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月ビジネス トヨタが「月面走行車」開発中 40兆円市場へ大手も新興も続々参入=内田敦

トヨタ自動車などが開発を進める「ルナ・クルーザー」トヨタ自動車提供
トヨタ自動車などが開発を進める「ルナ・クルーザー」トヨタ自動車提供

 月面基地などを開発し、月を拠点として新しい宇宙産業を創出する「月ビジネス」に、宇宙関連企業だけでなく、異業種からの参入が増えている。

 トヨタ自動車は2019年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と国際宇宙探査ミッションへの挑戦に合意し、「ルナ・クルーザー」と名付けられた有人与圧ローバーの開発を進めている。

 名前はトヨタの人気SUV(スポーツタイプ多目的車)「ランドクルーザー」に由来する。ルナ・クルーザーは2人の宇宙飛行士が約30日間車中で生活をしながら月面を探査することを目的に開発されており、与圧室内では宇宙服を脱いで生活できるように設計されている。20年代後半を目指し、試作車の製作を進めている。

ゼネコン各社も参加

宇宙ベンチャーのispace(アイスペース)が計画中の月面着陸船 同社提供
宇宙ベンチャーのispace(アイスペース)が計画中の月面着陸船 同社提供

 月での滞在のためには月面基地などの拠点が必要である。拠点の建設には、建設・土木といった知見が不可欠であることから、大手ゼネコンの清水建設、大林組、大成建設、鹿島などが月面基地や宇宙ホテル、それらの建設に必要となる無人建機システムなどの研究開発を進めている。

 ゼネコン以外では、空調設備の施行・メンテナンスの高砂熱学工業が創業100周年にあたる、23年に実施される、月面の資源活用を目指すベンチャーのispace(アイスペース)(東京都中央区)の月面着陸計画で、水の電解装置を搭載して、月面上にて水素と酸素を生成する世界初の稼働実証を行う予定だ。

 月の滞在者が増えるとその生活を支えるための食の問題を解決する必要もでてくる。当初は地球から持っていくが、ゆくゆくは月での自給自足が不可欠になってくる。ミドリムシで有名なユーグレナでは、ミドリムシを月で培養し、宇宙食として活用する構想を持ち、研究開発を進めている。こうした単体の企業の活動以外に、日本の月開発・月ビジネスの実現を目指した、さまざまなコミュニティーも活動を活発化させている点も我が国の特徴だ。

 月の開発は人類の生存圏・経済圏の拡大につながる。そして今後、必ず市場が形成されていく未来の市場である。リターンを得るまでに少し時間がかかることは月ビジネスの課題であるが、さまざまな民間企業が活動を進めている点は注目すべきである。アイスペースをはじめとして世界初のフロントランナーになれる企業が多く存在する市場でもある。

アマゾン、テスラも投資

 月や小惑星に存在する希少金属(レアメタル)などを地球に持ち帰るビジネスなども検討されていたが、現在の技術では、経済合理性の点から成立は難しいことが明らかとなっており、今のところ、現地で採集した資源を現地で利用する形(地産地消)が本命となっている。最も有望視されているのが月面の水資源である。

 アイスペースは「人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界を目指す」というコンセプトを掲げる。月面探査レース「グーグル・ルナ・エックスプライズ」にHAKUTOプロジェクトで参加した。既に100億円を超える資金調達に成功し、民間独自での月への探査を計画している。月への着陸船のデザインを公表。同社は40年に月へ1000人が居住し、1万人が訪れる世界を作ることを目指して水資源に着目したビジネスを推進している。

 月は米国のアポロ計画の終了後、約50年間注目されていなかったが、世界的に再び注目度が高まっている。

 米国は、月面での持続的な探査活動の実現や将来の火星有人探査にもつながる技術の獲得の第一歩として、アルテミス計画と呼ばれる月面への有人着陸を目指したプログラムを推進している。政権交代により計画の推進に影響がでることが予想されているが、24年に女性宇宙飛行士を月へ着陸させ、その後、月面基地の建設を行うなどの月面開拓を進める計画である。

 アルテミス計画では民間との協力も重視されており、月版の宇宙ステーションである「ゲートウェイ」と月面との往復を行うHLS(宇宙飛行士を月面へ運ぶシステム)の開発では、民間からの輸送サービスの調達の実現を前提に、米電気自動車(EV)メーカー、テスラの創業者イーロン・マスク氏が率いるスペースXや、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏のブルーオリジンといった企業が開発企業に選定されている。また、北欧フィンランドの通信機器大手ノキアが4Gのワイヤレスネットワークを月面に構築する企業として選定されている。

