経済・企業

3月のFRB利上げが目前 動揺収まらない金融市場=浜田健太郎/斎藤信世

 全米各地のガソリンスタンドで今、妙なシールを目にするようになった。ディーゼル車用の軽油で1ガロン(3・7リットル)当たり3・499ドル(約400円)の高値を示すメーターに向けて、「I DID THAT!(私のせいだよ)」と指差すバイデン大統領。車社会の米国で、ガソリンや軽油価格高騰は市民の懐を直撃する。その不満の矛先が今、バイデン氏に向けられている。(利上げが来る! 特集はこちら)

テキサス州オースティン近郊の給油所に張られた「I DID THAT!」と指さすバイデン大統領のシール ジェンキンス沙智さん撮影
テキサス州オースティン近郊の給油所に張られた「I DID THAT!」と指さすバイデン大統領のシール ジェンキンス沙智さん撮影

 米商務省が2月10日に発表した今年1月の消費者物価指数(CPI)は、前年同月比7・5%上昇と第2次オイルショック後の1982年2月以来、40年ぶりの高さを記録。中でもガソリンは40・0%もの上昇となった。バイデン大統領のシールは、トランプ前大統領が「バイデンのせいだ」と親指を立てるシールとも合わせて米アマゾンのサイトで販売され、インフレは今秋の中間選挙を前に米国の政治問題とも化している。

 テキサス州に住む翻訳家のジェンキンス沙智さんは、この1年でインフレ高進を痛感するという。「週1度の食品の買い物は100~150ドルだったのが、いまは200ドルくらいに上がってしまった」と話す。物価高は幅広い品目に広がっており「夫が副業で古い住宅を買って改装し、民泊用に貸し出している。昨年、最上位機種のエアコンを購入したが、同じ値段だと一番安いモデルの商品しか買うことができない」という。

 物価高の勢いを読み誤ったのは、米連邦準備制度理事会(FRB)にほかならない。FRBのパウエル議長は米国で昨年8月に開催された経済シンポジウム「ジャクソンホール会議」で、インフレについて「一時的」との見方を示していた。しかし、インフレの勢いは昨秋以降、さらに加速し、昨年11月の議会証言では一時的とする見解を撤回した。

米株価は年初来9%安

 金融市場を動揺させたのは、今年1月5日に公開された昨年12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨だった。「利上げは従来の想定以上に早期に速いペースで進む」との見方が明らかになり、昨年末時点で利上げは早くても今年4~6月以降と目されていたのが、利上げの前倒しを急速に織り込み始める。現在は3月15、16日開催の次回FOMCでの利上げが確実な情勢だ。

 世界の金利の指標となる米長期金利(10年国債利回り)は2月10日、2年半ぶりとなる2%台へ上昇した。米長期金利は新型コロナウイルスが感染拡大した2020年8月、0・5%を割り込んで過去最低となり、世界中にマネーをあふれさせたが、すでに様相は一変した。長期金利の上昇は今後、個人消費や企業の設備投資の勢いに水を差す恐れがある。

 大和総研ニューヨークリサーチセンターの矢作大祐研究員は、「パウエル議長が『インフレは一時的』と強調してきたのをマーケットは信じていた。マーケットには『FRBには逆らうな』という格言があるが、FRBを信じた結果、失敗したという疑心暗鬼が募っている」と話す。昨年まで過去最高を更新し続けていた米S&P500株価指数は、ウクライナ情勢の不安定化もあって足元では年初来9%安の水準まで大幅下落した。

 利上げに向かうのは米国だけでない。英国は昨年12月、コロナ禍の中で日米欧の主要中央銀行で初めて政策金利を0・15ポイント引き上げ、年0・25%とし、今年2月3日には0・50%へと追加利上げに踏み切った。カナダでも3月に利上げが見込まれるほか、欧州中央銀行(ECB)でも年内の利上げの見方が強まっている。インフレに見舞われるブラジルなどの新興国は、すでに大幅な利上げペースを加速させている(図1)。

急増する世界の債務

 コロナ禍で財政出動や低金利政策への誘導を受け、世界の債務は一気に拡大した。国際通貨基金(IMF)によれば、20年には世界の国内総生産(GDP)の256%と、19年の227%から急増している(図3)。このうち、公的債務が39%、家計債務が23%、民間非金融法人が38%を占めており、利上げはこうした債務の返済負担を重くすることは避けられない。

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 金融市場での目下の焦点は、今後のFRBの利上げペースだ。本誌が国内の主要エコノミスト6人にアンケートしたところ、FRBによる利上げ回数の予想は年内4~6回、1回当たりの利上げ幅は0・25ポイントで、年末の政策金利(FF金利)の誘導目標は1・25~1・75%だった(表)。ただ、市場では1回当たりの利上げ幅を0・50%とする見方もあり、定まらない金融引き締めペースが株式市場などをさらに不安定化させる。

 CPIは今後、コロナ禍で途絶した物流網の再開など供給制約の緩和もあって、伸び率は鈍化するとの見方が大勢だ。しかし、原油価格はニューヨークWTI原油先物が2月3日、7年4カ月ぶりに1バレル=90ドルの大台を突破。産油国は増産に慎重なうえウクライナ情勢の緊迫化もあり、経済産業研究所の藤和彦コンサルティング・フェローは、「今年4~6月には原油価格は1バレル=100ドルを超えてもおかしくない」と指摘する。

 今後の金融政策は、物価だけでなく景気に対しても綱渡りを強いられそうだ。いちよし証券の愛宕伸康上席執行役員兼チーフエコノミストが教訓に挙げるのは、リーマン・ショック(08年)前の04年6月~06年6月の利上げ局面。愛宕氏は「株価が好調だった04年初頭に利上げしてもよかったが、利上げの着手は6月まで遅れた。その後、機械的に利上げしていったが、金融危機にまで至ってしまった」と振り返る。

 FRBの利上げ方針を巡り、次回FOMCの一挙手一投足に世界が身構えている。

(浜田健太郎・編集部)

(斎藤信世・編集部)

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