ふがいない日本株の収益性底上げへ繰り出した「東証再編」という“荒業”=稲留正英/中園敦二
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<東証再編サバイバル>
「新市場区分における『プライム市場』選択申請のお知らせ」「『スタンダード市場』選択申請のお知らせ」──。東京証券取引所の上場企業で今、こんな発表が相次いでいる。東証は来年4月4日、現在の5市場(東証1部、2部、マザーズ、ジャスダックスタンダード、ジャスダックグロース)を、「プライム」「スタンダード」「グロース」の3市場に再編する(図1)。東証上場の約3700社は9月1日~12月30日、取締役会でどの市場に移行するかを決議して東証に申請・開示することが求められており、その期限が迫りつつある(表1)。(東証再編 特集はこちら)
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東証が今回、市場を再編する狙いは大きく二つある。一つは、2013年の東証と大阪証券取引所の統合により、五つに増えてしまった市場を三つに整理し、その性格をはっきりさせること(表2) 。二つ目は、各市場に厳しい「上場維持基準」を設けることで、「企業に持続的な成長と中長期的な企業価値向上への動機」(東証の山道裕己社長)を与えることだ。各市場の上場維持基準に満たない企業をふるい落とすこともいとわず、日本株市場全体の成長性や収益性の底上げを目指している。
東証が“荒業”も辞さない大改革に踏み切ったのにはわけがある。日本株の成長性や収益性が一向に上がらず、世界の中での地盤沈下が止まらない。世界取引所連盟によると、東証(日本取引所グループ)の株式時価総額は今年9月、6・9兆ドルと、米国のニューヨーク証取(26・0兆ドル)やナスダック(22・3兆ドル)に大きく水をあけられるばかりか、昨年7月には中国の上海証取、今年5月には欧州のユーロネクストにも抜かれて世界5位の市場に転落した。
米国株との差は歴然
何がこうした停滞を招いたのか。その一つの要因が、東証の上場基準の緩さだ。昨年10月まで東証2部やマザーズ経由で東証1部に上場するハードルが低く、東証の全上場企業数約3700社のうち、上場基準が一番厳しいはずの東証1部が約2200社と最も多くなっている(図2)。企業側にとっては「東証1部」上場は、人材採用や取引の信用を得るうえで大きなブランド価値を持つ。一度上場してしまえば上場廃止基準も緩く、安定株主を確保しさえすれば、少数株主からの経営への干渉や株主還元の強い圧力を受けずに済む。
しかし、その代償としてアップルやアマゾン、テスラなどの企業が台頭する米国市場とは対照的に、日本ではトヨタ自動車を筆頭に時価総額上位銘柄の顔ぶれは代わり映えしない。株価純資産倍率(PBR)の指標で見ればその差は歴然で、企業の稼ぐ力が資本コストを下回っていることを示すPBR1倍割れの企業は東証1部で半数に及ぶが、「米S&P500株価指数の構成銘柄ではPBR1倍割れは2%に過ぎない」(フィデリティ投信の井川智洋ヘッド・オブ・エンゲージメント兼ポートフォリオ・マネージャー)という。
成長性や収益性の差は株価指数にも表れている。最高値を更新し続けるS&P500など米国株指数をよそに、TOPIX(東証株価指数)は現在2000ポイント前後と1989年12月の史上最高値(2884・80ポイント)を30年以上も更新できずにいる。グローバルな投資家の日本株離れだけでなく、日本の個人投資家にも米国株投資ブームが訪れており、日本株市場全体が生存競争のただ中にある。今回の再編は単なる市場区分の見直しではなく、日本株再起動に向けた起爆剤にしたいとの思いが込められている。
「体面より実質」
来年4月からの東証再編では、企業側は上場市場に見合った実力が要求される。特にプライム市場では、最も高い株式の流動性や収益性、コーポレートガバナンス(企業統治)の水準に加え、英語での情報開示などによりグローバルな投資家との対話が求められる。東証はプライム市場の基準が未達の東証1部企業について、プライム市場の基準充足のための計画書を提出すれば、来年4月からプライム市場に移行できる「経過措置」を設けるが、東証では3年後をメドに経過措置だけでなく、上場基準自体も厳格化の方向で見直す。
