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ウクライナ侵攻はロシアにとってもリスクが大きすぎる=名越健郎

ウクライナ国旗を掲げるウクライナ軍兵士。ロシアとの間で緊張が高まる(ウクライナ南部オデッサで1月22日) Bloomberg
ウクライナ国旗を掲げるウクライナ軍兵士。ロシアとの間で緊張が高まる(ウクライナ南部オデッサで1月22日) Bloomberg

緊迫のウクライナ情勢 本格侵攻ならロシアに「汚名」 偶発・限定戦の危険は高い=名越健郎

 ウクライナ国境周辺にロシア軍10万人以上が集結し、ウクライナ情勢をめぐる緊張が高まっている。米政府は「侵攻が迫っている」と危機感を強めるのに対し、ウクライナ側は「局地紛争はあり得るが、全面戦争の可能性は低い」(コルスンスキー駐日大使)との見立てだ。ロシアのラブロフ外相は「攻撃する意図はない」としながら、兵力撤収は否定している。

 気になるのは、実際に開戦となる可能性があるのかだ。筆者は、ロシアにとって攻撃のコストが大きすぎ、本格攻撃はできないとみているが、すべてはプーチン大統領の決断にかかっている。

 もし首都キエフを攻撃すれば、凄惨(せいさん)な市街戦となる。東部にはロシア系住民が多く、犠牲者が出ればロシアにいる親族からの批判は免れない。戦力比からみてロシア軍による制圧は可能だが、占領地を維持・管理するのは困難だ。

 ウクライナ人の反ロシア感情も高まっており、もし占領できたとしてもその後の経済活動でサボタージュが予想される。欧米も前例のない経済制裁で臨み、ロシア経済はイランのような孤立に追い込まれる可能性がある。

 攻撃には大義名分や必然性もなく、開戦となればプーチン大統領は「侵略者」の汚名を歴史に刻まれる。国連安保理常任理事国としての責任も問われ、失うものが多すぎるのだ。

“神話”固執なら…

 ロシアが今回、ウクライナを軍事威圧する背景は二つある。

 一つは、冷戦後の30年で米国主導で構築された欧州安全保障体制の再編を図ることだ。ロシアは昨年12月、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大中止など8項目の条約案を米国とNATOに提出した。

 ウクライナ情勢はこの数年、膠着(こうちゃく)状態にあり、トランプ米政権時代にロシアが国境に兵力を増派することはなかった。しかしロシアは、バイデン現大統領の外交政策をオバマ型の「引きこもり外交」とみなし、力で交渉を優位に進める瀬戸際戦術に出たといえよう。

 もう一つは、伝統的なロシアの勢力圏とみなすウクライナを取り戻す狙いだ。今年70歳になるプーチン大統領は、長期政権としてレガシー(遺産)を意識している。昨年7月には「ロシアとウクライナは一体」とする長大な論文を発表した。その発想に従えば、ロシア国家の源流であるキエフ大公国(9~13世紀)の中心地キエフを取り戻す衝動に駆られる。

 プーチン大統領が欧州安保を優先するのであれば侵攻の可能性は低いが、ロシアとウクライナは一体という“神話”に固執するなら、大規模攻撃の恐れが出てくる。

 10万人以上の兵力を展開させた以上、手ぶらで撤収するわけにもいかない。ただ、ロシアが提示した欧州安保提案は要求が高すぎるため、米側は「ゼロ回答」の模様だ。落としどころが見つからず焦燥感が高まれば、偶発戦争や限定戦争の危険が高まるだろう。

(名越健郎・拓殖大学海外事情研究所教授)

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