週刊エコノミスト Onlineワイドインタビュー問答有用

“4度目の正直”=川森敬史・アビスパ福岡社長/840

    「家族の工務店で働いていた時に、お客さんのことを必死に考える習慣がつきました」 撮影=佐々木龍
    「家族の工務店で働いていた時に、お客さんのことを必死に考える習慣がつきました」 撮影=佐々木龍

     九州最大都市の福岡市を本拠地としながら、5年ごとにサッカーJ1リーグ昇格とJ2への降格を繰り返してきたアビスパ福岡。四たびやってきたJ1での戦いを勝ち抜くため、社長の川森敬史さんは経営の陣頭指揮を執る。

    (聞き手=元川悦子・ライター)

    「1年で降格を繰り返したジンクスを打ち破る」

    「年間強化費25億円の捻出へ短期的ロードマップを検討。全力で収入増やし現場を支える」

    J2最終戦を終え、サポーターとともに笑顔を見せるアビスパ福岡の選手たち=2020年12月20日、福岡市のベスト電器スタジアムで
    J2最終戦を終え、サポーターとともに笑顔を見せるアビスパ福岡の選手たち=2020年12月20日、福岡市のベスト電器スタジアムで

    ── 2020年シーズンはJ2で2位となり、J1昇格を果たしました。ただ、昨シーズンのJ1は新型コロナウイルス感染拡大のため降格チームがなくなった影響で、21年シーズンは下位4チームが自動降格となる厳しい戦いを強いられます。

    川森 今季は何としてもJ1定着を果たすべく、クラブ全体が一丸となっています。前回J1に昇格した16年シーズンのチーム人件費は約9億3700万円で、J1最多の浦和レッズの23億8100万円の3分の1程度でした。J2で2位になった20年も9億7800万円で、その規模での残留は非常に難しいと過去の分析・検証を踏まえて判断しました。(ワイドインタビュー問答有用)

     そこで、今季は17億円を投じる決断をしました。外国人8人を補強したほか、地元出身のMF金森健志選手をJ1サガン鳥栖から呼び戻すなど、日本人の選手層も厚くしています。22年1月期の売上高(営業収益)で26億円を見込む中、17億円のチーム人件費の捻出は大きすぎるという意見もあるでしょう。しかし、会社としては全力で収入アップに努め、現場を支えようとしています。

    ── 具体的には?

    川森 まず、J1昇格によってJリーグからの配分金が2億円ほどアップしたのは追い風です。同時にJクラブの3大収入源であるスポンサー収入、入場料収入、グッズの販売収入を増やさなければいけません。スポンサーに関しては首都圏営業を強化し、ユニフォーム背中の「DMMほけん」など新規パートナーに参入してもらっています。グッズ販売強化も含め、1年間戦い抜ける企業力を養うべく、全スタッフに号令をかけています。

    ── 入場料収入はコロナ禍で集客制限もあり、厳しそうですね。

    川森 ホームのベスト電器スタジアム(福岡市)の最大収容人員2万1562人に対して、今年4月時点では最大1万人までしか入場できません。感染状況によっては再び収容数が減る可能性もある極めて厳しい状況です。そこで3月にチケット価格の改定(値上げ)を決定し、ファン・サポーターの皆さんに自分の言葉を添えて発表しました。また、Jリーグが用意した価格変動制も導入しています。

    APAMANが支援

     九州最大都市、福岡市をホームタウンとするアビスパ福岡。Jリーグ開始から4年目の1996年、九州初のJリーグクラブとして参入したが、J1の01年シーズンで年間15位となってJ2に降格。その後、J2を勝ち抜いて06年、11年、16年シーズンと5年ごとにJ1で戦うも、いずれも1年で降格の憂き目を見た。四たび5年ぶりの昇格となった今シーズンは、まさに“4度目の正直”を懸けたJ1残留、そしてJ1定着を目指す戦いとなる。

    ── 川森さんはAPAMAN常務取締役でもあります。APAMANのサポートは?

