経済・企業

30年間のディスインフレが終焉=芳賀沼千里

    COP26で脱炭素を議論する英国のジョンソン首相(左)と米国のバイデン大統領 Bloomberg
    COP26で脱炭素を議論する英国のジョンソン首相(左)と米国のバイデン大統領 Bloomberg

    インフレの足音 30年間のディスインフレが終焉 物価上昇時の投資戦略の検討を=芳賀沼千里

     <[第2部]中長期展望>

     米国や欧州では、インフレが予想以上に持続している。今後、供給のボトルネックによるインフレは徐々に解消しようが、過去30年間のディスインフレ(物価上昇率の低下)が終わり、世界的に緩やかなインフレの時代が始まる可能性がある。(円安 原油高)

    雇用重視の金融・財政政策

     その理由として第一に、主要国で雇用を重視した金融・財政政策が取られている。米国ではバイデン政権が家計支援やインフラ投資などの景気浮揚策を打ち出しており、日本では分配を重視する岸田文雄内閣が衆議院選挙後に大型の補正予算を出すだろう。ドイツでも社会民主党を中心とする政権が誕生しよう。

     金融政策をみると、米連邦準備制度理事会(FRB)は2%超のインフレを許容して最大雇用を追求する姿勢を明確にした。背景には、所得格差が社会的・政治的に許容できないことがあるだろう。米国は所得上位1%の富裕層が全体に占めるシェアは1980年代の平均12・0%から2019年に18・7%に上昇した。

     コロナ禍後、事業環境の格差が大きい中、幅広い産業で雇用が伸びる経済では、既に労働需給が逼迫(ひっぱく)している産業で賃金が上昇しよう。また、消費性向は所得水準の低い層が相対的に高く、高い層が相対的に低い。政策の目標通りに所得格差是正が進めば、社会全体の消費性向が高まるので、財やサービスの需給が逼迫しやすい。雇用が改善する状況ではインフレ期待が高まりやすいとみる。

     第二に、経済グローバル化に一巡感が出ている。90年以降、米ソ冷戦が終わり、新興国経済が台頭して国際貿易が大幅に伸びた。中国は01年に世界貿易機関(WTO)に加盟し、「世界の工場」といわれるようになった。この過程で国境を越えた生産工程の分業体制が構築され、経済の生産性を高めてディスインフレに寄与したとみる。

     しかし、08~09年の世界金融危機以降、国際貿易は伸び悩んでいる(図1)。新興国の輸出・輸入増加率鈍化が顕著である。この要因は新興国の所得(賃金)上昇であろう。中国の人件費は00年ごろは日本の20分の1であったが、現在、4分の1程度である。

     米中技術覇権争いや安全保障を考慮して、米国では自国産業を保護する政策が取られ、半導体など最先端製品の国内生産を支援している。日本でも経済安全保障の重要性が指摘されている。企業は安全性を重視してサプライチェーン(供給網)の見直しを行っており、国際貿易の伸び悩みが続くとみる。

    グリーンフレーション

     さらに、移民受け入れは先進国の労働者の雇用機会を奪う面があるため、政治的に看過できなくなっている。コロナ禍を受けて社会や医療体制の安全を確保する目的からも、移民受け入れは抑制されよう。移民への依存度の高かった職業を中心に、賃金上昇圧力が高まりやすい。英国では運転手不足が物流問題になっている。

     第三に、社会の価値観の変化が物価を押し上げる可能性がある。一つの例が脱炭素政策に伴った物価上昇、いわゆる「グリーンフレーション」であろう。今年、欧州で天然ガス価格が大幅に上昇した背景には、風力・太陽光発電量の低迷や中国の石炭生産の削減があった。

     現在、主要国の政府は炭素税やカーボンプライシング(炭素の値付け)の導入、再生可能エネルギーの支援など環境重視の取り組みを加速している。企業をみると、最近、環境を害する事業は株主や投資家からも批判されるようになった。企業は「コストの極小化」よりも「リスクの極小化」を目指す戦略を取り出している。脱炭素のために追加投資などを行うならば、製品の製造コストは上昇することになる。

     最後に見方は分かれるが、高齢社会の進展がインフレ要因になるかもしれない。総人口の中で従属人口(15歳以下と65歳以上の人口)の構成比が高い場合、彼らの多くは消費者であるが、基本的に就業者ではなく、生産活動を行わない。需要が総人口で決まるならば、慢性的な労働力不足が起こり、賃金が上昇してインフレ圧力が高まることになる。

     高齢社会で先行した日本で、90年代後半からデフレ経済が続いた一因は、女性が働くようになり、労働力の減少を補ったことである。日本の経験は必ずしも当てはまらないだろう。

     インフレには原油・資源価格が大幅に上昇した70年代のイメージがある。しかし、数年後に起こりうるインフレは、消費者物価上昇率が1%台から3%台に高まった米国の60年代後半の状況に近いだろう。当時、忍び寄るインフレ(Creeping Inflation)といわれた。米国では、第二次世界大戦から戻った労働力が吸収されて失業率が3%台に低下する中、福祉政策の充実やベトナム戦争による財政拡大策が取られていた。

    債券投資のリスク

     今後2~3年のうちに主要先進国で2%を超えるインフレが定着するシナリオは看過できない。日本でインフレが起こる時期は、主要国の中で遅くなろうが、円安を通じて意外に早い時期に物価が上昇する可能性がある。

     現在、有価証券投資では緩やかなインフレのリスクを考慮する必要がある。長期的な推移をみると、主要国の長期金利は40年代から80年ごろに大きく上昇した後、極めて低い水準まで低下した(図2)。

     過去40年間、主要国の債券投資は歴史的にまれな高いリターンを安定的に上げてきたとみられる。低金利の債券はクッションとなるキャリー効果(金利水準などに変化がない前提で、一定期間内にその投資対象からどのくらいのリターンが得られるか)が小さいので、投資リターンがマイナスになるリスクがある。

    (芳賀沼千里・三菱UFJ信託銀行チーフストラテジスト)

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