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国際・政治

脱化石で日本より遅れる韓国のEV、水素、再エネの野心的目標と原発というオプション

林恩廷(イム・ウンジョン)博士(韓国国立公州大学国際学部准教授)
林恩廷(イム・ウンジョン)博士(韓国国立公州大学国際学部准教授)

 新型コロナウイルスの感染拡大で傷んだ経済の立て直しに向け、文在寅政権が、「韓国版グリーン・ニューディール政策」と銘打って環境に優しい経済への転換を進めようとしている。

 2025年までに73兆4000億ウォン(約6兆8500億円)投資し、電気自動車(EV)113万台、水素で走る燃料電池車(FCV)20万台を普及させ、年式の古いディーゼル車116万台の廃車を進める。

 太陽光や風力などの再生可能エネルギーの普及の拡大も目指す。65万9000人の雇用も生み出す野心的な計画だ。

「製造業大国」韓国は世界で8番目の排出量

 サムスン電子や現代自動車などグローバル製造業を抱える韓国では、経済全体に占める製造業の割合は19年基準で28.4%と、欧州連合(EU)16.4%や米国の11.0%を大きく上回る。

 二酸化炭素(CO2)の排出量は米環境系非政府組織(NGO)の「憂慮する科学者同盟」によると世界で8番目に多い(2018年)。欧州や中国をはじめとして脱炭素に気運が高まる中、もはや脱炭素という、世界的な潮流に逆らうことはできない状況になってきている。

 文政権は、2050年までにCO2の排出量を実質、ゼロにする「カーボンニュートラル(炭素中立)」を達成する目標も掲げた。

鉄鋼、化学もサイクル全体で削減

 目標の達成には、当然ながら経済構造の低炭素化が不可欠だ。韓国では石炭火力が電源の約4割を占める。現在、石炭火力発電所が60基稼働し、さらに7基が建設中だ。

 政府はEV向けの家庭用充電器や水素ステーションの普及にも力を入れ、ガソリン車からエコカーへの切り替えを促進するほか、石炭火力発電事業者やガソリン車メーカーなど温暖化ガスの排出量の多い企業に対して、代替・有望分野への事業転換を促している。とくに、鉄鋼や石油化学などの業種では50年までのカーボンニュートラル達成に向けて、原材料の調達から製造工程、製品の流通や消費、使用後の回収までのサイクルを革新し、温暖化ガス排出ゼロを目指している。

 韓国環境省のコ・ドクキュ書記官は「達成時期などの具体的な計画はこれから詰める」と話す。

1. 新たに建設する建物についても、設備の稼働に必要なエネルギーを自給自足するシステムを開発するなど、温暖化ガスの排出量をゼロにするよう義務付ける考えだ。

中国江蘇省無錫市にある LG化学 のリチウムイオン電池正極材工場(LG化学提供)
中国江蘇省無錫市にある LG化学 のリチウムイオン電池正極材工場(LG化学提供)

EV電池のLG化学は再エネ100%

 企業も文政権の方向性に呼応する動きを見せる。EV向けバッテリーを手掛けるLG化学は、国内外の拠点で使用する電力を全て再生可能エネルギーに切り替える「RE100(再エネ100%)」を推進している。中国江蘇省無錫市にある同社のリチウムイオン電池の正極材工場ではこのほど、地場の風力・太陽光発電販売会社の江蘇潤風新能源と、年間140ギガワット時(GWh)規模の再生可能エネルギーを購入する電力売買契約(PPA)を結んだ。これは、同工場に必要な全電力をカバーできる規模。中国に製造拠点を持つ韓国系企業が地場企業とPPA契約を結ぶのは初めてのケースだ。

いまだ低い再エネは日本の半分以下

 文政権は30年までに、太陽光発電や風力発電を中心に再生エネの電力比率を20%に引き上げようとしている。

 これは韓国産業資源省が17年12月に発表した計画で、韓国の再エネの電力比率は16年基準で7.0%と、ドイツ(29.3%)や英国(24.7%)、日本(15.9%)などに大きく水をあけられている。 これを20%まで引き上げるには、17年に15.1ギガワットだった再エネの発電能力を30年までに63.8ギガワットに拡大する必要がある。同省はこのうち57%は太陽光、28%は風力で、それぞれ達成したい考えだ。

水素ステーションは日本の半分以下

 韓国政府は安定した電力供給に向けて、水素なども発電源として積極的に活用していく。

 22年から水素燃料電池で発電した電力の購入を義務付ける制度も世界で初めて導入する。再エネの利用割合を決めた日本のRPS法(新エネルギー利用特別措置法)にならった制度で、電力事業者に対して水素で生産した電力の一定割合以上の購入を義務付ける。韓国の既存のRPS制度にも水素発電は含まれているが、その割合は全体の13%にとどまる。いまあるRPSから水素を分離することによって、水素発電の比率を高めたい考えだ。具体的な購入目標値は年内までに決定する。

