経営者はなぜ「隠ぺい」が好きなのか? 経営トップの不祥事を封じる手立てがない日本で起きたオリンパス事件、積水ハウス地面師事件、東芝問題
不祥事続きの東芝で露わになっているのは、ガバナンスがすっぽりと抜け落ちたことで引き起こされた日本の資本主義の未熟さだった。
「(2020年7月の)定時株主総会が公正に運営されたものとはいえないと思料する」
6月10日に公表された東芝の第三者委員会による報告書は、東芝は経産省と一体となって一部のアクティビスト(モノ言う株主)が株主提案権の行使を妨げるため行動したこと、また一部のファンドの議決権を行使しないように行動し、不当な影響を与えようと画策していたことを明らかにした。
菅義偉首相の意向を組んだ官邸や経産省の一部の官僚と結託した車谷暢昭社長が、株式会社の最高意思決定機関である株主総会の決議を歪めようと、なりふりかまわず行動する。過去の不祥事を見ても、このようにガバナンスを無視して不正を働いたとき、その背後には必ず経営者が何かを隠蔽しようとする思惑が存在した。
筆者はそうしたガバナンス軽視の姿勢が、日本企業が不祥事を繰り返すことを容認し続ける原因だと感じている。
積水ハウスの地面師事件で露わになった社長の「保身」
筆者はこの5月、『保身 積水ハウス、クーデターの深層』を上梓した。
地面師と呼ばれる土地取引に関わる詐欺師たちに55億5900万円を騙し取られた積水ハウスは、その後、新旧会長の内紛に激しく揺れた。
詐欺被害の原因である杜撰な審査と取引とにおける不正の責任を問われたのは、当時、社長の阿部俊則氏だった。しかし、阿部氏はこれを正そうとする当時の会長の和田勇氏に対してクーデターを起こし、和田氏を解任した。
実権を握った阿部氏は、地面師事件の経緯を詳細に分析した結果として阿部氏の責任を指摘した「調査報告書」を、隠ぺいする。それから2年後の2020年4月の株主総会で、和田氏らはガバナンスを軽視した阿部氏を糾弾する株主提案を行った。
それは日本のコーポレート・ガバナンスの不備の数々を浮き彫りにするものだったが、経営側が圧倒的に有利に展開した多数派工作の前に、和田氏の提案は敗れ去った。
この経緯をつぶさに取材した筆者は、そもそも多くの日本人の株主そして一般国民が、コーポレート・ガバナンスについてほとんど知識を持っていないという現実に行き当たった。
それ以来、企業不祥事の深淵には、一般株主のガバナンスの無理解を利用して不正を働き、また隠ぺいしようとする経営者の「保身」が常に付きまとっていると、強く意識するようになったのだ。
オリンパス事件と東芝問題の違い
前例は枚挙にいとまがない。
2011年、オリンパスが長年隠し続けた粉飾決算を知った当時の社長のマイケル・ウッドフォード氏は、不正を正そうと行動した途端、それを隠蔽し続けたい当時の会長らが主導した取締役会で解任された。その後、報道などによって粉飾決算が明るみとなり、会長らは逮捕された。
今回の東芝騒動でも、株主総会の議決が歪められたとする「調査報告書」を第三者委員会が提出する前に、同社の監査委員会が主導する調査で「問題なし」という経営側に寄り添った結論が出されていた。
経営者の懇意の法律事務所に調査を依頼し、客観性を欠いた報告書が作られた背景には、東芝経営陣にとって有利な結論を導き出そうとする思惑があったに違いない。 しかし、彼らは、自己に有利になるように作成された調査報告書までもを非開示とした。そこにも、東芝と経産省との間に株主総会を巡り綿密なやり取りが行われていたことが示されており、日本経済新聞の報道(6月24日付電子版「東芝、もうひとつの調査報告書が示す教訓」)では、その記載内容を隠蔽したいという東芝役員の思惑が非開示決定の裏にあったことが指摘されている。
不正が立証されなかった積水ハウスの地面師事件
オリンパスや東芝の経営上の不正は当局の捜査や第三者委員会の調査や報道によって明るみにされたが、積水ハウスの地面師事件は会社側の不正が当局などの捜査で明確に立証されたわけではない。
しかし、筆者が取材した結果、地面師事件は社長が杜撰な稟議決裁を主導したことなどから社内で社長案件と認識され、さらに現場が取引相手を詐欺師と認識していたにもかかわらず、取引が実行されるという信じられない経過をたどったことが分かっている。
その詳細は拙著『保身』に譲るが、事件を「社内に貯まった膿が噴出した結果」と指摘した社外監査役が委員長を務める調査対策委員会は、明確に社長の阿部氏の責任を指摘した。その不正を正そうと行動した会長の和田氏を解任し、自信の責任が明記された調査報告書を隠蔽した阿部氏の行動は、筆者にはまさに「保身」と映ったのである。
企業法務の第一人者が痛感「経営トップの不祥事を封じる手立てがない日本」
なぜ日本の企業不祥事では、経営者の「保身」が浮き彫りになってしまうのか。
和田氏の株主提案で取締役候補の一人だった加藤ひとみ氏に取材したところ、日本の経営者がコンプライアンスから最も遠い存在であることが見えてきた。
これまでも、日本の大手企業では、不祥事を未然に防ぐための内部通報制度などの諸制度が整備されてきた。
そうした制度を担う実務者団体のひとつである「経営法友会」で加藤氏は企業法務の制度設計を担ってきた。
しかし、こうしたコンプライアンスのための諸制度は「せいぜい課長クラスまでの不正を未然に防ぐ機能しか持ちえない」と加藤氏は言う。
「03年に、経営法友会で内部通報のガイドラインを作成する委員会のメンバーを務めました。従業員たちの犯す不祥事については、未然に防ぐ仕組みを作ることができたと自負しています。しかし、未だに解決を見ない問題は、経営トップの不祥事を封じる手立てがないことです。積水ハウスで起きていることは、まさにこの問題でした」
内部通報制度が機能しない現実
加藤氏は続ける。
「当時の議論で最後の最後まで解が見つからなかったのは、当事者が経営トップに近ければ近いほど、内部通報制度は働かないということです。たとえば、社長の不正を通報しても、内部通報の窓口が経営トップに報告すれば、その場で握りつぶされてしまうでしょう。人事権を含む強大な権力を持っている社長に、不正の内部告発があったと追及できる人もほとんどいない。つまり、内部通報制度は、経営トップの不祥事には対応できなかった。そして今も、経営トップを監視する仕組みを、日本企業は持ってはいないのです」
経営トップを監視する仕組みこそコーポレート・ガバナンス
加藤氏がこれまで培ってきた企業法務の実務的知見から、企業不祥事を完全に防ぐには、株主による経営監視の仕組みが必要なことは明白だったのだ。
そのためになすべきことは、ただ一つである。株主によって選任される取締役(特に社外取締役などの独立役員)が、経営トップから独立して経営を監視する仕組み、つまり、コーポレート・ガバナンスを徹底することだったのである。
ところが東芝のように外形的にはコーポレート・ガバナンスの諸制度を先駆的に取り入れてきた企業においても、未だに経営トップが不正を働き続けている。ましてや東芝では今回、社長だけでなく経営を監視するはずの社外役員までもが、その不正に加担していった。
日本ではなぜ、こうしたことが執拗に繰り返されるのだろうか。(藤岡雅・ライター)
(後編に続く)日本の経営者にはびこる「無責任の体系」、日本の未熟な資本主義の末路を予言していた小室直樹氏