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経済・企業

原発から脱却し、リチウムイオン電池のセパレーター製造装置で世界シェア7割を獲得していた日本製鋼所

日本製鋼所発祥の地である室蘭製作所(現在は子会社である日本製鋼所M&Eの室蘭製作所
日本製鋼所発祥の地である室蘭製作所(現在は子会社である日本製鋼所M&Eの室蘭製作所

 かつて原発関連銘柄の代表格とされ、東日本大震災を機にエネルギー政策の転換で業績が悪化した企業がEV(電気自動車)やパワー半導体の関連企業として復活の狼煙を上げている。

兵器産業として戦前に設立された「アーム」

 今から114年前の1907年。日本製鋼所は北海道炭礦汽船、英アームストロング・ウイットワース社、英ビッカーズ社の3社共同出資により、北海道室蘭市に設立された。

 当初は国産兵器の開発のため、先進国からの技術導入などが目的だった。

 現在でもミサイル発射筒の設計・製造などを手掛けている。株式市場では日本製鋼所は「アームのにほんせいこう」と呼ばれる。「にほんせいこう」という会社にはベアリングの「日本精工」やアンチモンを手掛ける「日本精鉱」もあり、かつて、場立ち(証券取引所の立会場で、手でサインを使って売買注文を伝える証券マン)が手作業で売買していた時代には、売買注文を出す際に銘柄を間違えやすい。

 そのため、各銘柄を間違えないように、日本精工は「こめこう」(精の字が米ヘン)、「日本精鉱」は「ぼろこう」(アンチモンの俗称のボロンコウが由来)という。アームは設立当初のアームストロングに由来している。

 同社株の歴史を物語るエピソードといえよう。

セパレーターフィルムの製造装置の設計を担当したのが宮内直孝現社長
セパレーターフィルムの製造装置の設計を担当したのが宮内直孝現社長

原発の圧力容器で世界最大

 総合樹脂機械メーカーの世界大手。かつては火力・原子力向け鋳鍛鋼が主力だったが、産業機械向けに経営の舵を切っている。「産業機械事業」ではプラスチックの成形機、フィルムシート装置、液晶パネルなどのFPD(フラットパネルディスプレイ)装置などに展開。また、鋳鍛鋼、圧力容器などに使われるクラッド(複合)鋼板・鋼管などの「素形材・エンジニアリング事業」も手掛けている。

 株式市場で同社の名前を知らしめたのは室蘭製作所で作られていた原子力発電用の圧力容器。

 原子炉に使用される鍛鋼部材で、高品質な世界最大規模の鋼塊から、一体型で製造している。

90年代は世界シェア5~6割

 絶対的な安全が求められる部材で、鋼の部品を鍛造する技術を有する企業は少なく、1990年代の世界シェアは5~6割ともされている。原発業界では「ムロランが止まれば、世界の原発が止まる」ともいわれていたという。

 2000年代にはクリーンなエネルギーとして原発の評価が高まり、同社も生産能力の増強に追われた。同社株式の上場来高値は08年6月の1万2125円(株式併合などを考慮後)だ。

 同社の過去最高営業利益は09年3月期の366億円を記録している。

3・11で一変し株価は10分の1に

 ところが2011年3月11日の東日本大震災で状況は一変した。

 原発の歴史的な事故を背景に、原発部材で国内向けの売上高は消滅。海外でも欧州を中心に風力発電再生エネルギーに舵を切っていく。

 室蘭製作所も減損などに追われ、17年3月期までは3期連続の最終赤字を余儀なくされている。

 コロナ禍もあって、株価は20年3月には906円と高値から10分の1以下に叩き売られている。

リチウムイオン電池のフィルム製造装置に舵きり

 こうした中、同社では産業機械分野に経営資源を集中し、構造転換を進めてきた。自動車向けのプラスチック射出成形機などへ注力してきたのだ。そこで利益を出し始めたのがリチウムイオン電池用のセパレーターフィルム製造装置だ。

 リチウムイオン電池は、正極、負極、セパレーター(絶縁材)、電解液の4つからできている。セパレーターは正極と負極の接触を防ぎつつイオンを通す役割を担う樹脂製のフィルムだ。