 水素の安定調達に向けては、再エネを使って水を電気分解して作る「グリーン水素」技術の実用化にも乗り出している。グリーン水素はまだ小規模の実証段階レベルにあるが、政府は低炭素やエネルギー新産業分野で高い技術力を持つベンチャー企業の発掘や支援にも力を入れるなどして50年には水素エネルギー全体に占める割合を80%にまで引き上げる計画だ。

 現代自動車や石油元売り大手のGSカルテックスは自治体らと協力して水素充てん所の設置に取り組み、燃料電池バスや燃料電池トラックの早期普及を目指す。

 ただ水素の普及を目指す民間団体の水素融合アライアンス推進団によると、2020年末時点で、韓国の水素ステーション数は全国で48カ所にとどまっており、これは日本の半分以下である。

韓国の水素経済推進計画
韓国の水素経済推進計画

鉄鋼大手のポスコは水素還元鉄を開発

 水素エネルギーを暮らし全般に活用する「水素経済」の実現を目指す文政権の呼びかけに呼応する韓国企業も現れ始めた。

 鉄鋼大手のポスコは「カーボンニュートラル」を実現すると宣言。鉄鉱石を還元するのに石炭ではなく水素を用いることで、二酸化炭素を排出しない工法などの開発を急ぐ。

 ポスコの広報担当者は「鉄鉱石を溶かして銑鉄を抜くときに使用される還元剤を従来の石炭、天然ガスなどの代わりに水素で置換する技術を50年までに実用化する」と答えた。

「カーボンニュートラル(炭素中立)」をオンラインで宣言するポスコの崔正友(チェ・ジョンウ)会長(ポスコ提供)
「カーボンニュートラル(炭素中立)」をオンラインで宣言するポスコの崔正友(チェ・ジョンウ)会長(ポスコ提供)

SKグループは水素の製造・輸送インフラ

 SKグループも、水素を製造し運ぶインフラの構築に乗り出す。持ち株会社SKが「水素事業推進団」を立ち上げて、水素事業の司令塔的な役割を果たす。液化天然ガス(LNG)企業のSKE&Sは2023年から、年3万トン規模の液化水素を製造するための設備建設を手掛ける。

 石油元売りのSKイノベーションは、石油製品や石油化学製品の製造工程で発生する副生水素をSKE&Sに供給する計画だ。SKE&Sはさらに、天然ガスから水素を取り出す「ブルー水素」を年25万トン規模で追加生産する体制も24年までに整える。

 ガソリンスタンドを運営するSKエナジーは今後、全国のガソリンスタンドや貨物トラック向けのサービスエリアなどを、水素供給のための拠点として活用する。現在は、ソウル市近郊の平沢市(京畿道)にまだ1カ所だが、今後は全国に拡大していく。

フランスでは原子力発電が有力な電源だが Bloomberg
フランスでは原子力発電が有力な電源だが Bloomberg

脱炭素に原発は不可欠という選択

 韓国は脱炭素の観点から原子力の活用も視野に入れるとみられる。文政権は脱炭素と同時に脱原発も進めているが、韓国の国立公州大学国際学部准教授で、エネルギー問題に詳しい林恩廷(イム・ウンジョン)博士は「文政権が掲げる脱原発について「『政治的なスローガン』として理解した方がいい」と説明する。

 実際、現在稼働中の原子炉は24基(3基は整備中)と建設中の原子炉4基の全てを閉鎖するには「60年近くかかる」(韓国のエネルギー専門家)という分析がある。

 韓国は実は原発の新たな展開も進めている。

韓国にとって初の原発輸出は、韓国電力公社を中心とする韓国の企業連合が、アラブ首長国連邦(UAE)に建設したバラカ原子力発電所の1号機が2020年8月、一般家庭や産業現場への電力供給のための送電網に接続し、初の送電に成功した。

 ただ、原発から出る使用済み核燃料のことを考えれば、国内外で追加的に大型炉の建設するのは難しい。そこで次世代の原発として注目されているのが、発電効率は劣るが、安全性の高い「小型モジュール原発(SMR)」だ。重機大手の斗山重工業のSMRが米国で設計認証を取得した。ニュースケールと呼ばれるプロジェクトで建設もすでに始まっている。

 韓国のこうしたツートラック戦略に対して「矛盾している」との声もあるが、CO2の削減の切り札として原発を諦めていないわけだ。

 この割り切りは、東日本大震災での福島第一原発の深刻な事故以降、原発の再稼働すら進まない日本とは隔世の感がある。(坂部哲生・NNAソウル記者)

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