経済・企業 EV世界戦
EV革命をチャンスに変えた!「トヨタ城下町」の部品メーカーが乗り出す医療機器、バームクーヘン、竹製スピーカー…
<第2部 EVの衝撃>
「トヨタ城下町」 部品企業の危機感と挑戦=斎藤信世
トヨタ自動車を筆頭に、デンソーやアイシンといったトヨタグループのメガサプライヤー(部品大手)、さらにティア2(2次下請け)以下の部品企業1467社が本社や工場を構える愛知県。この「自動車王国」で今、異変が起きている。自動車の電動化による産業構造の変化や、少子化による後継者不足で、中小零細企業が事業の多角化にかじを切っているという。真相を確かめるため8月初旬に現地を訪れた。
たかふね工業 「異業種の医療機器に参入」
事業内容:自動車の車体部品製造
本社所在地:名古屋市
設立:1953年
資本金:1000万円
従業員数:50人
愛知県の玄関口である名古屋駅から南西に2キロ、近鉄名古屋線の黄金駅から10分ほど歩くと、たかふね工業の本社が見えてくる。同社は自動車のボルトなど「締結部品」を手掛けている。
石井文浩社長は「EV(電気自動車)化は、雇用にとってリスクではある。部品点数が減り、残る部品に各社が参入するからだ。従業員を守るためには、これまでの主力事業の他に柱を立てて、両方やっていくしかない」と話す。
ガソリン車の車体を中心に順調に売り上げを伸ばしてきたが、事業の成長性を考えたとき、EV化の波が来ていることを考えると「良くて横ばい」と感じ、事業の多角化にかじを切った。航空機やロボット、環境事業などを検討したが、約8年前に医療機器事業への参入を決めた。
なぜ医療機器だったのか。石井氏は、「自動車部品会社としてやってきたが、一から作るモノ作りに憧れがあった。市場を開拓し、商品を開発・販売するという一連のモノ作りができるのは、医療機器だと思った」と話す。
同社は県から派遣してもらった専門家の助けを得ながら医療機器製造業などの許認可を取得。当初は医療機器メーカーの下請けが中心だったが、8月からは人工関節の分野で開発を始めた。今後は薬事申請などを進め、23年にも医療機器の販売を開始したい考えだ。 また、売上高に占める新規事業の割合を2割まで拡大したい考えで、ロボットや航空機産業などへの本格参入も視野に入れている。
こうした新たな取り組みを従業員はどう感じているのか。「楽しさと難しさ、両方感じていると思う。これまでは困ったら取引先に答えを聞いて、その答えに忠実にやればよかった。一からモノ作りをするということは、市場が多様化し、答えがたくさんある中でも、自分で解を探さなければいけない。そういう苦しさもある」(石井氏)。
大野精工 「受注5割減で事業転換決めた」
事業内容:自動車向け精密部品加工
本社所在地:愛知県西尾市
設立:2001年
資本金:1500万円
従業員数:230人
「事業を多角化しようと思ったきっかけはリーマン・ショック」と話すのは、自動車の専用工作機部品の加工などを展開する大野精工(愛知県・西尾市)の大野龍太郎社長だ。
08年秋のリーマン・ショックで売り上げが35%程度落ち込み、介護事業に参入を決めた。16年にはアグリ(農業)事業部を立ち上げるなど、製造業以外にも事業の幅を広げている。
アグリ事業部では、保有する農園で高糖度トマトやイチゴの栽培、バウムクーヘンの販売などを行う。少子高齢化が進み、日本の食料自給率低下が続く中で、AI(人工知能)などの先進技術を活用したスマート農業に商機を見いだしたという。
売り上げは順調に伸びており、同事業部の今期売上高は前期比136%と好調。大野氏は、「製造業で培った作業の効率化などが、農業でも生きている」と自信をにじませる。ただ、人件費や投資額の大きさを考えると、製造業の規模に成長するまでには相当の時間を要する見通しだ。同社の21年5月末のグループ全体売上高は20億円、うち16億円は製造業による売り上げだった。
製造業以外の柱を模索する背景には、自動車業界の先行きへの不安がある。「これまでは主要取引先であるティア1(1次下請け)の、ディーゼルやガソリンの部署から受注する仕事が多かったが、ティア1は19年ごろから年間約5000万円の予算を削った。これを受け当社の受注も最大で5割減った」(大野氏)。
下請けや孫請け企業の経営は、取引先である大手企業の意向に左右される。より人件費の安い海外に生産の拠点を移す企業が増え、下請け企業は将来の方向性をつかめずにいる。「取引先の中長期的な方針が分からないので大規模な設備投資ができない」といった本音も聞こえてくる。
大野氏は部品加工メーカーなど中小企業約70社の経営者が集う勉強会にも参加している。そこでは、「皆が自動車業界の今後について、危機感を共有している」としながらも、予算がなく研究開発が進まない、または何の対策も取れない企業が少なくないという。
自動車業界の今後について大野氏は、「EV化や自動運転技術が進む中で、日本の自動車メーカーに勝算があるのかが正直分からない」と話す。
「今は変革期だから、皆が同じ土俵に立っている。これまでのしがらみがなくなり、当社のような若い会社にもチャンスが巡ってくる可能性もある」(大野氏)。
ユーアイ精機 「試作品受注減少で金型へ事業拡大」
事業内容:自動車向けプレス試作品製作