 実は開発段階でセパレーターフィルムの製造装置の設計を担当したのが宮内直孝現社長だ。

今度はセパレーター製造装置で世界シェア7割に

 リチウムイオン電池は1991年に市場に出て、2006年からEVに搭載された。「セパレーターフィルム製造装置は2010年くらいから定期的に出るようになり、2015年から商業ベースに乗るようになった」と宮内社長はいう。

 セパレーターの大手は日本企業がかつては強かったが、中国や韓国のメーカーが台頭している。

 ただ、その中韓メーカーでも、セパレーターフィルムの製造装置は多くが、日製鋼製が採用していると推測される。

 大手調査機関によれば同社のセパレーター用のフィルム製造装置では世界シェアが7割に達しているとしている。

 どのメーカーが売り上げを伸ばしても、同社が恩恵を受ける可能性が大きい。

中韓の追随は困難

 利益率も高いとみられる。強さの秘訣については「製造にはプラスチック材料と油を混ぜるのだが、この配分がポイント。国内の取引先から次々と新しい課題を与えられ、鍛えられた。長年のノウハウがある」(宮内社長)としている。技術的には今のところ中韓などのメーカーが追随することは困難とみている。

パワー半導体の高性能化を実現する窒化ガリウムの結晶(写真提供:三菱ケミカル、日本製鋼所)
パワー半導体の高性能化を実現する窒化ガリウムの結晶(写真提供:三菱ケミカル、日本製鋼所)

半導体の高機能材料でも量産にめど

 一方、同社と三菱ケミカルは先ごろ、共同で窒化ガリウム(GaN)単結晶基板を生産できる初の量産実証設備を完成したと発表した。

 EVの急激な普及で注目される半導体の高機能材料だ。

 日製鋼の子会社である日本製鋼所M&Eの室蘭製作所構内に竣工した。

 21年度にかけて量産に向けた実証実験を行い、22年度当初からの市場供給開始を目指すとしている。

 GaNは現在半導体の主流になっているシリコン(ケイ素)に比べて10%程度消費電力が減らせることができ、さらに高効率や高耐久性に優れている。

 将来的にはモーターや照明などの制御や電力の変換を行う半導体であるパワー半導体用途が期待される。

原発の圧力容器で培った製造技術を展開

 ここには原発の圧力容器向け部材で培った技術が活かされている。

 日本製鋼所M&Eはかつて原発の圧力容器を作っていた室蘭製作所を分社化した企業だ。

 同社では人工水晶製造用の圧力容器を製造しており、グループ子会社では30年にわたり人工水晶を製造してカメラメーカー各社に光学部品として納入するなど、設備の設計・製造と結晶製造技術の双方に強みがある。

 不純物の混入を抑えて、欠陥や歪みのない高品質なGaN結晶は、同社の圧力容器の歴史があったからこそできた製品ともいえる。

低コスト製造に自身、まずは5G向けで量産

 三菱ケミカルとの間では、透明で結晶欠陥が極めて少ないGaN基板の低コスト製造技術の共同開発に成功しており、試験設備では均一な結晶成長も確認しているという。

 宮内社長は「GaN結晶の製造法はいくつかあるが、当社の手法は歩留まりが高く、その分コストを下げやすい」と自信を見せる。

 21年度にかけて量産に向けた実証実験を行い、22年度初頭からの市場供給開始を目指している。

日本製鋼所の宮内直孝社長
日本製鋼所の宮内直孝社長

見えてきた営業利益300億円の復活

 GaNはまず青色ダイオードや高周波デバイスとしての活用を見込む。高周波デバイスは高速通信規格「5G」向けに使われるとみられる。

 注目されるパワー半導体素材向けはその後の供給となりそうだ。GaNを使う次世代パワー半導体では、現状のケイ素を使ったものよりも高性能で、省電力が可能になると期待されている。

 同社では26年3月期を最終年度とする中期経営計画で営業利益270億円を目指している。

 09年の最高益366億円には届かないが、プラスチック加工に加えて、セパレーターフィルム、GaNなどへの事業構造転換は着実に進展。株価も戻りを試す展開になる可能性がありそうだ。

(和島英樹・ジャーナリスト)

初出:原発依存から脱却し、脱化石のあの素材で世界トップを勝ち取った日本製鋼所の変身

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