11年ぶりに増加に転じる自殺者の増加は公助で救える可能性あり
新型コロナウイルスの感染拡大は、感染者やそれに伴う死亡者の増大だけではなく、自殺者の増加という“傷跡”を残すことになりそうだ。10年間続いていた国内での自殺者の減少は増加に転じる可能性が極めて高い。
国内の自殺者数は2003年の3万3327人をピークに減少に転じ、09年以降は連続して減少を続けている(表1)。
11年ぶりに増加に転じる自殺者
しかし、20年11月までの累計自殺者数はすでに1万9101人となっており、19年の2万169人まで、わずかに1068人にまで迫っている。ここ20年以上も1カ月間の自殺者数が1000人を下回ったことがないため、19年の自殺者数を上回り、11年ぶりに増加に転じると見られる。
7月から増加に転じた自殺者数
19年と2020年の自殺者数の推移(表2)を見ると、6月までは前年を下回って推移していたが、7月以降に増加に転じ、8~9月は前年同期比10%増となり、10月には2000人を超える2158人(前年同月比40.2%増)の自殺者が発生した。自殺者増加の原因に関する推考は後ほど行うことにする。
女性だけが7月から2ケタ増
19年と20年の自殺者数の推移を男女別に見たのが表3、表4だ。男性の自殺者が前年同月比で増加に転じたのは8月からなのに対して、女性では6月から増加に転じている。
また、男性は前年同月比で2ケタ増となったのは10月の21.7%増だけなのに対して、女性は7~11月のすべてで2ケタ増となっており、8月は44.2%増、9月は29.3%増、10月は同82.8%増と大幅な増加となった。
バブル崩壊から立ち直ったが…
自殺者増加の原因を推考してみたい。国内の自殺者数は1997年の2万4391人から翌98年には一挙に3万人を超え、3万2863人と8472人(74.2%)も増加した。
この自殺者急増の理由は、「経済・生活問題」による中高年男性の自殺増加が原因のため、バブル経済崩壊の影響によるものと推測されている。
雇用不安と自殺者数の定説
その後も自殺者数は99年3万3048人、2000年3万1957人、01年3万1042人、02年3万2143人と推移し、04年の3万4427人にピークを付け、その後は減少に転じているのは表1のとおりだ。
これ以降、雇用不安と自殺者数には強い関連性があるというのが定説のように語られている。
確かに98年の自殺者数急増の背景にはバブル経済崩壊の影響があったかも知れない。
リーマン・ショックでも減少していた自殺者数
しかし、03年以降の自殺者数減少の局面では、自殺の原因は1位が「健康問題」、2位が「経済・生活問題」、3位が「家庭問題」となり、16年間もこの順位に変動はない。
実際、自殺者数と完全失業者数の推移(表5)を見ても、04~08年の完全失業者数が減少している期間も自殺者数は高止まりしており、08年のリーマン・ショックの影響を受けた09~11年の完全失業者数の増加局面でも、自殺者数は減少している。
7月以降に連動しはじめた失業者と自殺者数
ところが、2020年の自殺者数と完全失業者数の推移(表6)を見ると、どうやら2020年の自殺者数の増加は完全失業率と関連がありそうだ。4~6月こそ完全失業者数の増加に対して、自殺者数の増加は見られなかったが、7月以降は明らかに完全失業者数の増加に伴って、自殺者数が増加している。
非正規社員の雇用減少と自殺者の増加
この傾向は、自殺者数と非正規雇用者の対前年同月比の増減数の推移(表7)でより明確になる。非正規雇用者の対前年同月比の減少数が増加(右縦軸で上昇)するとともに、自殺者数が増加(左縦軸で上昇)している。
従って、推考に過ぎないものの、2020年の自殺者の増加には、非正規雇用者の減少(=失業)が大きく関連しているものと思われ、「経済・生活問題」による自殺者の増加が原因となりそうだ。
生活困窮者への直接給付はなし
政府は12月8日に閣議決定した新たな経済対策「国民の命と暮らしを守る安心と希望のための総合経済対策」の中で、「生活困窮者自立支援の機能強化に加え、自殺相談体制の強化等を行う都道府県等の取組を包括的に支援する交付金を創設する」として140億円の予算を計上している。
しかし、この資金はあくまでも体制整備・機能強化のためであり、直接的に生活困窮者に交付するものではない。
98年にバブル経済崩壊の影響により「経済・生活問題」を原因として急増した自殺者数は、その後、4年間増加が続いた後、やっと減少に転じた。この5年間で16万人を超える人が自殺している。
政府が公助できる生活問題
「健康問題」や「家庭問題」はプライベートな部分が多く、政府の助力が及ぶ範囲は限られているかも知れない。だが、「経済・生活問題」では政府が助力できる術は多くあるはずだ。
バブル経済崩壊後のように、自殺者の増加が何年も続き、その “傷跡”が“深い傷跡”にならないことを切に願うばかりだ。(鈴木透・ジャーナリスト)