アフガニスタンから米軍が早く抜け出したかった本当の理由は=前嶋和弘
米国の落日 「ベトナム戦争以上」の失策 抜け出したかった「底なし沼」=前嶋和弘
2001年の米同時多発テロ事件を受けて始まったアフガニスタンを舞台とした戦争が終わった。米軍の撤退が期限通りに行われたが、撤退をめぐる過程の混乱は大きな禍根を残している。「米国の敗北」が世界に喧伝(けんでん)されているものの、撤退をきっかけに米中関係が大きく変わってくる可能性もある。「ベトナム戦争以上」の失策がもたらす今後の影響について考えてみたい。(アフガン緊迫 特集はこちら)
衰退ぶり示す敗走
アフガニスタン撤退の仕方はどう考えてもまずかった。「敗走」はベトナム戦争以来だが、ベトナム戦争の場合にはまだ南ベトナム軍が残っていた。そう考えると過去にないほどの誤算である。ほんのわずかの間でカブール陥落となり、浮き彫りになったインテリジェンス(情報活動)の弱さがはっきりと露呈した。アフガニスタン撤退のゴタゴタは、米国の衰退ぶりを象徴しているともみえる。
バイデン氏は上院議員、副大統領時代からアフガニスタン問題に関わってきた。そもそもアフガニスタン攻撃を始めた20年前にはバイデン氏は上院外交委員長だった。副大統領時代にも、オバマ大統領と異なる意見を持ち、撤退を強く主張してきた。その根底にあるのが「国家建設でなくテロ対策に集中。それが終われば撤退」「アフガニスタンのことはアフガニスタン人に任せるべき」というバイデン氏の持論だった。
バイデン氏の本音を言えば、「アフガニスタンという底なし沼」から抜け出したかったはずだ。
何といってもこの20年間の代償は大きかった。アフガニスタン撤退時のバイデン大統領の言葉をそのまま使えば、「1日3億ドル(330億円)を20年間」費やした。隣国パキスタンでのテロ対策費などを入れると、実際には2兆ドルから3兆ドルもの巨額の出費だった。そして、亡くなった数は「2461人」に上った。
アフガニスタン撤退を米国民はどう見ているのか。いまのところ、各種世論調査によると撤退支持である。「イスラム国」(IS)系の「ISホラサン州」(IS─K)が起こした自爆テロ後の、8月29日から9月1日の『ワシントン・ポスト』とABCの世論調査によると、「アフガニスタン撤退」を支持するのは全体で77%と圧倒的だった。しかも、民主党支持者88%、共和党支持者74%とかなり超党派だった。「アフガニスタンという底なし沼」から抜け出したかったのは国民の方だった。アフガニスタン撤退後の株式市場への影響などもかなり限定的だった。
バイデン政権の外交の根本にあるのが「中間層のための外交」である。国民世論が激しく分断する中、国内政治だけでなく、外交も世論の説得がなければ動かしにくい。バイデン氏の場合、特に身内である民主党支持者の世論を固めるのが重要だ。
これでアフガニスタンとイラクという二つの戦争は「過去のもの」になっていく。「悪い選択だったが、もう米国は同じことをしないだろう」となれば、バイデン氏の評価は「テロとの戦いを終わらせた大統領」となる。
しかし、この調査では「撤退を支持し、バイデン氏の対応にも賛成する」は26%、「撤退を支持するが、バイデン氏の対応には不賛成」が52%だった。国民世論が撤退には賛成だが、撤退の仕方にはかなり否定的だとすると、撤退決定についての世論の後押しは実際にはかなりもろい。
もし、アフガニスタンが国際テロの温床となり、ここ1年ほどの間で、米国内で「9・11」以来の大型のテロ事件が起きたとすれば、国民の記憶の中でセピア色になっていたアフガニスタン戦争が一気にカラーになる。「アフガニスタンで負けたバイデン」として米国民の記憶が書き換えられるはずだ。
来年11月の中間選挙では共和党が優勢との見方も強く、民主党は上下両院で多数派を奪われる可能性もある。そうなるとバイデン政権が望む政策は全く進まない。バイデン氏にとっては、撤退後のアフガニスタンの今後の動向はまさに致命傷にもなりかねない。
タリバンが握る命運
このもくろみは実はタリバン次第だ。タリバンがいかにテロ集団であるIS─Kを抑えることができ、そしてそもそも関係は悪くないはずのアルカイダを抑え込むかがポイントとなる。バイデン氏の命運を、米国が育てたアフガニスタン政府や軍と対峙(たいじ)したタリバンが握るというのは、何とも皮肉だ。
中国にとって、アフガニスタンは地政学的にも極めて重要な場所だ。もしアフガニスタンが混乱状態になれば、新疆ウイグル自治区問題に飛び火する可能性もある。米軍のアフガニスタン撤退を契機に中国の関与が進んでいくかもしれない。ただ、中国にとってもアフガニスタンは鬼門だ。かつての英国、ソ連、そして今回の米国がアフガニスタンで足を取られたように、今度は自分たちが泥沼に陥るかもしれない。
一方、アフガニスタン撤退で、米国は中国への対応に外交のリソースを動かしていきたいという狙いがある。9月21日の国連総会でバイデン大統領は「絶え間ない戦争の時代を終え、絶え間ない外交の新時代が始まる」「最も重要な優先事項として、インド太平洋に焦点を当てる」などと力説した。
半導体などのサプライチェーンの再構築なども進み、QUAD(クアッド、日米豪印戦略対話)やAUKUS(オーカス、米英豪による新たな安全保障協力枠組み)の動きが活発になる中、米国の中国包囲網は今後ますます強まっていく。
ただ、バイデン氏にとって難しいのは、民主党支持者が強く願う気候変動対策もあり、対立だけではなく、中国との協力体制も築かないといけないことだ。国連総会演説で「中国との新冷戦はしない」とバイデン氏が明言した背景には「中間層のための外交」という世論の呪縛がある。
一方で、中国がアフガニスタンで手を焼いた場合、両国がテロ対策で協力する新しい動きが出てくる可能性も考えられる。
米中対立の中での協力の可能性という先行きが読めない状況が続く。米軍のアフガニスタン撤退で、米中関係にも新しい時代が生まれるはずだ。
(前嶋和弘・上智大学総合グローバル学部教授)