つまり、事業基盤や投資家が国内中心で人員に余裕がない中堅企業は、身の丈に合わないのにプライム市場に上場しても、企業価値を上げられなければいずれは上場廃止の憂き目に遭う。企業側は今、プライム市場という高いハードルを自らに課して企業価値を向上させるか、スタンダード市場などで安定した成長を目指すかの選択を迫られている。かつての「東証1部」ブランドのように、安易に「プライム」ブランドを求めるわけにはいかない。
日本証券経済研究所の明田雅昭・特任リサーチ・フェローが、東証が上場企業に新市場区分への適合状況を通知した今年7月9日以降、11月19日までの企業側の開示資料を調べたところ、東証がプライム市場不適合を通知したのが664社だったのに対し、141社がプライム市場選択を表明、103社がスタンダード市場を選んだ(残る400社強は未表明)。明田氏は、「思ったよりスタンダードを選択した東証1部企業が多かった。『プライム』という体面より『スタンダード』という実質を選んだのではないか」と見る。
井筒屋、オラクルも
表3のように、すでに多くの企業がスタンダード市場を選択すると発表している。東証1部に上場する北九州市の老舗百貨店、井筒屋はそのうちの一社。影山英雄社長は「流通株式時価総額の基準が満たせず、(東証から)判定が届く前からスタンダードを選択しようと思っていた。地元に根差した百貨店が当社の存在価値で、株主も国内が中心だ」と強調する。第二地銀の高知銀行も「『地元に密着して価値向上に貢献する金融インフラ』が当行の経営方針で、その考えはスタンダードにマッチしている」(経営統括部)という。
現時点ではスタンダード市場を選択しつつ、将来のプライム市場上場を目指す企業もある。九州地盤の医療機器販売会社、ヤマシタヘルスケアホールディングス(HD)は「流通時価総額、流通株式数がプライムの基準に満たなかったのでスタンダードに決めた」とするが、「将来、条件を満たせば、プライム市場に上場したい」(総務部)。今年1月に食品大手キユーピー子会社から外れた食品物流のキユーソー流通システムは「しっかり事業基盤を固めたうえで、プライムを目指すことで取締役会も一致した」(経営推進本部)と語る。
メルカリはプライムへ
中には、時価総額が十分に大きいのに、プライム市場の上場基準を満たせていない企業もある(表4)。日本オラクルは時価総額が1兆3000億円を超えているが、親会社の米オラクルが株式を74%保有し、流通株式比率で基準を満たせなかったため、プライム市場上場を断念した。流通株式比率で基準未達の企業がプライム市場上場を目指すには、大株主との調整が欠かせない。
一方、東証2部やマザーズ、ジャスダック市場の中には、プライム市場の基準に適合する上場企業もある。編集部が金融情報会社QUICKのデータを基に、プライム市場の基準を満たした流通株式 時価総額の大きい上位企業30社を抽出したところ、メルカリ、日本マクドナルドHD、フリーなどが上位に入った(表5)。メルカリは実際に10月29日、プライム市場の選択を表明した。ただ、グローバルに事業展開する歯科医療用器具のナカニシなど、スタンダード市場を選択する企業も少なくない。
今後の上場企業には、上場維持基準だけでなく、株価指数を通じた企業価値向上への圧力もかかる。東証1部上場企業はこれまで、自動的にTOPIXの構成銘柄となり、TOPIXに連動する投資信託などの運用対象となっていた。しかし、東証再編と並行してTOPIXの見直しも進められており、来年10月からは流通株式時価総額が100億円を下回る銘柄の組み入れ比率低減が始まる。
上場企業がどの市場を選択しようと、もはや安住の地ではない。すでに東証再編を巡る上場企業の生存競争は始まっているのだ。(東証33業種別 これが「プライム落ち」東証1部595社だ!)
拡…
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