参入続々、実験着々 空前の水素ブーム=種市房子
「脱炭素の切り札」と目される水素は、燃焼時に二酸化炭素(CO2)を排出しないという特性を持つ。次世代エネルギーの筆頭である水素の商用化へ向けて、二つの大型プロジェクトで前進があった。(水素・電池・アンモニア)
一つは、2月に豪州の実証実験で褐炭由来水素の製造が始まったことだ。この事業は、水素の製造・貯蔵・運搬、日本での利用というサプライチェーン全体にまたがる。製造を電源開発(Jパワー)、水素を液化して貯蔵・輸送する設備製造を川崎重工業、海上輸送をシェルジャパン(外洋)と川崎汽船(日本近辺海上)が担う。
褐炭とは、水分や不純物の多い石炭で、産業用には使えず、多くが未利用だ。電源開発が、褐炭を熱したガスから水素を取り出すプラントを建設し、操業にこぎつけた。水素製造過程でCO2も出るが、「CCS(CO2の回収・貯蔵)」技術も組み合わせて、工程全体ではCO2を削減する。製造した水素は今後、神戸空港島へ海上輸送される。
この事業は裾野が広く、水素銘柄の代名詞とも言える岩谷産業が貯蔵・運搬施設の安全運用指南、シェルジャパンが液化水素運搬船の安全運航指南など、エネオスや丸紅が水素商用化に当たっての市場調査、住友商事がCCS技術導入を担う。
もう一つはブルネイの実証実験で、水素の製造・貯蔵設備を長期にわたり稼働できたことだ。この事業は、千代田化工建設、日本郵船、三菱商事、三井物産が参画。地元で産出された天然ガスから水素を製造し、トルエンと合成して液化する「有機ケミカルハイドライド法」を使い、日本へ輸送する。貯蔵は千代田化工が担い、2020年3~12月に約100トン、燃料電池自動車(FCV)約2万台分をフル充電できる量の製造・貯蔵に成功した。
二つのプロジェクトはいずれも実証実験段階だが、今後、商用化すれば、水素のサプライチェーンは一大経済圏を構築する。
水素は、大きく分けて、(1)化石燃料由来のもの、(2)水を再生可能エネルギーで電気分解した「CO2フリー(CO2の排出ゼロ)」のもの──がある。現状では化石燃料由来の水素が多いが、CO2フリー水素の製造から利用までの実証実験も増えている。
中国勢への危機感
今年1月には、国際石油開発帝石が水素事業の強化を打ち出すなど、産業界で「水素ブーム」が起きている。水素は、これまで複数回、産業の流行テーマとなってきた。2010年前後は原油が高騰し代替燃料が必要とされたこと、15年前後はトヨタ自動車のFCV「ミライ」発売が影響してのブームであった。
しかし、今、再度集まる水素への期待はこれまでにない大きさだ。世界的に脱炭素の流れが加速しているからだ。ただ、「環境意識」というポジティブな響きでは済まされない事情もあるようだ。あるエネルギー関係のシンクタンク研究員は「脱炭素ビジネスでは、太陽光パネルや大型風力発電設備、電気自動車(EV)で中国勢が台頭し、日本企業は太刀打ちできない。そこで、水素ビジネスでは先べんを付けなければという危機意識が政府にも企業にもあるのだろう」と分析する。
中国勢への危機意識は日本だけではない。欧州連合(EU)は20年7月に「水素戦略」を打ち出し、CO2フリー水素の導入目標量を示している。背景には、EU内の企業がCO2フリー水素を製造する水電解装置や、水素用自動車エンジンで優位に技術開発を進めて、水素では世界覇権を握りたいという産業政策が垣間見える。
日本では、菅義偉政権が「2050年までに温室効果ガス排出実質ゼロ」を掲げている。この政策を遂行するための「グリーン成長戦略」では、水素を石油、石炭、ガスの有望な代替燃料とみており、現在は年間200万トンの国内消費を30年に300万トン、50年に2000万トンにすることを目指す(図2)。
水素の導入拡大が見込まれるのが電力だ。国内の電力供給は、石炭やガス火力発電頼みで温室効果ガスの排出が多いが、再エネの普及は進まず、原子力発電所の再稼働も困難だ。そこで政府は、水素や、水素を原料とするアンモニアを電力燃料の一つと明記した。
ただし、水素の普及のためにはコストダウンが至上命題だ。経済産業省は「水素は市場が確立しておらず、割高。発電での普及には、ガスや石炭に対するコスト競争力が必要」との課題意識を持つ。現在は1立方メートル当たり100円程度であるのを、30年に30円、50年には20円にする目標を掲げる。
コストダウンのためには、原料となる天然ガスや再エネが安価な国・地域で水素を生産し、日本へ輸入することが理にかなう。このため、冒頭で紹介したような海外での実証実験が相次いでいるのだ。今後は、設備を大型化し、個々の設備をつなげてサプライチェーンを構築して、商用化・コストダウンにつなげる。ビジネスは緒についたばかりだ。
(種市房子・編集部)