慎重派の意見いまだ根強く 日本で入手の壁高い緊急避妊薬 コロナ禍で市販化求める声増加=斎藤信世
<医薬>
コロナ禍で、女性への性暴力が増加していることなどを背景に、緊急避妊薬(アフターピル)の市販化に向けた議論が活発化している。性交後に服用して妊娠を防ぐ緊急避妊薬は主に避妊に失敗した場合や、レイプ被害にあったときに服用する薬で、WHO(世界保健機関)の必須医薬品にも指定されている。(エコノミストリポート)
市民団体の「緊急避妊薬を薬局でプロジェクト」は3月3日、緊急避妊薬の市販化に向けた課題などを話し合う勉強会を開催し、国会議員やマスコミ関係者など約300人以上がオンラインなどで参加した。参議院厚生労働委員会に属し、緊急避妊薬の市販化に向けた取り組みを進めてきた社会民主党の福島みずほ党首は勉強会の冒頭で、「性教育なども進めながら、緊急避妊薬にアクセスしやすくなるよう、進めていきたい」とあいさつした。
同プロジェクトの染矢明日香共同代表らは昨年11月、橋本聖子前男女共同参画相と面会し、緊急避妊薬の薬局での販売を求める要望書と約10万8000人分の署名を手渡した。こうした世論の高まりを受け、政府は12月25日に閣議決定した第5次男女共同参画基本計画で、「予期せぬ妊娠の可能性が生じた女性が、緊急避妊薬に関する専門の研修を受けた薬剤師の十分な説明の上で対面で服用することなどを条件に、処方箋なしに緊急避妊薬を適切に利用できるよう、薬の安全性を確保しつつ、当事者の目線に加え、幅広く健康支援の視野に立って検討する」と明記した。
橋本前男女共同参画相は、「緊急避妊薬の市販化を要望する声は非常に多かった。最終的には厚生労働省が決定するが、コロナ禍で性暴力が蔓延(まんえん)している今の状況を考えたときに、すぐに手当てをしなければ大変なことになると思った。今困っている人や社会の状況を見たときに、私は(市販化を)理解してもらいたいと思い、計画に入れた」と説明した。
先進諸国から約20年遅れているといわれる日本の緊急避妊薬をめぐる議論にも、ようやく動きがでてきた。
高額な費用
現在日本で緊急避妊薬を購入するには病院やクリニックでの対面診断か、2019年7月に解禁されたオンライン診療が必須で、保険適用はなく、費用は約6000〜2万円かかる。
一方、緊急避妊薬に関する国際団体「ICEC」によると、現在は世界76カ国・地域では薬局で薬剤師から購入できるほか、19カ国・地域では薬剤師を介さずに薬局や学校などで入手でき、費用はタイで約250円、イギリスで約900円と、日本に比べ手に入れやすい価格設定となっている(表)。
また世界では、日本で承認されている緊急避妊薬「ノルレボ」やジェネリック医薬品(後発薬)の「レボノルゲストレル」と比べ、妊娠阻止率が高い「ウリプリスタル酢酸エステル」の使用が進んでいるが、現状日本では未承認だ。
緊急避妊薬の薬局での市販化をめぐっては、17年に厚労省が開催した「医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」でOTC(一般用医薬品、薬局で処方箋なしで買える薬)化が見送られた経緯がある。
日本産婦人科医会は17年の検討会で「緊急避妊薬を避妊具と同等なものと考えている女性が後を絶たない」などの現場の声を紹介し、医師(可能な限り産婦人科医)の問診や指導が大切であると主張。OTC化には慎重な姿勢を示した。またパブリックコメント(意見公募)では、賛成(320件)が反対(28件)を大きく上回ったものの、中には、「必要なことは OTC化ではなく、緊急避妊薬の一般への認知度を高め、必要時に受診するサポート体制作りだ」などの意見もあった。
こうした慎重派の意見に対し産婦人科医の遠見才希子さんは、「これまで検討会では、緊急避妊薬を服用することで、生まれてくる男児が女性化するリスクなど、科学的根拠の確認できない議論が行われてきた」と指摘。WHOが必須医薬品に指定する緊急避妊薬の安全性を強調した上で、「緊急避妊薬が社会の関心を集めている今だから、これを機に、薬について正しい理解ができているのかを見直してほしい」と訴える。
一方で、時間や場所の観点から緊急避妊薬を販売できる薬局自体が多くないとの指摘もある。日本の薬局では市販化は難しいと主張するのは、太融寺町谷口医院(大阪市北区)の谷口恭医師だ。谷口氏は、「市販化については賛成だが、現在の薬局システムではうまくいかないのではないか」との見方を示す。
緊急避妊を希望する人の背景には、家庭内暴力(ドメスティックバイオレンス)などの問題が隠れていることもあるため、プライバシーが確保された場所や、判断を下すために一定程度の時間が必要との理由からだ。同院では、緊急避妊希望者が来院した場合、個室で看護師が問診を行うという。
コロナ禍で増える性暴力
内閣府の外郭団体で性暴力被害者のための「ワンストップ支援センター」には、新型コロナウイルスの感染が急拡大した20年4〜9月に前年同期比で約1・2倍の2万3050件に上る相談が寄せられた。
性教育の普及に取り組むNPO法人ピルコン(東京都)の染矢明日香氏は、「コロナ禍で特に10代からの妊娠に関する相談件数が急増した。寄せられるメール相談は約4倍に増え、中には性暴力や虐待が背景にある相談もあった」と話す。
無料通信アプリ「LINE(ライン)」を通じ、自動応答で妊娠に関する相談ができる「ピルコンにんしんカモ相談」に寄せられた相談件数は20年5月に急増し、前月比約1・8倍の1万1707件に上った。
これまで専門家らは、日本における性教育の遅れなどを理由に、緊急避妊薬の市販化は時期尚早との意見を主張してきた。こうした課題を解消するため、内閣府と文部科学省は今年4月以降、こどもを性暴力の当事者にしないための「生命の安全教育」を段階的に導入する方針だ。染矢氏は「緊急避妊薬を入手しやすい環境作りと、性教育を両輪で進めることが急務」と強調した。
(斎藤信世・編集部)