    川森 非常に手厚いですね。今季は週2回ペースでオンライン会議を行って、意思疎通を図っています。また、アカデミーの寮の整備やグラウンドの人工芝の張り替えなど、地域貢献につながることを積極的に行ってきました。APAMANの大村浩次社長も、14年12月に発足したアビスパ福岡の後援組織「アビスパ・グローバル・アソシエイツ」(AGA)の議長となり、「地元のクラブのためにできることを最大限やる」という姿勢を強く押し出しています。その方向性は今後も変わりません。

    ── アカデミーからは日本代表のDF冨安健洋選手(ボローニャ=イタリア)も輩出していますね。

    川森 はい。彼は中学・高校と所属しましたが、もともと海外志向が強かったんです。そこで福岡県出身の立石敬之氏がCEO(最高経営責任者)を務めるベルギー1部・シント=トロイデンVVに18年1月に移籍し、19年夏にはイタリアへステップアップしました。今も帰国するたびに顔を出してくれますよ。立石氏には同年12月から我々の顧問(現エグゼクティブ・アドバイザー)に就任してもらい、強化・アカデミー・事業面のアドバイスをもらっています。

     不動産賃貸仲介・管理大手のAPAMANは、福岡県出身の大村社長が99年にアパマンショップネットワークとして創業。アビスパ福岡が経営危機に直面していた14年夏、APAMAN関連会社で福岡市に事業拠点を持つIT企業システムソフトが1億円の出資を決める。翌15年3月にアビスパ福岡社長に就いたのが、大村社長の右腕である川森さん。不動産業界に長年身を置き、プロスポーツとも縁はなかったが、大村社長の思いもくんでアビスパ福岡の飛躍へと並々ならぬ情熱を注ぐ。

    飛び込み営業を経験

    アパマンショップ柏店長時代の川森さん(左)=2000年5月 川森敬史さん提供
    アパマンショップ柏店長時代の川森さん(左)=2000年5月 川森敬史さん提供

    ── どんな幼少期を経て不動産の仕事に?

    川森 幼少期の生活は決して楽ではなく、東京都で祖母が経営する風呂なしアパートの一室に住む生活でした。埼玉県立川越工業高校卒業後は、実家の工務店などで新興住宅地にカーポートや塀などの設置を勧める営業の仕事などに就きました。飛び込み営業でしたが、バブル前で結構ニーズもあり、成績も悪くなかった。仕事やお客さんのことを必死に考える習慣が身に付きましたね。

    ── APAMANに入った経緯は?

    川森 家の換気や消毒などを手掛ける会社を経て、91年に東京都の不動産賃貸仲介会社エドケンコムズ(現Apaman Property)に入社します。それまでは戸建てに関わる仕事中心でしたが、バブルが弾け、「マンションやアパート管理の方が将来性があるな」と感じたのが入社のきっかけです。住み替えの手数料や管理料などの仕事というのは結果が見えやすい。店長にもなってチームマネジメントを任され、やりがいを覚えました。

     それから10年近くがたち、エドケンコムズがアパマンショップネットワークの出資企業の一つになると、「お前も勉強してこい」と送り出されて取締役に就任。そこで大村社長と出会い、フランチャイズビジネスの世界に入りました。アパマンショップ創業期は九州が営業地盤でしたが、全国1000店舗のネットワークを持つまでに成長しました。

    ── その後、アビスパ福岡の経営に参画し、川森さんが社長に就くことになります。

    川森 アビスパ福岡は14年1月期に2期連続の最終赤字、また約2800万円の債務超過となってJリーグに加盟するクラブライセンスの剥奪危機に直面していました。私が社長になったのは、APAMANで当時、マーケティング分野を担当しており、アイドルグループ「AKB48」のキャンペーンなどエンターテインメント事業に関わっていたので、大村社長は「適任」だと考えたのかもしれませんね(笑)。

    ── 経営再建にどこから着手したのですか。

    川森 我々フロントは営業スタッフを増員し、1年間でスポンサー数を186社から1000社超まで増やしたほか、コスト削減など一般の会社同様に一つ一つ改善に努めました。が、収支計算だけでは勝利に直結しないのがプロスポーツの難しさ。現場と意思の共有を図らないと勝てる集団にはなりません。そこで15年からは強化部長にも経営会議に出席してもらい、クラブ予算や事業方針への理解を促しています。

     ただ単に「頑張っている」というのではなく、目標や結果を可視化できるようにしたのは大きかったと思います。しかし、まだまだやるべきこと、やらなければならないことはたくさんあります。

