「一本足打法と揶揄されてもスーパードライは主力」と語るニッカウヰスキー出身の勝木敦志アサヒグループホールディングス社長
アサヒグループホールディングス(GHD)の社長に3月就任した勝木敦志氏は、子会社出身。コロナ禍という嵐をついての船出だが、どうかじ取りしていくのか。(聞き手・構成=永井隆)
--コロナ禍がビール業界を直撃する、難しい時期での登板となりました。率直ないまの気持ちは?
■勝木 むしろ、やりがいがあると、受け止めています。先の読めない環境で、創意工夫しながらやっていくのが、そもそも経営ですから。厳しい環境でも、前向きにやっていきます。
「サラリーマン人生は終わった」と覚悟した20年前
--勝木さんは、子会社のニッカウヰスキー出身です。また、M&A(企業の合併買収)、さらに海外事業に精通している。自身が社長になると考えていましたか。
■勝木 自分は社長になると、意識していました。小路(明善・前社長)や泉谷(直木・前会長)から、「常務になったら、いつでも社長になる準備をせよ」と言われていました。2020年に専務兼CFO(最高財務責任者)、さらに翌月には兼務で日本統括本部長になりましたから、何も考えなかったらバカです。社長になるための準備だと考えていたのです。
いまだから話しますが、ニッカがアサヒビールに完全子会社化される前日の01年3月31日、私はニッカの仲間4、5人と場末の酒場で、悲しい酒を飲みました。「明日からアサヒで働く俺たちは、廊下の端っこを歩くことになるだろう」「自分たちのサラリーマン人生は終わった…」、と。
「拍子抜けするほど溶け込めた」
--子会社や被買収会社の人は、どんなに優秀でも立場が弱くなることは、日本の企業社会では暗黙知としてよくあります。
■勝木 私は41歳になったばかり。アサヒに移ったところ、普通に迎えてもらえたのです。拍子抜けするぐらい普通に。なので、すぐに溶け込むことができた。
--それはどうしてですか?
■勝木 ビール商戦が過熱した1990年代に、アサヒは中途採用を積極的に行いました。金で設備は買えても、特に営業マンがいなければどうにもなりません。97年以降、証券会社や銀行、保険会社が相次ぎ破綻し、優秀な人を採用しやすい環境にもあった。こうして、アサヒはダイバーシティー(多様性)が自然に醸成されていた。なので、私たちの心配は杞憂に終わる。あの夜、一緒に飲んだ仲間のほとんどは、いまも元気に働いています。
「母国市場の日本を重視していく」
--130年を超える歴史を持つアサヒにとっては、異例のトップ人事です。が、それだけM&A(合併・買収)や海外事業に注力していくのだと、思えます。アサヒをどうかじ取りしていくのでしょうか。
■勝木 まず日本ですが、少子高齢化が続くため、かつてのような市場の拡大は望めません。ただし、母国市場である日本を重視していく方針は変わらない。
ビール類(ビール、発泡酒、第3のビール)は酒税改正が昨年10月に始まり、23年10月、そして最終的に26年10月、3層の税率が一本化されます。アサヒが強いビールはこれからも減税されるので、”一本足打法”と揶揄されても主力のスーパードライを中心に展開していきます。
スーパードライはお祭りやお花見などの”晴れの日”に飲まれるケースが多く、昨年はほとんど家庭で消費される缶でさえ、(19年比で)5%も減少した。昨年10月の減税以降、缶は前年比を上回っていますが、コロナ禍の影響を受けているのは否めません。
「家飲み」に照準当てた新商品
--缶の蓋を開けると泡が次々に発生するスーパードライ「生ジョッキ缶」が、4月に発売と同時に売り切れました。コロナ時代の”家飲み”需要にマッチしたのでは。
■勝木 我々の予想を超えて、大きく”バズ”りました。20代、30代、そして女性のお客様に飲まれたのは特徴です。ビールを飲んでいない人は実は多く、打ち出し方によってはビールは伸びる余地があると考えます。5月に始めた家庭用生ビールサービスも好調。これは、スーパードライのミニ樽を毎月2回、自宅に定期配送する、いわゆるサブスクの会員制サービスです。
26年に酒税が一本化されても、低価格なビール類を求めるニーズは間違いなくある。消費はより多様化していきますから、低価格商品や、健康志向の発泡酒など商品ポートフォリオを充実させたい。
飲食店へのリベートはコロナで見直し
--コロナ禍のいまは家庭用に注力していますが、業務用については。
■勝木 ビールが大半を占める飲食店向けの業務用は大打撃を受けています。3度目の緊急事態宣言が延長されるなど、飲食店はいま本当に厳しい状況にある。ワクチン接種の進展を待つしかありません。ただし、コロナ禍が収まってもコロナ前の姿には、完全には戻らないでしょう。19年、アサヒのビール類に占める業務用比率は31%でしたが、20年は21%に激減しました。コロナを経て、数量は減っていき、飲食の業態も変化していくはずです。飲食店へのリベート(販売奨励金)も、実績に応じて払う形に見直していきます。
ビールの販売数量は今後も公表せず
--アサヒは20年から「過度なシェア競争を避けるため」として、販売数量の公表をやめました。ビール類市場が縮小しているだけに、消費者のビールへの関心度を減らしてしまうのでは。
■勝木 そもそも、数値をしっかりと公表している業界が、他にありますか?
