)
多難な就任式は、分断を象徴した (Bloomberg)

 米大統領就任式の空が晴れ上がったのは久しぶり、1993年のクリントン大統領以来だという。だが、バイデン新大統領(78)が就任宣誓をした連邦議会議事堂正面の式場前を埋め尽くすはずの市民の姿はない。代わりに、モールと呼ばれる広大な芝生の上を20万本の星条旗の小旗が埋め尽くした。旗には、世界最多40万人以上の新型コロナ犠牲者への追悼の意味も込められていた。(米バイデン政権)

 晴れた空を覆った影は、コロナ禍だけでない。大統領選挙結果をめぐる騒動の果てに起き、死傷者多数を出した連邦議会議事堂襲撃事件の余波で、州兵など2万5000人以上が出動し、まるで戒厳令下のような就任式となった。それは激しく分断された米国政治と社会を象徴していた。トランプ氏は慣行を破って、就任式を欠席し、去った。1869年以来という。

 そんな中でのバイデン新大統領の就任演説が、まず米国民の「結束(UNITY)」を訴えざるをえないのは、当然だ。11月の大統領選の結果、バイデン氏は史上最高の8100万票を獲得したが、トランプ氏も史上2位、オバマ元大統領を上回る7400万票を得た。

問われる「正統性」

 年初に公表された政治リスクコンサルタント会社ユーラシアグループの恒例の「世界10大リスク」によれば、今年のリスクのトップはバイデン大統領だ。トランプ支持者の大半は依然、選挙の「不正」を信じ込んで、新大統領の正統性を認めていない。これほど多くの国民から正統性を否定されているリーダーは、主要先進国にはいない、というのがリスクのゆえんだ。

 この報告が出されたのは、議事堂襲撃事件の前であり、事件によりトランプ氏支持率は一時急落した。ただ、それでバイデン氏の正統性を否定する勢力が減るとは言い切れない。

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 正統性の不安定と同時に、連邦議会での民主党の脆弱(ぜいじゃく)性が、来年の中間選挙でさらに露呈する恐れもある(表)。大統領選と同時に行われた連邦議会の上下両院選挙では、両院でかろうじて多数派となったが、実態は民主党の「敗北」に等しい。事前には大勝と予想されたが、結果は下院で13議席を失い、上院では50対50のタイで、議長であるハリス副大統領の1票を足してやっと過半数だ。

 2008年に民主党のオバマ氏が大統領に初当選した際は、上院下院とも大差で押さえた。リーマン不況の最中での政権発足後、ただちに経済回復策を次々と打ったが効果は上がらず、最初の中間選挙では上院で6議席、下院では64議席も失った。

 バイデン氏は当時をよく知っている。時間はない。就任の日にすぐ17件の大統領令などに署名、地球温暖化対策のパリ協定への復帰、世界保健機関(WHO)脱退中止など路線転換を打ち出した。初日の大統領令などの数は尋常ではない(トランプは就任後2週間で8件)。

 ただ、国際協調の姿勢を示しても中間選挙で議席減を抑えるうえでは意味はない。24年大統領選を狙うルビオ共和党上院議員は「新政権が発足したからといって、米国が正常になるわけではない。数千万人に及ぶ市民の不安や懸念にどう応え、対処するのか」と、新大統領にクギを刺す。国民にとっては、まずコロナ感染対策と経済対策こそが重要だ。バイデン氏はすでに就任1週間前に約1・9兆ドル(約200兆円)の追加景気刺激策を発表、目玉は国民1人当たり1400ドルの直接給付だ。

試金石の追加刺激策

 政権発足最初の試金石は追加刺激策の早期議会可決だ。だが、新政権発足直前に下院が議事堂襲撃事件をめぐって大統領退任直前のトランプ氏を弾劾訴追しており、次は上院の弾劾裁判だ。これが追加刺激策審議に及ぼす影響をバイデン氏は懸念する。