 一方、中国は、20年に「嫦娥(じょうが)4号」により史上初の月の裏側(地球から見えない側)への着陸に成功し、探査車「玉兎(ぎょくと)」の走行にも成功した。また、嫦娥5号では、人類としては44年ぶりに米国、旧ソ連に次いで3番目の月からのサンプルリターンに成功した国となった。なお、嫦娥計画は03年にスタートした探査、着陸、滞在の3段階の計画であり、将来的には有人による長期滞在も視野に入れている。

 日本は19年にアルテミス計画への協力を表明していたが、20年7月に、ゲートウェイの居住モジュールの建設や物資補給、月面探査用の与圧ローバーの研究開発など、日本側の協力内容を具体化した協定を文部科学省と米航空宇宙局(NASA)とで締結した。

30年代に倍増目指す

 米国の衛星産業協会(SIA)によると、宇宙産業の経済規模は3660億ドル(約40兆円)と試算されている。

 一方、日本の宇宙産業の規模は、政府の統計によると、人工衛星やロケットを製造する「宇宙機器産業」と衛星放送や衛星データなどの宇宙アセットを利用した「宇宙利用産業」を合わせて約1・2兆円にとどまる。宇宙基本計画では、民間の役割拡大を通じ、宇宙産業全体の市場規模(約1・2兆円)を2030年代早期に倍増させることを目指すとされている。

 宇宙は、ビジネスとしての実現性に疑問を示されることも多かった。しかし、最近ではさまざまな宇宙ビジネスが「PoC(概念実証)」や実証のハードルを越えて事業化にさしかかる事例が増えてきており、実際のビジネスのフェーズに移行しつつある。

 ただし、「宇宙ビジネス」といっても、(1)人工衛星やロケットを製造、(2)ロケットによる打ち上げ、(3)衛星による観測やデータの提供や惑星の資源開発──といった多様な分野・形態があり、分野ごとに進捗(しんちょく)度が異なっている。

小型で安価な衛星

 人工衛星製造は、すでに三菱電機やNECなど大手企業が政府からの受託ビジネスを行っている。政府の衛星は安全性が重視され、高価で開発期間も長くかかるのが常であった。

 一方、小型で安価でほどほどの性能のものを短期間で大量に製造するといった新しい流れが生まれている。

 人工衛星製造に次いで軌道に乗っているのは、衛星データ利用の分野である。衛星が撮像したデータを解析することで各種の用途に利用するものであり、成長著しい。その理由として、二つの革新が挙げられる。一つ目は、小型で安価な衛星が大量に製造され、利用可能な衛星データの量が圧倒的に多くなったことである。もう一つは、データ解析の手法の進化とクラウドの普及による高度な計算能力が利用可能になったことである。

 代表例は、米国の宇宙開発ベンチャー、オービタルインサイトの事例である。小売店の駐車場を衛星から定点観測して来店状況を分析する情報を米金融情報大手のブルームバーグが採用し、経済指標として市場に提供している。また東京海上日動火災保険が、水害が発生した際に、さまざまな種類の人工衛星画像を取得し、複数の画像と、顧客データ(所在地や物件情報など)を組み合わせてAI(人工知能)が分析することで、水害の被害の範囲や浸水高を迅速に把握するというサービスを開始している。

「宇宙ゴミ」ベンチャー

 打ち上げサービスは、ロケットの開発には高度な技術が必要であり、三菱重工業や、IHIの完全子会社IHIエアロスペースなどが取り組んできた。

 この市場にも小型衛星打ち上げ専用のロケットによりスタートアップが参入している。日本では実業家の堀江貴文氏が参加しているインターステラテクノロジズなどが挙げられる。

 宇宙旅行は、人々を宇宙に運ぶための機体の開発が難航し、実験中の事故なども発生したためサービスインが遅れた。今年、米国のヴァージン・ギャラクティックがサービスを開始する予定となっている。

 宇宙空間利用については、米国では宇宙ホテルの実現を目指すアクシオム・スペースや、宇宙で3Dプリンターを活用し、NASAとの契約により小型の治具などの製造に成功しているメイドインスペースなどがある。日本では、「宇宙デブリ(宇宙ごみ)」の除去にビジネスとして取り組んでいるアストロスケール(東京都墨田区)、人工的に流れ星をつくる事業「スカイキャンバス」を推進するALE(エール)(東京都港区)などがある。こうした日本のスタートアップが、宇宙ビジネスで新境地を切り開く可能性もある。

(内田敦・三菱総合研究所フロンティア戦略グループ・グループリーダー)

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