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《緊急特集》動乱時代の資産運用 「定石」を知って注意怠らず=竹中正治

1㌦=105円台の時期も(2014年9月) Bloomberg
1㌦=105円台の時期も(2014年9月) Bloomberg

運用で再考 ドル金利上昇の定石の調整局面 要注意は相場の「パラドックス」=竹中正治

 ロシアのウクライナへの軍事侵攻が金融・資本市場の波乱要因となっている。しかしこれは料理の主材の上の「トッピング」のようなものだ。基調は予想を超えた米国のインフレ率と、それを受けた3月からのドル金利引き上げを織り込む各種相場の調整局面だ。実際、2014年2月にウクライナの親露政権が倒壊したクリミア騒乱から、2月末のロシア軍のクリミア侵攻時には、世界の株式市場は何事もなかったようにやり過ごしている。(緊急特集 世界大動乱 特集はこちら)

 ドル金利については、年内に0・25%の利上げが6回、計1・50%程度の政策金利の引き上げが現在の予想のほぼコンセンサスだろう(一気に0・5%の引き上げの可能性も)。それを前提にすると10年物で2・0%前後まで利回りが上がってきた米国債は、まだ利回り上昇・価格低下の可能性が圧倒的に高く買えない。

高PER売りの必然

 図に10年物米国債利回りと株価指数、ドル・円相場の過去1年の推移を示した。株価については、全般的に軟調であると同時に、ハイテクや成長株など高PER(株価収益率)銘柄が売られ、低PER銘柄が買われる動きが目立っている。これもポートフォリオ運用の定石だ。この点を理解するために株価の公式を示した表をご覧いただきたい。

 株価(P)は、将来にわたる1株当たりの利益を割引率で割った現在価値の総額と考えるのがセオリーだ。適用される割引率(r)は、無リスク資産の利回り(国債利回り)とリスクプレミアムの合計だ。また、将来にわたる期待利益成長率(g)が高いほど現在の株価は高くなる。公式の導出は株式投資に関するテキストなどをご参照いただきたい。

 金利引き上げによる国債利回りの上昇は、割引率(r)を押し上げるので他の変数が変わらなければ株価(P)は下がる。ここで注意すべきは、高PER株と低PER株では割引率1%ポイントの上昇の影響度が異なり、高PER株ほど下げ幅が大きくなることだ。表では例として、PER50倍の株価とPER14・3倍の株価を示した。いずれの銘柄も現在の1株当たり利益は同じだが、利益の期待成長率が異なり、そのことがPERの違いをもたらしている。

 両者の株価理論値が割引率1%ポイントの上昇で、どのように変化するか。高PERの株価は33・3%の下落、一方低PERの株価は12・5%の下落にとどまる。実際、成長期待の高い新興企業が多いナスダック指数は昨年10月の高値から約16・4%の下落に及ぶが、S&P500は1月が高値で、そこから9・7%の下落にとどまっている(2月18日時点)。高PER株が真っ先に売られ、下げ幅も大きいのだ。図でナスダック指数をS&P500で割った値が、昨年暮れから目立って下がっているのがわかる。日本でも著しい低PERだった銀行株が、日経平均株価指数が下落に転じる中で逆に上昇している。

 ドル相場については、米国と海外の金利格差がドル金利上昇の方向に変わる。標準的な為替相場理論である金利平価原理に従うと、これは短期・中期のドル相場の上昇要因であり、ドルが買われている。ただし、ドル資金を得ても米国債も株も現時点では、反落調整がまだ続きそうなので買えない。そこで、為替先物取引でドルを買う動きが一般的だ。

 先進国からのドル資金流入に依存する度合いの高い新興国の為替相場も全般的に下落基調だ。これもリーマン・ショック後(08年)の景気回復過程で、米国が量的金融緩和の段階的縮小から金利引き上げに動いた15年から16年にかけて起こったことと同じだ。

不動産バブル崩壊で元高

 事情が異なるのが中国人民元の対ドル相場の上昇である。20年5月の1ドル=7・16元台が人民元の安値で、足元では6・31元台まで人民元高となった。不動産業界の債務不履行問題を抱え、経済成長率が鈍化している中国の人民元相場が上昇しているのはなぜか。

 それは貿易収支黒字の中国が今や対外純資産国となったことと関連している。貿易収支の黒字は外貨を自国通貨に転換するので、その国の外貨の供給になる。一方、対外投資は外貨の需要になる。外貨の供給曲線と需要曲線の交点で為替相場が決まるのは商品価格一般と同じ原理だ。

 外貨投資の減少や海外からの資金回収は外貨需要曲線を左方にシフトさせるので、需給の均衡点は外貨相場安・自国通貨高にシフトする。中国で不動産バブルの崩壊で資金繰りに窮した企業が対外投資を減少させ、海外資産の回収に走っているのだろう。急速に円高が進行した1990年代前半のバブル崩壊期の日本と類似している。

円高への揺り戻し

 以上の通り、現下の金融資本市場の動向はドル金利上昇を想定した調整局面が整斉と進んでいるといえる。むしろあまりに理論通り、定石通りの整斉とした調整ぶりに筆者は一抹の不安さえ感じる。

 例えばドル・円相場は、日米の金利差拡大を反映して1ドル=120円を超えていくのだろうか。注意すべきは事前に予想して動く相場のパラドックス(逆説)だ。事前に十分予想された事態は、実際にそれが起こるまでに市場参加者の持ち高が積み上がり、それが起こった時には持ち高の手じまいで、逆に相場が動くことが多い。インフレ率調整後の実質ドル・円相場指数で見ると、今の水準は長期的な平均値から大幅な円安に乖離(かいり)しており、中期的には円高への揺り戻しの可能性が高い。

 また米国の利上げが大幅になり、来年以降に景気後退に至る可能性もゼロではない。戦後の米国の景気循環を振り返れば、景気過熱→インフレ率上昇→金融引き締め→景気後退というパターンはむしろ標準的なものだ。

 その場合には、株価はさらに大きな反落に向かうことになる。現下の市場の多数派の予想はあくまでも景気回復継続下での株価反落・調整局面であり、近い将来の景気後退の可能性は織り込んではいないからだ。筆者も現時点での景気後退予想は確率10%以下のリスクシナリオだと思う。

(竹中正治・龍谷大学経済学部教授)

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