本社所在地:愛知県尾張旭市
設立:1969年
資本金:1000万円
従業員数:15人
「昔はライバルというと、同じくらいの規模の会社だったが、いまは当社の10倍くらいの従業員を持つ会社が競合相手だったりする。それだけ、業界全体のパイが減ってきている」
こう話すのはユーアイ精機(愛知県尾張旭市)の水野一路社長だ。同社は主に部品の金型製作と自動車のシート関連の試作品作りを手掛ける。事業比率は金型8、試作品2。取引先はトヨタ自動車やスズキの系列部品会社をはじめ30~40社。
ユーアイ精機は水野氏の父親が創業。だが、社会人になった水野氏はすぐには同社に入社せず、1988年に「プラスチック金型」を手掛けるイッセイ産業を立ち上げた。父親が他界したため06年にユーアイ精機を継いだ。
00年ごろに、取引先のティア1企業から、「試作開発費用を削減するため予算が減らされる」という話があった。その後増減を繰り返しながら「10年ごろには試作品の受注件数は00年比で約8割減、売り上げは半減した。実際、売上高はピークだった01年ごろの約1億7800万円から、リーマン・ショック後には約1400万円まで落ち込んだ。部品の共通化(一つの部品を他の製品でも使えるよう共通化すること)の流れも追い打ちをかけた。
試作品の受注が減り始めた時、水野氏はイッセイ産業のプラスチック金型で受注が減っていった過去が頭をよぎった。「プラスチック金型は、通信機器やコンピューター関連機器など“弱電”関係の顧客が多かったが、生産の海外移転が急速に進み市場が急激に縮んだ。試作品もそうなると感じた」と振り返る。
試作品事業だけで収益を上げるのは難しいと判断し、16年に試作品事業の縮小を決め、金型部品製作などに事業の幅を広げた。10年に試作品9、金型1だった事業比率は、今では逆転した。
水野氏は「会社には20代の若手社員もいる。彼らにとって働きがいのある仕事を作っていきたい気持ちもある。一方で将来的に既存の事業は縮小していかざるを得なくなるかもしれない」と明かす。
後継者の問題もある。「全国的に工場数が大きく減っているが、愛知は倒産よりも廃業が多いイメージだ。うちも例外じゃない」。
水野氏は、業界の不透明な先行きを、八百屋や電気屋に例えて説明する。「街の八百屋がスーパーに、電気屋が家電量販店に代わっていったように、町工場も淘汰(とうた)されてきている。取引先がいつ買収されてしまうかは分からない。だから、依存体質は辞めないといけない」と声を強める。
同社は現在、重さが鉄の約4分の1というマグネシウムをつかった合金に注目している。「EV化が進む現代においても、軽量化は必ず求められる。これまでやってきた取り組みはこれからの時代にも合っている」(水野氏)。将来的には、金型部品製作などの主力事業を3割程度に抑え、マグネシウム合金を活用した事業などで生き残りを図る考えだ。
チヨダ工業 「EV化、SDGsは商機だ」
事業内容:プレス金型の設計・製作
本社所在地:愛知県東郷町
設立:1962年
資本金:9000万円
従業員数:150人(海外含む)
「脱炭素」の潮流をうまく捉えた部品企業もある。
自動車シートのプレス金型の設計・製作を手掛けるチヨダ工業(愛知県東郷町)は、取引先の約8割がトヨタ系。
04年ごろ、自動車内装品大手のトヨタ紡織(愛知県刈谷市)から、試作品開発の依頼を受けたことを機に、高張力鋼板に取り組んだ。
高張力鋼板とは「ハイテン」とも呼ばれ、一般構造用鋼材よりも強度が高い。当時は、車体の安全性とともに燃費向上のために車体の軽量化が求められ始めた時期。後部座席にもシートベルト搭載が義務付けられたのを機に、関連部品のハイテン化が求められた。そこに同社のハイテン製品が採用された。
海外事業にも注力している。拠点は最大規模のベトナムを始め、米国インディアナ州、タイにある。
潜在力に目を付けた他社から「M&A(合併・買収)の話もよく来ている。それを防ぐためにトヨタ紡織が資本を入れてくれた」(早瀬一明社長)。
そして現在、より軽量化が重要になったEVでも、同社の製品は採用されている。「これまでやってきたことが結果として、プラスになっている」(早瀬氏)。
一方で、12年には産業技術総合研究所(産総研)と共同で、木材をプレス加工機で加工する技術の研究を開始した。
リーマン・ショック後、ビジネスの枠を広げようと模索していた時期に、産総研との共同研究に応募。木材をプラスチックのように自在に変形できる「木質流動成形」という技術の実用化に成功した。SDGs(持続可能な開発目標)が注目される中、プラスチックなどの石油由来製品の使用量削減につながる技術として注目を集めているという。
新技術で商品化したのは、竹製のスピーカーや、ヒノキ材を使用した将棋の駒など。今後は、量産体制を整え、会社全体の売上高の半分を占める事業への成長を目指す。
早瀬氏は、「12年当時は、まだSDGsやカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)などの言葉が一般的ではなかったので冷ややかな目の方が多かったが、ここ数年で問い合わせが急に増えた」と話す。
(斎藤信世・編集部)
初出:自動車の街は今、愛知の取材現場で感じた中小企業の焦り=斎藤信世