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週刊エコノミスト Online インタビュー

先進国が認めたがらないインフレを巡る「不都合な真実」(サンフランシスコ連銀総裁インタビュー・前編)<動画も公開中>

インタビューに答える米サンフランシスコ地区連銀のデイリー総裁
インタビューに答える米サンフランシスコ地区連銀のデイリー総裁

米国経済の力強い回復が鮮明だ。景気の変動を示す米就業者数や消費者物価指数はいずれも市場予想を上回る高い伸びだ。ただ、新型コロナウイルス禍からの急激な回復に高い関心が集まる熱狂の中で、経済のグローバル化によるインフレ押し下げの構造は改善していない――。米サンフランシスコ地区連銀のメアリー・デイリー総裁が7月14日(米国時間7月13日)、オンラインでインタビューに応じた。その内容を2回に渡ってお届けするとともに、インタビュー動画も公開する。(聞き手=岩田太郎・在米ジャーナリスト)

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―― 米国経済のコロナ禍からの回復をどう見るか。

■非常に強い回復だ。新型コロナウイルスは米国経済に大きな穴を開けたが、消費者や企業が再開を待ち望んでいたため、彼らの活動に勢いがある。従って、われわれは米国経済の将来を楽観している。ただし、それはデルタ変異株などコロナの抑制と、米国以外の世界の国々の回復にかかっている。

―― ワクチン接種の進行による効果はどうか。

■ワクチン接種は米国経済の回復にとり、ファンダメンタルな要因だ。各地で感染防止のための都市封鎖(ロックダウン)が行われたが、接種を受けたことで人々が自信を持って活動できるようになった。経済再開や回復に接種は必須であった。

強い雇用と物価上昇

―― 6月の雇用統計が前月比85万人増と、市場予想を上回った。どのように受け止めているか。

■もちろん喜ばしい。ただし、1カ月の数字だけでは長期的な傾向がわからないことに注意が必要だ。3カ月にわたり毎月、前月比50万人強のペースで増加すれば、健康的な進歩と言えよう。ただし、そのペースであってもパンデミック前のレベルに戻るのは2022年末になる。6月の数字は明るい兆候だが、道のりは長い。

―― 6月の米消費者物価指数も前年同月比で5・4%上昇し、市場予想を上回った。

ニューヨークの街角に活気が戻ってきた
ニューヨークの街角に活気が戻ってきた

■急激な上昇は予想されていたことだ。われわれはこの先数カ月、インフレがより高い水準で推移すると予想している。例えば、20年の今ごろはコロナ禍のため航空運賃が非常に安くなっていたが、今はパンデミック前の価格に戻り、その結果上昇幅が大きくなっている。

 しかし、大きな上昇が永続するわけではない。今後はパンデミック前のレベルまで戻り、落ち着くだろう。加えて、世界のサプライチェーン(供給網)で需給が逼迫している。供給が縮小し、一時的に価格が上がる。ともかく、インフレ傾向がはっきりしてきたのは良いことだ。

―― 特に中古車価格は上昇が大きかった。

■上昇し続けることはないだろう。中央銀行が心配するのは、インフレ上昇が止まらないことと、インフレが高止まりすることだ。しかし、そのようなエビデンス(事実)は見られない。

FRBのインフレ対処は妥当

―― 「米連邦準備制度理事会(FRB)のインフレ対処は遅すぎる」との一部の意見もある。

■そのような見解は不完全だ。FRBには完全雇用と物価安定という二つの使命があるが、インフレに関しては一時的な急上昇ではなく、長期的に平均して2%であることが必要だ。(一旦はセオリー通りに相場が動くが、すぐに失速して逆方向に大きく振れる)「ヘッドフェイク」でないことを確かめなければならない。

 米国内で1000万人近くがいまだパンデミックの影響で復職できていない中、FRBの行動(金融政策の枠組み修正)はぴったりと合っている。

―― あなたは労働経済学が専門だが、現在の米労働市場の現状に満足か。

■楽観的ではあるが、満足はしていない。なぜ楽観的かと言えば、雇用主側が将来を楽観して従業員を雇う意欲があり、労働者側も職場に復帰して雇われる意欲があるからだ。だが、完全回復にはワクチン接種の徹底、交通機関などインフラが平時運転に戻ること、親たちが働きに出られるよう学校が再開することなど、未達のチャレンジも多い。

グローバル化はインフレ押し下げ要因

―― あなたは低インフレとグローバル化がリンクすることを指摘した唯一のFRB高官だ。その発言から2年たつが、見解に変化はあったか。

■全く変わっていない。パンデミックのもたらした変化のみに注目する誘惑にかられがちだが、パンデミック以前から起こっていた経済の基本的要因はそのままのものがある。そのひとつがグローバル化だ。各国は相互貿易によってより豊かになることを求め、それによって賃金が下がり、結果的に物の値段が抑制されてきた。生産国のサプライチェーンは、変化することはあるだろうが、互いの成長のための貿易は今後も続く。

 もうひとつはテクノロジーだ。ジャストインタイムの在庫管理や、米国内だけでなく世界中での価格チェックなどがあるが、これらも変化していない。また、世界中で進行する高齢化、それに伴う生産性向上の減速も変わっていない。

デイリー総裁は低インフレとグローバル化がリンクすることを指摘してきた Bloomberg
デイリー総裁は低インフレとグローバル化がリンクすることを指摘してきた Bloomberg

 これらの要因が自然利子率を押し下げ、世界中の中銀がインフレ目標を達成することを困難にする。パンデミックで注目度が下がっただけで、これらのインフレ押し下げ要因は変化していない。