    ── 地域との関係も重視したそうですね。

    川森 はい。まず大きいのが自治体からの支援です。福岡市が保有するベスト電器スタジアムには19年のラグビーW杯開催時、2基目の大型カラービジョンの設置やスタジアム照明のLED化のほか、座席の個席化(ベンチシートから1席1席が独立した座席への変更)なども講じてもらっています。もう一つはAGAの存在。地元企業経営者や福岡青年会議所の会員・OBが名を連ね、垣根なく応援してもらえる土壌があります。

     こうしたさまざまな支援や応援があってこそアビスパは存続でき、J1にも上がれました。選手も重要性を理解していて、試合時に一礼してピッチ練習に入ることで感謝を表現しています。今はお辞儀の角度や一社会人としての人間力向上研修など選手教育も月1回ペースで行っていますが、愛される存在であり続ける必要があると改めて痛感しています。

    ホークスの存在感

     アビスパ福岡は21年シーズン、4月18日現在で3勝4分け4敗の勝ち点13と、J120チーム中暫定11位につける健闘を見せる。ただ、「年間運営費(営業収益)100億円のクラブを目指したい」と社長就任時に語った川森さんの理想は高い。過去に3ケタの大台を突破したのは、楽天が母体のJ1・ヴィッセル神戸だけ(19年)。長引くコロナ禍の中、Jリーグ各クラブの経営は冬の時代に突入している。まずは「年間運営費50億円・強化費25億円」をJ1定着ラインと位置づけ、日本、アジアを代表するクラブへの道筋を描く。

    ── 「100億円クラブ」という壮大なビジョンに向けての具体策はありますか?

    川森 今年から欧米のプロスポーツに見識のあるコンサルティング会社アクセンチュアに戦略パートナーとして入ってもらい、強化費25億円を捻出できるようにするべく、短期的ロードマップを検討する方向です。J1で恒常的に戦うにはそのくらいの規模がどうしても必要。19年のJ1・FC東京や横浜F・マリノスと同等の規模になります。

    ── いずれもタイトル獲得経験のある強豪クラブですね。

    川森 そうです。そこに近づくには、スポンサー営業では単価を上げないといけない。加えて新ビジネスもスポンサー企業と共同で見いだしていく必要があります。例えば、地元の日本パーク社と一緒に始めたのが、福岡市とその近郊で現在11カ所99台分が稼働している「アビスパ福岡サポートパーキング」。コインパーキングが利用されると、その料金の一部がアビスパ福岡の強化資金に充てられる仕組みなんですよ。

     日本パーク社は事業エリアが我々のホームタウンである福岡市とも合致しているので、これからさらなる拡大を期待している事業の一つです。その他にも、売り上げの一部がアビスパ福岡の強化資金となる自動販売機も展開していて、「電気・ガス・水道・アビスパ」のように、地域に不可欠なインフラとして収益構造を強化できれば理想的ですね。

    ── 福岡は野球人気が高く、プロ野球・福岡ソフトバンクホークスが圧倒的な存在感を放っています。

    川森 同じプロスポーツという意味では競合するかもしれませんが、私は福岡にはプロスポーツを応援する素地があるということと前向きに捉えています。これからはホークスや、福岡市が本拠地のプロバスケットボールBリーグ・ライジングゼファー福岡など他のスポーツ団体ともコラボレーションして成長していければと考えています。多くの地域住民の期待に応えるためにも、今季はとにかく目標であるJ1リーグ10位以上が最低限の目標。1年で降格を繰り返したジンクスを何としても打ち破りたいですね。


     ●プロフィール●

    川森敬史(かわもり・たかし)

     1965年11月、東京都渋谷区出身。埼玉県立川越工業高校を卒業後、84~89年は工務店で営業などを担当。その後、91年に不動産賃貸仲介のエドケンコムズ(現Apaman Property)に入社、賃貸営業に初めて携わる。2003年10月アパマンショップネットワーク(現APAMAN)入社。04年10月常務取締役。14年にAPAMAN関連会社のシステムソフトがアビスパ福岡の増資を引き受けて筆頭株主になったことに伴い、15年3月からアビスパ福岡社長。

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