資源・エネルギー

「水素は260兆円市場になる」という数字に踊らされる前に考えること

    カリフォルニア州ミルバレーの水素ステーション(Bloomberg)
    カリフォルニア州ミルバレーの水素ステーション(Bloomberg)

     世界が脱炭素化の潮流にある中で、水素への注目度が一気に高まっている。米バンク・オブ・アメリカ・セキュリティーズでは水素を巡る経済規模は2050年には2兆5000億ドル(約262兆円)に膨らみ、世界のエネルギーの4分の1がクリーン水素によるものになる、と予測している。

     日本でも車から発電まで、様々な企業が水素利用の可能性を提示し、政府もこれを支援、推進していく構えだ。

     ガソリン・ディーゼル車の販売禁止、CO2排出ゼロ社会の実現のためには、安定供給できる新たなエネルギー源が必要で、それは水素である、という意見が大勢を占めている。

    ロサンゼルス港の水素フォークリフトの実験車両(写真提供:Los Angeles Port Authority)
    ロサンゼルス港の水素フォークリフトの実験車両(写真提供:Los Angeles Port Authority)

    水素は規模の小さい市場

     しかしこれに異を唱える意見も存在する。

     水素ビジネスはそれほど効率的なものではなく、実現しても非常に規模の小さいものになるだろう、という見方だ。

     まず、現在の水素はほとんどが天然ガスや石炭(褐炭)などから生成されているが、その過程でCO2を発生する。そのため、再生可能エネルギーを用いて海水を電解して水素を生成するクリーン水素にする必要がある。そうして得られた水素を圧縮し、輸送し、発電その他のエネルギーとして利用する。

    デンマーク最大のアンホルト洋上風力発電所(オーステッドのホームページ)
    デンマーク最大のアンホルト洋上風力発電所(オーステッドのホームページ)

    再エネをそのまま使う方が安い

     このようなプロセスを考えれば、再生可能エネルギーをそのまま電力として利用する方がコストもかからないし、途中での余分なエネルギーやロスも省けることになる。

     なぜ水素にする必要があるのか、コストで比較すれば再生可能エネルギーによる発電の方が安い、ということになる。

    水素はキロワット当たり100円以上

     米国のエネルギー業界のニュースを配信するPOWER社の概算では、様々なコストを含めた水素による発電はメガワット時(MWh)当たり100~200ドル(㌔㍗時で1~2ドル)になる、という。

    新電力が運営する太陽光発電所=福島県南相馬市で、手塚耕一郎撮影
    新電力が運営する太陽光発電所=福島県南相馬市で、手塚耕一郎撮影

    太陽光が高いカリフォルニア、風力が安いテキサス

     一方、米エネルギー情報局(EIA)によると、2019年の米国のソーラーによる電力費はMWh当たり83ドルだが、カリフォルニアを除く全国平均は36ドルで、様々な規制のあるカリフォルニアが突出してソーラー電力の割合が大きく、価格が高いために平均を押し上げている。

     風力の場合、最も風力に依存しているテキサス、オクラホマ、カンザスではMWhあたりの価格は26ドルだが全国平均では47ドルとなる。

    2050年、世界の半分は再エネになる

     もちろん現時点で水素発電はほぼ存在しないため、概算の数字であり、POWER社でも水素の価格は今後マスマーケットに導入されることで2030年までに60%程度下がる、と予想している。

     しかしそれだけ下がったとしても風力やソーラーに対抗できる価格になるかどうかは分からない。

     国際再生可能エネルギー機関 (IRENA)も2050年には世界の電力供給のおよそ半分は風力、ソーラーによるものになる、との見通しを発表している。

     日本のケースを考えると、気候などの問題でソーラーにそれほど依存できないとしても、洋上風力を大規模に導入すれば安い価格での電力供給が可能になる。巨額の投資を行って水素発電を導入する必要性があるのか、という議論が今後起きるかもしれない。

    蓄電池は再エネで発電したエネルギーをためて必要な時に使える
    蓄電池は再エネで発電したエネルギーをためて必要な時に使える

    大型蓄電池のコストも下がる

     また、不安定な再生可能エネルギーを補完するものとして、水素による蓄電が言われているが、これもバッテリーによる蓄電と比較すると効率が悪い。

     米国での試算だが、電力を水素に換え、それを再び電力として使用することでエネルギー効率は40%程度に落ちる、という。

     水素関連のコストが今後下がると予想されているのと同様に、大型蓄電池のコストも下がる。

     すでに世界の一部に存在する大掛かりなバッテリーパークを導入すれば、より効率の良い蓄電は可能となる。

    水素燃料電池は大型貨物車に適している (Bloomberg)
    水素燃料電池は大型貨物車に適している (Bloomberg)

    水素の期待はトラック、船、航空機

     交通への利用についても、車関連は大型輸送トラックなどを除いてはやはりEVが現在のところインフラ面でも有利だ。

     電車への利用がドイツと日本では始まっているが、すでに鉄道のほとんどの路線は電気化されている。既存の電車路線をわざわざ燃料電池(FC)を使った鉄道に変更する可能性は極めて低い。一部のディーゼル列車には適用されるだろう。

     一方で船舶、航空機に関してはそれなりの市場が拓けるはずだ。多くの貨物船はディーゼルであり、航空機のジェット燃料に代わるものとして水素への期待は今後高まる。これも小型航空機や近距離路線では電気を動力とするものが優位になる可能性が高いが、長距離では水素が使われることになるだろう。

    脱炭素化に魔法の杖なし

     つまり水素は脱炭素化を一気に解決する魔法の杖ではなく、他の再生可能エネルギー、バイオ燃料などと併せて推進されるべきもので、その経済規模は現在試算されているものよりも遥かに小さなものになる可能性もある。

     過剰な投資を行う前に、現実的かつ包括的な解決策が模索されるべきではないだろうか。

    (土方細秩子・ロサンゼルス在住ジャーナリスト)

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