 73年以来36年の上院議員経験を持つバイデン氏は、同経験36年となるマコネル共和党上院院内総務とは長い付き合いだ。2人とも妥協はよく心得ているから、ことはうまく運ぶという見方があるが、米政治の流動化を見逃している。

 2大政党内ではイデオロギー闘争が生じて内部分裂が起きている。民主党はバイデン氏率いる主流派に対し、「民主社会主義」を掲げるサンダース上院議員ら左派勢力が若い有権者の熱心な支持を受け、影響力を増しつつある。

 他方、トランプ氏が白人労働者の熱狂的な支持を背景に大統領となり4年間共和党を支配したことで、同党も変質した。小さな政府(財政規律・規制緩和)や積極的対外介入(ネオコン政策)を核とした80年代以来の本流である「レーガン主義」を捨て、ポピュリスト政策でバラマキを行い、対外関与からも手を引く「トランプ主義」が浸透した。

 マコネル氏のような旧主流派の党重鎮らは、「面従腹背」だったから、選挙で敗れたトランプ氏を見捨て、レーガン主義を取り戻そうとしている。だが、トランプ主義で当選した議員は多数おり、党内は割れている。

 大胆に図式化すれば、4大政党になっている(図)。民主党主流派(バイデン党)と左派のサンダース党、共和党主流派(マコネル党)とトランプ党だ。これら四つの間で合従連衡が行われ、政策形成がなされよう。

 実際、コロナ対策の現金直接給付では、サンダース氏と共和党のトランプ派実力者ホーリー上院議員が組んで、トランプ大統領(当時)も巻き込み、両党主流派が決めた600ドル(支給開始済み)を2000ドルに引き上げさせた。バイデン新大統領が発表した追加景気刺激策は、この差額分の1400ドルの直接給付を含む。2大政党の主流派は左右のポピュリズム勢力に挟まれ財政規律より、大衆向け政策を迫られる構図がのぞく。

分断は両党の「合作」

就任初日に17の大統領令などに署名 (Bloomberg)
就任初日に17の大統領令などに署名 (Bloomberg)

 こうした構図の背景は、80年代に民主党が「第3の道」を選択し、ネオリベラル政策に転じて党の性格を変えたことにある。レーガン共和党は保守的価値観を掲げて、民主党の基盤だった労働者階級の取り込みを図った。危機感を募らせた民主党は新興のIT産業や、情報化する金融産業と結びつく「企業政党」へと変身、労働者階級を見捨てた。80~90年代にそれを主導したのがクリントン大統領やバイデン氏で、民主党は共和党とさほど変わらない政党となった。福祉切り捨てや、黒人差別につながる大量収監政策はクリントン、バイデン両氏らが主導した。

 激しい格差社会は、80年代以降の民主・共和両党のネオリベラル政策の「合作」だ。08年リーマン危機でその矛盾が一気に噴き出した。危機の中で期待されて生まれたオバマ政権も企業寄り政策を変えず、格差は広がる一方だった。そうした状況への大衆の絶望感が、右にトランプ、左にサンダースというポピュリスト政治家を生み出した。

 カリフォルニア大のバーナード・グロフマン教授(政治学)は、トランプ氏への嫌悪から民主党主流派の問題点が見過ごされがちなことに注意を促す。「民主党が労働者を見捨てなければ、トランプ大統領は生まれなかった。議事堂襲撃までに至ったのは白人労働者らが民主党を潰さなければ収まらないという気持ちになっているからだ」。

 そうした歴史を経た今、コロナ禍と大量失業という1930年代の大恐慌に匹敵する事態にぶつかっている。新大統領に、当時のニューディールに匹敵する大改革を打てるか。企業政党化した民主党の改造ができるか。時間は短い。やらなければ、左右のポピュリズムが噴出する。国際協調などと言っている余裕はないかもしれない。

(会田弘継・関西大学客員教授)

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