資源・エネルギー

脱炭素は「目先の生活」より大事なのか=唐鎌大輔

    過渡期 脱炭素化で高騰する国際商品 市民生活にマイナスの影響も=唐鎌大輔

     世界経済のリスクは、新型コロナ感染拡大による供給制約やこれをを背景とするインフレ高進に視点が移っている。(円安 原油高)

     商品価格は、新型コロナ感染拡大に伴う供給網の寸断や経済正常化に伴う需要膨張などを要因に、全般的に目を見張る上昇となっている。特に原油に関しては、2020年春の急落後に鋭角的な急騰が到来しており、その上げ幅は、実に3倍以上に達している(図1)。

     しかし、商品価格上昇の背景には昨今の脱炭素の潮流も寄与しているとの分析が目立つ。足元で起きているインフレ高進に関しては「エネルギー価格上昇による一過性の現象」と整理する向きが多いものの、脱炭素化が新たな時代のサインだとすれば、果たして本当に一過性なのかどうかと尻込みする部分もある。

     言及すべき論点が複雑に絡み合っているため丁寧に議論を進める必要がある。まず需要面でみると、やはり世界経済の急回復に伴う需要拡大に供給が追い付いていないという本質的な論点はある。

     20年春、世界経済が同時に「谷」に落ちた際、原油先物価格がマイナスを記録したように、世界経済が同時に「山」へ駆け上がれば、やはり類似の異様な動きにつながってしまう。だが、そうした需要動向を前提に供給動向を考察することが、より重要だろう。ここにきて、エネルギーを供給する側の能力問題を指摘する声は多く、特に再生可能エネルギーの脆弱(ぜいじゃく)性は注目されている。

    地球の気温か目先の生活か

     周知の通り、世界経済は脱炭素化に向けて一斉に歩み始め、再生可能エネルギーへの切り替えが各分野で模索されている。10月初旬には、ロシア産天然ガスの指標価格である「オランダTTF(11月限)」が年初から約8倍まで上昇するという異常事態が報じられたが、これは価格支配力を持つロシアによる意図的な操作も疑われつつ、天然ガスはクリーンということで代替需要が高まっているという背景もある。

     このように考えると、今は「古い時代」と「新しい時代」のはざまと言えるのかもしれない。そして、はざまであるがゆえに、供給能力が安定しない状況なのだと考えられる。クリーンエネルギーの貯蔵は難しく、脱炭素のペースが速過ぎれば、当然エネルギー価格の需給均衡を崩すことになる。

    「最適な脱炭素のペース」と「クリーンエネルギーの生産ペース」が合致するまで、こうした不安定は断続的に発生するのだろう。場合によっては、前者を調整するために「化石燃料への依存はある程度必要」という政治決断も必要になる可能性もある(もしくは原子力発電という可能性も考えられる)。

     別の言い方をすれば、今の世界経済が直面する商品価格上昇を中心とする混乱は「それでも地球の気温が下がるために仕方がない」と割り切れるかどうかが問われているようにも思う。「目先の生活」とてんびんにかけて、今後、どういった政治判断が下されるのか。

     例えば、すべてが電気自動車(EV)に切り替わる途上で「あなたの雇用は明日からなくなりますが、空気は奇麗になりました」と言われて、受け入れられる人は多くないだろう。今後は政治として「長期の時間軸で実現したいこと」に対して、「短期の時間軸で犠牲にするもの」が無視できなくなってくる可能性がある。

    脱炭素化に突き進む欧州

    欧州委員会は10月12日、120億ユーロ分の環境債を発行したと発表した Bloomberg
    欧州委員会は10月12日、120億ユーロ分の環境債を発行したと発表した Bloomberg

     しかし、脱炭素化をけん引する欧州連合(EU)はその歩みを止める気配がない。10月12日に欧州委員会は欧州復興基金の原資として120億ユーロ分のグリーンボンド(環境債)を発行したと発表した。欧州委員会発行の債券は人気が高く、初のグリーンボンドとして発行された今回も1350億ユーロと募集額の11倍を超える応募が集まった。ハーン欧州委員(予算・管理)は、同条件の債券と比較して利回りが低くなる(価格は高くなる)差分である「グリーニアム(グリーンとプレミアムの造語)」は2・5BPS(1株当たり純資産)と述べ、それを金融市場による持続可能性(象徴的には脱炭素機運)へのコミットメントを示すものだと自信をみせた。

     とはいえ、うがった見方をすれば、欧州を仕切る行政府たる欧州委員会が、ここまで扇動した結果、「皆が買うから上がる。上がるから買う」という自己実現的なプロセスに入っただけにも思える。

     しかし、上述したように、急激な脱炭素化の潮流が商品価格の騰勢を促しており、これに応じて欧米の中央銀行は金融政策の引き締めを検討し始めている事実がある。グリーニアムを背景に低利調達に成功しても、大元の資本コストになる政策金利が脱炭素の結果として引き上げられる方向にあるのだから元のもくあみである。

     実際、利上げに至らずとも欧米の長期金利は確実に上昇基調にあり、果たして実体経済がこの動きに耐えられるのか不安が残る(図2)。生活者からすれば、中銀が「悪いインフレ」を鎮圧するために引き締めを行うという展開は全く望ましいものではない。そうした「短期的な弊害」に対して得られる「長期的な利得」は「地球の気温が下がる」ということに尽きるが、果たしてこの両者は釣り合っているのだろうか。

     欧州委員会がグリーンボンドの発行を通じて集めた資金は、日常生活の安定化に使われるわけではなく、グリーン社会移行のための研究・開発活動など使途が限定されている。それらの重要性は認めるが、一方で脱炭素化と引き換えに日常生活が揺らいでいることに関して何の措置も講じないのは、責任ある政治の対応とは言えないように思える。

     地球の未来を気をかけることはもちろん重要だが、それが現在を生きる人々の生活より優先順位が高いとは言い切れないだろう。脱炭素化への歩みが性急過ぎている可能性に関して、今一度落ち着いて考えるべき時期に差し掛かっているように思う。

    (唐鎌大輔、みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)

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