平均2%の目標達成が望ましい

―― サマーズ元財務長官が唱えた長期停滞論では、米経済の成長を抑制する米国の構造的な問題点がいくつか指摘された。 国内総生産(GDP)の水準が潜在GDPを下回っていることや、勤労者所得の回復がかばかしくないことなどだ。これらがインフレ高進を抑制するのか。

■そうしたファンダメンタルズがインフレ押し下げ要因になっていることは、他の経済学者の研究などでも指摘されている。そして、そのような要因は引き続き存在するため、長期的な闘いが必要となろう。だが同時に、私がインフレ目標達成を楽観するのは、中央銀行がこれらのファンダメンタルズ要因を理解し、それらと闘う枠組みを作り上げたからだ。

 米国においては20年8月にFRBが「これらの要因を認識し、平均2%のインフレ率を目標とする」という政策的枠組みを打ち出した。一方、パンデミックによる経済後退のような物価押し下げ要因も含め、多くの原因がある。従って、当面は2%強の物価上昇が続いて平均で2%の目標を達成することが望ましい。

 ECB(欧州中央銀行)でも、物価上昇に対する押し下げ要因を認識し、2%弱のインフレでは満足しない枠組みを発表している。日本も長期にわたりインフレ期待が高まらないが、世界中で新たな認識が生まれている。

不安定な時期であることを認識すべき

―― 米10年債利回りが低下している。理由をどうみているか。

■多くの要因があるため、ひとつの原因だけを指摘することは難しい。私には市場が「米国は経済回復のどの地点にいるか」を見極めようとしているように映る。ワクチン接種の進行に伴い楽観ムードが支配しているが、未接種の人たちが感染しやすく、重症化や死に至りやすいことも事実だ。社会的距離やマスク着用、ロックダウンなどがまた必要になるのか見極めが必要だ。

 基本的に、現在が少々不安的な時期であることを認識すべきだと思う。安全な経済再開が可能か、走りながら考えている状況だ。だから、一時のデータを見るのではなく、長期的な傾向から判断すべきだ。

アイダホでは住宅が買えない

―― 米住宅市場が過熱してきたとの見方に同意するか。

■米国西部9州を管轄下に置くサンフランシスコ連銀からの視点を話そう。サンフランシスコのような都市部はパンデミック時に安心して住めないとの理由で人口流出が続いているため、会う人すべてから、「物件価格が下落している」との苦情を聞く。

 一方、流出した人の多くがサンフランシスコ連銀管轄下のアイダホ州に移住したため、そこでは住宅価格が過熱して地元の人が住宅を購入しづらくなっている。(画一的な)金融政策では、このような地域差に対応し切れない。その制約の中で、すべての地域で経済が持続的に成長できるよう、物価安定と完全雇用を念頭に対処する。低金利政策で住宅市場を刺激する。人々が住宅を購入しやすく、また低金利ローンに借り換えをしやすくして、借り換えた人の可処分所得を増やすように仕向けている。

FRBは環境問題にも参画

―― FRBは米議会に課された完全雇用と物価安定という二つの使命だけでなく、環境問題やジェンダー、人種平等などにも参画している。大きなパラダイムシフトの過程に見える。

■FRBは完全雇用と物価安定を目指す金融政策の他に、決済システム、金融安定を加えた三つの責務がある。これらすべてが経済に影響している。

 気候変動については、ここ数週間に米西部で記録的な高温が記録された。屋外での労働が困難になったり、物資輸送が滞ったり、電力網が悪影響を受けたり、山火事が起こっている。これらは経済を混乱させ、負荷をかける。持続的な経済の成長のためには、気候変動にも関心を払わねばならない。また、保険会社は気候変動による山火事や洪水、ハリケーン発生などのリスクのため、保険商品の提供を止めたり、より高価な保険料を要求する。それが資産評価額にも跳ね返る。金融システムにとっても、銀行はそれら物件を担保にしているため、影響が少なくない。

 FRBは気候変動を止めるツールを持たないため、それは純粋に立法や行政の仕事になるが、われわれは経済に影響を与える要因をすべて把握し、完全雇用と物価安定、決済システム、金融安定に寄与することが仕事だ。

性差・人種は経済問題

―― ジェンダー、人種、セクシュアリティへのFRBの関わり方はどうか。

■多くの人は、こうしたことを社会問題として捉えるのだが、FRBにとっては経済問題だ。なぜか。それは、経済に参加する機会がない人たちがいれば、経済成長の可能性がその分そがれてしまうからだ。経済のパイの大きさが縮んでしまうわけだ。あるいは、能力があるにもかかわらず技能職に就けない人がいれば、経済にとって損失となる。

 もちろんFRBの仕事はそうした状況を変えることではない。立法や行政や社会が取り組むべき問題だ。FRBはこれらが大きな経済問題だと認識している。放置すれば米国の競争力が落ち、経済成長が減速し、最も大事な将来世代に弱い将来を渡してしまうことになる。だからFRBは、これらのカテゴリー(ジェンダー、人種、セクシュアリティ)において完全雇用の実現を目指すことで、よりよい将来を作ろうとしている。

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メアリー・C・デイリー

1962年生まれ。サンフランシスコ地区連銀総裁。出身地ミズーリ州の高校を15歳で中退後、17歳で大学受験資格を取得。イリノイ大学で修士号、シラキュース大学で博士号。専門は経済格差や賃金動向、失業問題など労働経済学。96年にサンフランシスコ連銀に調査部員として入行。同行調査部長、副総裁を経て18年10月に総裁に就任。女性として3人目の地区連銀総裁、同性愛者であることを公表する地区連銀総裁としては、アトランタ連銀のラファエル・ボスティック氏に次ぎ2人目、レズビアンでは初。

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