台湾ファウンドリー 世界の半導体製造をけん引 地政学リスクもあらわに=服部毅
自動車業界での半導体不足の懸念は、半導体製造受託(ファウンドリー)、いわば製造下請けとして黒子に徹してきた台湾の半導体メーカーを急に表舞台に引き上げた。台湾が半導体製造の世界の中心として脚光を浴びている。(半導体)
台湾で製造業を所管する経済部(日本の経済産業省に相当)は、台湾ファウンドリー各社に自動車用半導体の増産対応を急ぐよう促したという。業界トップの台湾TSMCは「自動車用半導体の需要に応えることが、当社の最優先事項である」としてはいるが、昨年春に自動車用の需要が激減した際に、巣ごもり需要関連の製品で穴埋めし現在はフル生産中である。自動車向けに再割り当てするのは簡単ではない。一部の台湾ファウンドリーでは、割増料金と引き換えにスーパーホットラン(特急ロット)を行う企業も出てきた。
自動車半導体は、信頼性の要求が厳しいわりに利幅が小さく、民生品向けに比べて生産数量も少ない。さらに厳格なライン認定制度の下でプロセス・装置変更もままならず、おいしい商売とはいいがたいようだ。また、最新プロセス技術を使っていないので古い小口径ウエハーラインで製造される場合が多く、新たなライン増設投資の対象にはならず、大幅な増産が難しいという側面もある。
自動車用半導体不足は、半導体製造を台湾に依存しすぎている地政学的リスクも浮き彫りにした。台湾海峡をはさんで中台の緊張は強まっており、台湾が第2の香港になるかもしれないという懸念が生じている。
TSMCの工場誘致
国家安全保障や自給自足の観点から、TSMCの工場を欧米や日本に誘致する動きが顕在化している。米国政府は国家安全保障上の理由で国内半導体製造強化の方針を打ち出しており、その一環としてTSMCに米国内に最先端ファブを建設するように要請していた。TSMCはコスト高になる米国進出を渋っていたが、昨年7月にアリゾナ州への進出を決め、2024年の操業開始を目指し、今年工場建設を始める。
また、最近になって、欧州連合(EU)がTSMCの工場を誘致していることが明らかになった。EUは最大500億ユーロ規模でEU域内に先端半導体製造施設を構築するプロジェクトを発足させる。その一環でTSMCにEU域内に半導体工場の建設を要請することを検討しているという。
一方、日本では昨年来、日本半導体産業復権の起爆剤にするため、経済産業省がTSMCの工場を日本に誘致しようと水面下で交渉を重ねてきた。しかし、日本には有力顧客がいないため需要が十分ではなく、税制やインフラなどでも経済合理性に欠けるため断られたようである。しかし、TSMCは、去る2月9日の取締役会で、日本に三次元ICの材料研究所を100%子会社として設立することを決定した。新会社の資本金は最大186億円で、TSMCの今年の設備投資額の1%にも満たない出資にすぎず、TSMCが経産省の顔を立てて研究所進出で妥協したとの見方もある。
フル稼働で高成長続く
旺盛な需要を受けて、ファウンドリーの業績は好調だ。21年1~3月期のファウンドリー市場の上位10社の売上高合計額は、前年同期比20%増の226億ドル(約2・4兆円)と予測される(表)。
TSMCは世界のファウンドリーで過半の56%のシェアを握り、他を寄せつけない。微細化では、競合の米インテルや韓国サムスン電子が最先端プロセスの製造で歩留まりが長期間低迷してきたため、TSMCに注文が殺到し、前年同期比25%増と、四半期売上高としては前期に続き過去最高を記録する見込みである。
TSMCでは、米AMD、エヌビディア、クアルコム、台湾メディアテックからの注文により、7ナノメートルプロセスの需要が強く、売上高の30%を占める見込みだ。さらにその先の5ナノメートルプロセスもアップルをはじめ先端顧客の注文が増え、売上高の20%を占めると予測されている。また、台南に新設した3ナノメートルラインへの設備搬入を始めており、22年に量産を開始する予定である。今年、同社は事業拡大のため、技術者を9000人採用する方針だ。
3位のUMCは、200ミリメートルウエハーラインに、自動車用半導体に加えて、ドライバーICやパワーマネジメントIC、IoT(モノのインターネット)コンポーネント向けの注文が殺到し、フル稼働となっている。200ミリメートルウエハーの見積価格を引き上げたこともあり、21年1~3月期の売上高は前年同期比14%増と予測されている。
業界5位の中国SMICは、20年9月以降、米国政府のファーウェイ制裁により、最有力顧客だったファーウェイへの出荷を停止した。しかも、12月には自社が米国の制裁リストに追加掲載されてしまった。米国の先端半導体(10ナノメートル以下のプロセス)製造装置を調達できなくなり、一部の海外顧客の注文がSMICから台湾企業へ流れている。しかし、自動車用半導体はじめ40ナノメートル以上の成熟したプロセスへの需要が持続しているため、SMICの収益はプラス軌道を維持。21年1~3月期の売上高は前年同期比で17%増加すると予測され、しぶとく生き延びる。
自動車向けだけではなく幅広い半導体応用製品の需要の増加により、世界中のファウンドリー各社はフル稼働中である。工場を増設しなければ生産数量を伸ばせないため、21年下半期には増設ラッシュになる見込みだ。21年上半期も生産数量は伸ばせなくても、需給が逼迫(ひっぱく)し半導体生産受託価格が2桁値上がりしており、売上高は高騰する見込みである。世界の半導体製造をけん引する台湾のファウンドリーが、顧客や生産品目をえり好みし、半導体産業の支配力を増している。
(服部毅、服部コンサルティング・インターナショナル代表)