--自動車があります。ユーザーの税負担が高いという点でビール類と共通します(酒税は国税、自動車税は地方税)。ユーザーは高い税金を払っているのだから、実態を知る権利があります。数字を出さないのは無責任では。
■勝木 まず、会社の評価としては数量だけを追い求めるのは、弊害ばかりになってきています。(20年で)16年連続してビール類市場が縮小した、といった報道は、消費者にどう受け止められるのでしょうか。
消費も、ビジネスも多様化しています。ボリュームだけで、社会から評価をもらうのは、正しくないと判断しています。国際的な比較でも、(ビールの数量を)公表している国は、そう多くはありません。これからも公表はしません。
--(20年に業界2位に落ち)首位復帰ができないからでしょうか。
■勝木 それは違います。
売上の4割は海外
--一方海外ですが、アサヒは16年に西欧で約2900億円、17年に中東欧で約8700億円を投じて複数のビール事業を買収しました。20年には豪州でも約1兆1400億円で最大手のビール会社を買収しました。豪州は勝木さんが担った。20年でグループ売り上げの約4割を占める海外事業については。
■勝木 20年に、欧州と豪州のそれぞれで事業統合を行いました。日本を合わせた三極を中心に事業の質を高めていく。ワクチン接種が進んでいる、例えば英国などはパブに人が戻ってきています。日本よりも回復は早い。
「世界で2億箱を目指す」
--スーパードライのグローバルブランド化をどう進めるのか。ハイネケンやバドワイザーの牙城に割って入れるのでしょうか。
■勝木 スーパードライは、プレミアム戦略で打って出ています。一流のホテルやパブ、レストランを中心に最高価格で提供するビールとして展開中です。20年にはローマ工場でも現地生産を始めた。高級店でまずはスーパードライを飲んでもらい、やがて自宅でも飲んでもらう、という戦略です。
早ければ24年には世界で2億箱(1箱は大瓶20本=12.66リットル)を売っていきます。国内と海外で、1億箱ずつを目指す(スーパードライの昨年の国内販売数量は6517万箱で前年比22%減。1億箱は16年の水準)。
ラグビーワールドカップ2023フランス大会の最高位のスポンサーになり、スーパードライがオフィシャルビールとなったのは追い風です。19年日本大会まではハイネケンでしたが、競技会場周辺のビール消費量は信じられないくらいに大きかった。世界中のビール大好きのラグビーファンが、フランスではスーパードライを飲むのです。波及効果は大きい。
次のM&Aは2024年
--今後のM&A(合併・買収)やウイスキーは。
■勝木 M&Aも24年あたりから、次を考えていきたい。
大掛かりなM&Aを行ったため有利子負債が膨らんでいますから、いまは動きません。
ウイスキーは世界的なブームのなか、ジャパニーズウイスキーは海外で絶大な人気を博し、まさにグローバルブランドです。しかし、ニッカも原酒不足に陥っています。19年に設備増強しましたが、どうしても熟成に時間がかかる。原酒不足解消はまだ“数年”はかかるでしょう。
投資ファンドとの訴訟で勝ち取った201億円の和解金
--サラリーマン生活で、一番心に残っていることは。また、社員に伝えたいことは何ですか。
■勝木 豪州で投資ファンドを相手に訴訟を起こして約201億円の和解金を(14年に)勝ち取ったことです。泣き寝入りをせずに、断固として戦った。国際社会で筋を通しました。
社員に対して言いたいのは、失敗を恐れずにいてほしい、ということ。前向きな失敗を、私は責めませんから。
アサヒはスペシャリストの多い会社です。小さなニッカで、経理、営業、経営企画と何でもやった私は、アサヒで重宝される。新しいことをやり、仕事は面白くなりました。アサヒはダイバーシティー経営を進めていくので、欧州や豪州で働く優秀な社員を、日本本社の幹部に登用していきます。上司が外国人女性というケースも、珍しいことではなくなるでしょう。
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