ソフトバンク5兆円の利益でも満たされない孫正義氏が決算会見で吐露した「創業地の踏切前」で夢見た原点回帰の風景
ソフトバンクグループは2021年3月期の決算で、日本の上場企業で史上最高となる最終利益4兆9876億円を計上した。トヨタが2018年3月期に記録した2兆4939億円の2倍にあたる。新型コロナウイルス感染拡大に伴う世界の株式市場急落で、2020年3月期に1兆3646億円の営業赤字を計上したところから一転、コロナ禍の世界的金融緩和に伴う株式市場の上昇相場に乗ったのである。
にもかかわらず、孫正義会長は満たされていないようだ。
始まりは40年前のセピア色の写真
決算会見の冒頭。スクリーンに、セピア色をした踏切の写真が映し出された。そして孫氏は、かの有名な創業時のエピソードについて語り始めた。
1981年、成功を目見て福岡市の西日本鉄道雑餉隈(ざっしょのくま)駅近くに事務所を構えた。「この踏切の手前で、カンカンカンカンという音が鳴りやんで踏切が開くんですが、踏切の向こうには雑餉隈の駅があります。そのさらに向こうには博多駅があり、さらに向こうには東京駅がある。踏切の向こうには夢がある」と毎日、自身を奮い立たせた。ある日の朝礼で、孫氏はこう切り出す。「いつか必ず、売上も利益も、1兆、2兆……と豆腐のように数えられる会社にしてみせる」。その1週間後に、2人の社員が辞めていったのである。
スクリーンの前で、孫氏はこう続けた。「『何を言っているんだ、この男は。おかしいんじゃないか』と思うのが、普通の人の感覚だろう。でも私はいたって真面目だった」。そして、兆円単位の売上、利益を実現した21年3月期決算について、説明し始めた。
創業以来最悪の赤字から日本最高益になったが…
20年3月期決算で、過去最大の営業赤字に陥った。同年8月の決算会見では、戦国時代の馬防策のイメージ映像を前に、負債の圧縮や自社株買いなどの経営改善策について説明した。
方や創業以来最悪の営業赤字、方や日本企業の史上最高益と、状況は真逆だが、決算時の孫氏の心象風景が映像に表れている。
「10兆円でも満足しない」
夢にまで見た兆円単位の利益を実現したにも関わらず、孫氏は「5兆円や6兆円で満足する男ではない。10兆円でも満足しない」と付け加えた。
巨額の借入金を元手に大型の買収・投資を繰り返し、成長してきたソフトバンクグループ、孫氏のビジネスモデルが「完成」する日は訪れるのか――。
投資会社のボラティリティの高さは、孫子自身が認めている。20年3月期の過去最悪の営業赤字も、21年3月期の日本最高益も、株式市場の動向に左右された結果だ。
この事実を端的に示しているのが、ソフトバンクグループ自身の株価だ。
ソフトバンクの企業価値を冷徹に見る市場
孫氏が経営指標とする時価純資産(NAV=ネット・アセット・バリュー)は、前期比4兆4000億円増の26兆1000億円で、1株当たり1万5000円を超える。だが3月末のソフトバンクグループの株価は約9300円と、それを下回った。
決算発表翌日の5月13日以降は一時、8400円を切っていた。自社株買いが今期未定という点が嫌気された側面もあるが、大きな要因はインフレ懸念に伴う米株式市場と東京株式市場の急落だろう。投資会社ソフトバンクグループは市況に常に翻弄され、市場は同社の企業価値を冷徹に見ている。
「株価は安すぎる」と愚痴
孫氏もこの点は意識しているようだ。
日本最高益を記録してもふけ上がらない自社株について、「一時益だから、評価は低いんだろう」「平たく言えば、株価が安すぎる」と会見で愚痴をこぼした。
そして、20年3月期決算で「弱点」と指摘された「投資の失敗」や「投資機会の見逃し」、「組織の弱さ」などについて、投資家をなだめるかのように、一つ一つ律儀に弁明してみせた。
アリババ一本足打法からの脱却
そのひとつが、保有するアリババ・グループ・ホールディング株への依存度低下のアピールだ。アリババはこの1年間、中国当局との軋轢によって株価が振るわず、ソフトバンクグループにとって、「チャイナ・リスク」が無視できなくなっていた。
孫氏は「NAVは(略)ほんの半年ぐらい前はアリババが6割ぐらいを占めている時期もあった。『ソフトバンクはアリババ一本足打法だろう』と多くの方にご批判いただいていた」と述べ、現時点でアリババが占める割合は43%に低下していると説明した。
利益貢献したのは韓国EC大手のIPO
アリババへの依存度が下がったのは、ソフトバンクグループが出資していた韓国のEC大手「クーパン(coupang)」の新規上場(IPO)が大きい。この1社のIPOだけで、ソフトバンクグループは2兆5000億円の利益を上げ、NAV増加に貢献した。アリババ以外の投資先のIPOの成功により、孫氏の投資家としての目利きの再評価にもつながった。
成長の歯車を逆回転させる“金融緩和”
ソフトバンクグループは「金の卵の製造業」を目指すという。人工知能(AI)の分野を中心に投資先を増やし、安定的な収益を上げる戦略だ。
ただ、その道は険しい。
金融緩和に伴う株式市場の活況やIPOラッシュは、ここにきて陰りを見せている。ファンドに比重を置けば置くほど、ソフトバンクグループの潜在的なリスクが膨らみ、成長の歯車がいつまた逆回転するか分からないという懸念が生じる。
それでも絶対に天下りを受けないソフトバンク
決算会見の最後の質疑で、孫氏は唐突に、「ソフトバンクグループは、監督官庁からの天下りを絶対に受け入れない」と述べた。年間数千万円の報酬を受けているとされる天下りについて「もっと非難されるべき人的癒着、人的賄賂だ」となじった。
それは前人未到の道を探る投資家孫正義が、既成の体制に挑み続けて風穴を開けてきた事業家孫正義の顔を覗かせたように見えた。かつて踏切前で夢見た場所にも、兆円単位の企業経営を実現した先には、孫氏の求めるものが見つかっていない。天下り批判は、既存の体制に挑んでルールを変え、事業を拡大してきた孫氏による原点回帰宣言にも聞こえた。
(後藤逸郎・ジャーナリスト)