日銀が日本最大のETF販売会社の女性トップを審議委員に就任させる深いワケ
日本銀行の審議委員の候補に日本最大のETF(上場投資信託)販売機関である野村アセットマネジメントの最高経営責任者(CEO)兼社長の中川順子氏(55)を充てる人事が波紋を呼んでいる。「利害相反ではないか」という議論が巻き起こっているのだ。しかし、深読みすると、この人事には日銀の隠された戦略も見え隠れする。
日本最大の株主・日銀の持つETFは50兆円
政府は6月29日に任期満了の政井貴子審議委員の後任として中川氏を充てる人事を国会に提出した。
中川氏がトップを務める野村アセットは、日銀が保有するETFの約半分を販売した実績を持つ。そのトップが審議委員に就任することが市場で問題視されているのだ。
日銀は2010年12月の買入開始から21年2月までに累計35.7兆円分のETFを購入してきた。しかし日銀は保有するETFを売却したことがないため、最近の株価上昇で時価ベースでは50兆円を超えたとみられる。
野村アセットへの信託報酬は200億円超
問題はそこで発生する信託報酬である。ETFの保有者である日銀は運用・管理費用として「信託手数料」を支払っている。
この信託手数料は別途支払うのではなく、ETFの保有時価に対して年率でパーセンテージが決められており、これが保有するETFの純資産から日々差し引かれる。
日銀が信託報酬をいくら支払ったのかは決算書に記載されていないが、ニッセイ基礎研究所のチーフ株式ストラテジストの井出真吾上席研究員によれば「現在の日銀のETFの保有構成だと1年間の信託報酬は572億円にのぼる」という。
このうち、約4割の200億円強が野村アセットに支払われているとみられる。このために市場では中川氏が日銀審議員に就任することが「利害相反」にあたるのではないか、との指摘が出ている。
信託報酬引き下げの布石か
だが、むしろ中川氏の審議員登用は、日銀が保有する巨額の「ETF対策」を行うための人選だったのではないか。
日銀が購入しているETFは、日経平均やTOPIX(東証株価指数)に連動するものがほとんどだ。ETFに採用されている株式銘柄は日本を代表する企業で、ETF購入先の信託銀行や運用会社によって成績に大きな差が出るものではない。
しかし、その信託報酬にはバラツキがあり、これまで日銀は比較的に信託報酬率の高い大手の運用会社からからETFを購入してきている。
日銀が支払っている信託報酬といえども、日銀の収入が国庫に納付されるため、高い信託報酬を支払っているということは、回りまわって国民に不利益を与えていることになる。
だから日銀内部でもETFの高い信託報酬の支払いには議論がある。つまりETFの購入先、信託報酬のあり方・水準を含めて、日銀が見直しをしていく可能性があるわけだ。
信託報酬が最も安いのは米ブラックロック
ではもし、日銀が大量に購入する日経平均とTOPIXのETFを最安値で購入するとしたらどこになるか。
世界最大の資産運用会社でニューヨークを本拠地とする米ブラックロックだ。ブラックロックのETFの信託報酬は、TOPIXが0.06%、日経平均が0.105%だ。
井出氏によれば、「ETFの各カテゴリー内で最も安いETFに全額を乗り換えると572億円が384億円で済み、約33%のコスト削減になる」という。
そこで井出氏は、「利害関係者のトップだからこそ、できることがあるのではないか」と期待する。つまり購入先がブラックロックに変わるのではなく、業界全体で信託報酬が引き下がれば、国民負担が減るだけでなく「一般の投資家も信託報酬の引き下げという利益を享受できる」(井出氏)という流れができる可能性があるわけだ。これが最終的には国民の長期の資産形成につながれば「政府が進める貯蓄から投資」への後押しにもなる。
ETFの出口問題への布石
この流れは、日銀が大量に保有してしまったETFの出口問題という最大の課題に向けても布石になる可能性がある。
金融政策上購入した国債は償還がくれば残高が減少していくがETFには償還がない。
低金利政策からの転換を図る上で、売却することでしか残高が減少しないETFの処理は大問題だ。
新型コロナウイルス禍の影響があり、当面はETFの処理問題に直面することはないとしても、日銀にとってはいずれ直面する大きな問題だけに、有効なETF処理策を検討しておかなければなるまい。
その点で、野村アセットの中川氏の審議委員の登用は大きな意味を持つのではないだろうか。
(鈴木透・ジャーナリスト/金山隆一・編集部)