教養・歴史 世界経済総予測 2021

「コロナウイルスに気をつけろ」約10年も前から専門家が警鐘をならしていた驚くべき理由

Lynn Donaldson提供
Lynn Donaldson提供

40年以上にわたり人獣共通感染症を取材してきた米科学ジャーナリストのデビッド・クアメン氏(作家・科学ジャーナリスト)は、コロナウイルスの拡大は人災の面があると警鐘を鳴らす。(世界経済総予測2021)

(聞き手・構成=福田直子:ジャーナリスト)

2012年に刊行した『スピルオーバー:動物のウイルスが人間にもたらす次のパンデミック』をリサーチ取材しているとき最も気になったのは、科学者たちが「コロナウイルスには気をつけたほうがいい」と口をそろえていたことだ。

10年以上前から専門の研究者の間では動物ウイルスによる人間への感染拡大は予測されていた。

「人獣共通感染」が激増

コロナウイルスの特徴は、感染力が非常に強いことだ。

しかも症状が表れない感染者からの感染が強いため、とても危険だ。

過去のコロナウイルス、SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)と異なり、感染力が強い割には死亡率が低い。

そのため、かかっても大丈夫と軽く見る人がたくさんいるため、余計に広がってしまうのだ。

人間がかかるウイルス感染の60%から70%は動物から人間に感染してきたもの、つまり「ズーノーシス(Zoonosis、人獣共通感染症)」だ。

人間は地球の歴史からいえば「若い種族」だ。急性灰白髄炎(かいはくずいえん)(ポリオウイルス、小児まひ)、天然痘、はしかなどは厳密にいうと分類上はズーノーシスではない。

中世に流行したペストも、もとは動物から人間に感染したズーノーシスで、これらの感染症は人間の体内に入ったウイルスが数千年の間に進化したため、動物のウイルスとは似て非なるものとなった(ただしペストはウイルスではなく生物体ホストを必要としないバクテリア)。

動物から人間に感染するウイルスは、この半世紀の間に確実に増え、たちの悪い疫病となった(表)。

コウモリのせいではない

コロナウイルス感染が世界中に広がり、パンデミックとなり、みなウイルスのホスト(保有宿主)、つまり「犯人捜し」に躍起になっている。

感染源ではさまざまな臆測が飛び交っているが、最も疑われているのがコウモリだ。

コウモリはたくさんのウイルスを抱えている。ウイルスに感染しても無症状で、炎症による反応を示さないコウモリは特殊な免疫システムの持ち主であると考えられている。

ウイルスやストレスに打ち勝つコウモリの免疫力は相当なもののようだ。

しかも、コウモリたちは集団生活が普通で、ウイルスを感染させやすいはずだが、大量死は起きない。

20年、30年という長寿命の持ち主だ。

さらに、コウモリの種類は1397種もあり、個体数は全哺乳類の20%を占める。

単に数が多いだけではない。哺乳類でありながら空を飛べる。

ウイルスを拒絶しない免疫システム、過密な生活環境、長寿、しかも数が多く、空も飛べる。

これらの条件があるために、コウモリが他の種族にウイルスを感染させることは簡単だろう。

一方、コウモリは素晴らしい生き物で生態系にとって欠かせない。熱帯雨林では花粉を運んでまいてくれ、果物ができるよう働きかけてくれる。

穀物についた害虫も食べてくれる。

もしコウモリが死滅したら日本の農業、コメ生産にも大きな被害が出るはずだ。

コウモリの持っているウイルスが人間にとって危険であるとしても、人間がコウモリの生態系を脅かさない限り、人間に害はないはずだ。

つまり、コウモリが人間を探し出してウイルスを感染させているのではなく、人間がコウモリに近づいているため、感染しているのだ。

人間がコウモリをそっとしておけば彼らが人間にウイルスをうつすということはない。

人間が自然破壊を続ける限り動物からのウイルス感染は終わらないどころか、また次のパンデミックが起こる可能性もある。

人間がウイルスを拡散

あらゆるウイルスには感染源がある。コロナウイルスがどこから来たのか、追及することはとても重要だ。

しかし、コウモリばかりを責め、中国の精肉市場を閉鎖し、さまざまな種類の野生動物を食肉として食べる人々を非難することだけでは問題の解決にはならない。

1918年に「スペイン風邪」がはやった頃、世界の人口は20億人に達していなかった。

それが今ではその約4倍の人口だ。

自然の生態系が破壊され、ウイルス感染がしやすいよう「ウイルスを解き放ち」、さらに人間がわざわざ飛行機で大量に移動して遠隔地で感染を拡散している。

大都市では人間の集団が狭い場所で肩を寄せ合って生きている。

パンデミックは人間に襲いかかった災いというより、人間の行動によって生み出されたものだ。

世界中で自然破壊が繰り返され、しかも「人間と人間とのつながりが密接になる」、このために感染が広がるのは当然だ。

はしかは消えていない

ワクチン開発の良いニュースがあった。

しかし、2021年も感染の波は来ては去り、去っては来るという状況が続くだろう。

米国は現在、「第3波の流行期」にあるが、これが最後ではないはずだ。

はしかの例を考えてみよう。

1950年代からはしかのワクチンが普及した。

しかし、地球上からはしかが完全に撲滅されたわけでなく、ワクチンが開発されてから70年もたっているにもかかわらず、世界中で毎年平均して10万人から14万人がはしかで死んでいる。

はしかは子供の病気で、発疹が出て数日、寝ていれば治ると侮られがちだが、実際にはしかで死ぬ人はまだたくさんいる。

コロナウイルスははしかのようになるかもしれない。

ましてワクチンが導入されてもなんらかの理由でワクチンを受けない、受けたくない人がいれば免疫力がない人間たちの間で今後もコロナウイルスは生き続ける。

よって、コロナウイルスが撲滅されるわけではないのだ。

これからも世界各地で随時、感染者が見つかり、毎年のように数十万人が亡くなるということが当分、続く可能性がある。

ひょっとすると今後10年、あるいは20年たってもコロナウイルスは消えないかもしれない。

次の新種ウイルスが出てくる可能性もある。

ズーノーシスのウイルス感染はしぶとく、コロナウイルスは人間の体内から完全に消えることはないかもしれない。

(本誌初出 インタビュー2 デビッド・クアメン 「自然破壊ある限りコロナの感染爆発は続く」 20210105)


 ■人物略歴

デビッド・クアメン David Quammen

 1948年、米オハイオ州生まれ。米エール大学、英オックスフォード大学で英文学を学ぶ。『ナショナル・ジオグラフィック』誌、『ニューヨーク・タイムズ』紙などに自然や動物、生命科学に関する記事を定期寄稿。76年にザイールで勃発したエボラ出血熱感染の頃から人獣共通感染症に関心を持ち、2012年に刊行した『スピルオーバー』はベストセラーに。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

5月14日・21日合併号

ストップ!人口半減16 「自立持続可能」は全国65自治体 個性伸ばす「開成町」「忍野村」■荒木涼子/村田晋一郎19 地方の活路 カギは「多極集住」と高品質観光業 「よそ者・若者・ばか者」を生かせ■冨山和彦20 「人口減」のウソを斬る 地方消失の真因は若年女性の流出■天野馨南子25 労働力不足 203 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事