国際・政治 世界経済入門
《世界経済入門》EUの「脱ロシア」難航、侵攻後も燃料費2兆円がロシアに流出=山本隆三
焦点4 失速の脱炭素 難しいEUの「脱ロシア」 燃料費2兆円支払い続く=山本隆三
欧州連合(EU)諸国は2月24日のロシアによるウクライナ侵攻以降も、ロシアからの天然ガス、石油、石炭の輸入を続けている。その輸入額はウクライナ支援金とは桁違いの巨大さであり、これがロシア軍の戦費となっている。侵攻後25日間でEUがロシアに支払った輸入総額は、化石燃料価格の上昇もあり、160億ユーロ(約2兆円)を超えている。(世界経済入門 特集はこちら)
なぜか。EU加盟国における化石燃料のロシア依存度の違いにより対ロシア制裁は各国で温度差が見られ、「化石燃料輸入に関わるロシアの金融機関」は、SWIFT(国際銀行間通信協会)から排除しなかったためだ。EU内では、直ちにロシア産化石燃料の輸入と支払いを停止すべきだとの意見もあるが、1次エネルギーの約3割をロシアに依存するドイツでは、ハベック副首相兼経済・気候保護相が「ロシア依存をゼロにすることはすぐにはできない。行うと社会不安が生じる」と述べている(図)。
EU27カ国は天然ガス需要量の約4割、石油の3割弱、石炭の約2割、1次エネルギー全体では約2割をロシアに依存しており、ロシア産化石燃料に代わるエネルギーを短期間で調達することは難しい。仮に可能であっても、大きなエネルギー価格の上昇を招き、2018年フランスで発生した反政権デモ「黄色いベスト運動」のような混乱が起きる可能性もある。
欧州委員会は、27年までにロシア依存度ゼロを目指しているが、3月上旬に開催されたEU首脳会議では、ロシア依存度の高いドイツやハンガリーなどの反対により合意には至らず、5月に再度議論されることとなった。
他方、国際エネルギー機関(IEA)は、今年中にEUのロシア産天然ガス依存度を半分以下にする案を発表した。その中には、ロシア以外の供給国からの天然ガス調達、再生エネルギーや原子力、水素などの活用に加え、石炭・石油火力の利用増もうたわれている。
インフレの脅威
しかし、欧州が温暖化対策として「脱石炭」を進めてきたことで、米国やコロンビアなどの石炭輸出国の生産量は減っている。また、輸送部門での電動化、水素利用に見られるように、今後石油の消費量は減少が見込まれる。欧州委員会は35年に天然ガスの使用をやめ、低炭素の水素、動物の糞尿(ふんにょう)や生ゴミを発酵させるバイオガスに切り替えることを提案しているので、天然ガス消費量も減るだろう。
短中期で需要減が想定される化石燃料をロシアに代わり増産し、出荷するサプライヤーは果たしているのだろうか。それ以前に、将来利益を生まない座礁資産になるとされる化石燃料の増産設備に融資を行う金融機関が出てくるかは不透明だ。そして、短期間とはいえ、温暖化対策と矛盾する石炭、石油購入増が可能かは疑問だ。
IEAは、脱ロシア策を実行しても50年の脱炭素を実現可能としている。しかし、短期的には、欧米が脱ロシア産エネルギーを実行する過程で二酸化炭素(CO2)の排出増が予想され、またエネルギー価格の高騰による各国経済への多大な影響は避けられないだろう。バイオガスや再生エネルギー、原子力の導入が進み中長期には脱炭素に好影響を与える可能性もあるが、国民生活は当分の間エネルギー価格高騰によるインフレに脅かされることになる。
(山本隆三・常葉大学名誉教授)